7話*店長*
勢いよく開いた扉からは、一人の若い青年が現れた。
太陽のように明るく暖かなオレンジ色の髪に、
空のように澄んだ涼しげな空色の瞳。
歳は私とあまり変わらなそうな感じで、
お洒落なこの店の制服がよく似合う青年だ。
「あっ、ネロさん。この子が今朝お話していた子です」
シスターに紹介され、私は彼に会釈をする。
彼はそんな私をジッと見つめると、
「…………女の子だ」
っと彼は少し低いトーンの声で言った。
まるでクリスマスプレゼントに自分が頼んでいたものとは
違うものが来た時の子供のような感じだった。
「……あっ、もしかしてアルバイト募集って、
男性の方限定だったんですか!?それならそうと早く言っ――――」
「女の子だぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」
彼はシスターの言葉を遮るように叫ぶと、
私を思い切り抱きしめ頬ずりを始める。
「うわぁぁぁあッ!!しっ、シスターぁぁぁぁあッ!!!!」
いきなり抱きつかれたパニックで、よく女子が上げる
「きゃぁああ」と言う甲高い声ではなく、
普通におっさんが叫ぶような可愛げと色気のない悲鳴を上げ、
シスターに助けを求める。help me!!!!
「ちょっ!ちょっとネロさん!ダメです放してください!!」
シスターは私の悲鳴に驚いていたが、すぐに私から彼を引き剥がす。
私の心臓はドキドキと激しく脈打つ。
今まで18年間生きてきて、こんな情熱的なハグを受けたのは初めてだ。
「女の子だ!女の子がバイトに来てくれたぁ!女の子ぉ!!」
先ほどの低いボイスは一体何だったのだっと思うくらい、
彼は打って変わって、狂喜している。
まるで大好きな人気アイドルにハグをしてもらった、
ファンの女の子のように。
「うわぁぁ!嬉しいなぁ!!ウチ、妹が出てっちゃって一人で寂しくてさぁ!
彼女でも作ればいいけど、彼女いない歴=年齢だからさぁ!!
女の子がバイト来てくれて嬉しくて嬉しくて!ありがとうシスター!!
貴方は女神様だ!!俺この子可愛がって立派に育てるよぉお!!」
彼は目に嬉し涙を溜めながら、再び私を強く抱きしめながら、
シスターにお礼を言った。
「あっ、あのー……貴方は一体……?」
「えっ?あぁ、自己紹介?オーケー!
俺はネロ、この店の店長だよ!数年前に妹が家を出てってからは、
寂しくて死にそうでした!!随時彼女募集中です!!」
彼は個性の強い自己紹介をすると、「よろしくね」と、
私の頬にちゅっちゅっと熱いキスをした。
私は人生初めての強烈な体験に、体が硬直して動かなくなる。
待って。この店は危ない。絶対ダメな気がする。
「ネロさんは、この国の人気者なんですよ。だから鹿江さんには
ぴったりな職場だと思います。なので、分からない事があったら
ネロさんになんでも聞いてくださいね!!
ネロさんは優しい方なので、親切に教えてくれますよ」
ネロさんは復唱するように「なんでも聞いてくださいね!」と
爽やかな笑顔で私に言った。
しかし、そんな笑顔とは正反対に、私の心には不安という靄がかかる。
ダメだ、自分はテンションが高い方だが、
ここまでテンションが高い人についていける自信がない。
「あっ、ごめんなさい。私これからお仕事の時間なので……」
シスターはお店の時計に目をやり、少し急ぎ目に
お店を出ていこうとする。
「それでは、鹿江さん。いつでも教会に遊びに来てくださいね!!
私、待っていますから!!」
シスターは聖母のような笑顔で「失礼します」言うと、店を後にした。
私はポカンとして見ていたが、ふと我に返る。
ちょっと待ってシスター!?私を一人にしないで!!置いていかないで!!
「フフフ~嬉しいなぁ女の子、可愛いなぁ女の子!」
不安と絶望しかない私を余所に、店長は相変わらず喜んでいる。
こんなこと言うのはアレだが、本当に不安しかない。
「あっ、そうだ。まだ君の名前聞いてなかったね。君、名前は?」
「……鹿江です」
「鹿江ちゃんか~可愛いねぇ~。カノちゃんって呼ぼう!カノちゃん!!」
店長は「おぉ!これいいね!!」と一人で喜んで楽しんでいる。
幸せ者だなぁ……。私も幸せになりたいよ。
「俺の事はネロ君とかネロちゃんとかネロって呼んでね!
それか、ネロ様かダーリンかご主人様って呼んでもいいよ!!」
「あっ、ハイ、じゃあ店長って呼ばせていただきますね。
これからお世話になります。よろしくお願いします店長」
私は与えられた選択しを全て聞かなかったことにして、
無難に「店長」と呼ぶことにした。
何でだろう。今、この人を名前で呼んでしまうと、
とてもかなり面倒くさいことに巻き込まれる気がする。
田舎で磨かれた私の直感が、そう語っている気がする。
「いやぁ~嬉しいなぁ、カノちゃんみたいな可愛い女の子が
住み込みで働いてくれるなんて夢みたいだなぁ~。
ドキドキして興奮しちゃうよね~」
店長はそう言って、陽気に鼻歌を歌いながら
カウンターの拭き掃除をし始めた。
私は今、店長の何気なくさらり言った重要な言葉を、
危うく聞き逃すところだった。
…………?住み込み……だと……!?
「はぁ……!?すっ、住み込み!?住み込みってどういうことですか!?」
「あれ?シスターから聞いてなかったの?」
「そんな事一言も聞いてないですけど私!!??」
私はふと、先ほどのシスターの言葉を思い出した。
「いつでも遊びに来てくださいね」ってそう言う事かよぉぉお!!
「さっ、流石に男女が一つ屋根の下ってアウトじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、俺妹と二人で暮らしてたからさ!!」
「妹と私とじゃ話は別ですよ!!??」
「もう心配性だなぁ、本当に大丈夫だって!もし夜這いでもしてきたら、
近くにある鈍器で思いっきり殴ってくれればいいからさ!!ねっ?」
店長は私の手を取り、「ねぇいいでしょ?お願いお願いおねがぁぁい!!」
と子供の様にせがんでくる。
でも、よく考えてみれば私はこの世界のこともよく分からないうえに、
住む場所もないし、働かなくちゃいけないので、
ここで住み込みで働かせてもらうのが一番だろう。
同居人も彼女なしの好青年で、悪い人ではなさそうだし。
「……まぁ、私も事情があって行くところがないので、
不束者ですが、こちらこそよろしくお願いします」
私が言うと、店長は嬉しそうに「うん!よろしくね!」と笑った。
まぁこの人、頭ぶっ飛んでて癖の強い人だけど、
可愛くて人懐っこくて憎めないタイプだなぁ。
「そうだ!家の方を紹介するからついてきて!!」
先程出てきた扉の方へ向かっていく店長の後に、私もついて行く。
不安しかないけど、ここで頑張るしかないか。