表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒草しか使えない変人と婚約破棄され国外追放されましたが、隣国では聖女と崇められています ~前世は薬剤師、万能ポーションで無双します~  作者: 月代
第三章 聖女と呼ばれた変人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/17

9話 押し寄せる患者たち

ガルト爺の店が手狭になったのは、リーゼがアルシェアに来て二ヶ月が経った頃だった。


 毎朝、開店前から人が並ぶようになった。最初は五人、十人だったのが、やがて二十人、三十人と膨れ上がった。国境の街だけではなく、近隣の村からも人がやってくるようになった。馬に乗って半日かけて来る者もいた。


 店の中には常に誰かがいて、リーゼは朝から晩まで対応し続けた。


 問題は原料だった。


 再生薬に使うダークヘンベインは、精製に手間がかかる上に、一本のポーションを作るのに大量の原料が必要だった。山での採取だけでは追いつかない。ヴォルフが護衛を買って出て週に二度山へ行ったが、それでも需要に追いつかなかった。


「師匠、栽培できないでしょうか」


 ある夜、夕食の後でリーゼはガルト爺に相談した。


「毒草の栽培か。難しいな。あれは山の特定の土壌でないと育ちにくい」


「土壌の成分を分析して、人工的に再現できないか試してみたいんですが」


「……やってみる価値はあるかもしれん。ただ、それより先に場所が必要だ」


 ガルト爺は腕を組んだ。


「この店では限界だ。もっと広い作業場と、患者を診る部屋が要る。近所に空き家が一軒あるんだが……持ち主に話を通してみよう」


「費用はどこから?」


「心配するな」老人はにやりとした。「嬢ちゃんが来てから、売り上げは三倍になっとる。それに、ヴォルフが仲間の商隊に話を通してくれたおかげで、薬草の仕入れルートが広がった。多少の余裕はある」


 リーゼは少し申し訳ない気持ちになった。


「師匠の稼ぎを使うのは……」


「何を言っとる。店の稼ぎはわし一人のものじゃない。お前さんも作っとる」


 ガルト爺は笑った。


「それに——わしは長年この街にいる。腕を失った兵士、病気の子ども、治せないまま見送ってきた患者が何人いるか。お前さんのポーションで救えるなら、金を惜しむ理由がない」


 リーゼは何も言えなかった。ただ、深く頭を下げた。




 翌週、隣の空き家を借り受けた。


 一階を作業場と待合に、二階を患者の処置室に改装した。改装を手伝ってくれたのはヴォルフをはじめ、ポーションで治癒した元患者たちだった。彼らは「恩返しだ」と言って道具を持って現れ、三日で作業を終えた。


 新しい拠点が整うと、患者の対応も少し組織化できた。


 まず問診。どんな症状か、いつからか、過去に治療を受けたことがあるか。それを元に、どのポーションがどの程度有効かを判断する。すぐに対応できるものと、時間がかかるものを分け、優先順位をつける。


 子どもの急性感染症と、数年来の慢性疾患では、緊急度が違う。四肢欠損の再生は劇的だが時間がかかる。リーゼは一人一人の事情を丁寧に聞き、丁寧に説明した。


 しかし、どうしても体が足りなかった。


 昼食を取り忘れることが増えた。夜、作業台に向かったまま眠ってしまうことも。


「嬢ちゃん」


 ある夜、作業場に降りてきたガルト爺が、リーゼの前に芋のスープを置いた。


「食事を忘れるな。体を壊したら元も子もない」


「……すみません。あと少しで今日の分の万病散ができるので」


「食べながらやれ。スープが冷める」


 リーゼは素直にスープを受け取った。口に運びながら、薬草を刻む手を止めない。


「今日、面白い患者が来た」ガルト爺が椅子に腰を下ろしながら言った。「足の指が一本、幼い頃の凍傷で失っている男だ」


「見ました。治療の方針は伝えましたが」


「ああ。でも男が言ったんだ。『俺より先に診てほしい人がいる』と。子どもの頃からの知り合いで、全盲の老婆がいるらしい。自分の足の指より、その人の目を先に治してやってくれと」


 リーゼは手を止めた。


「……その老婆は?」


「明日来ることになっとる」


「わかりました」


 リーゼは再び手を動かしながら、静かに考えた。


 失明の治療は、四肢再生より難しい。眼球の構造は複雑で、視神経の再生は特に繊細な制御が必要だ。まだ試したことがない。


 でも——試してみる価値はある。


 この街には、そういう人たちがいる。自分より他人を先に、と言える人たちが。


 前世で研究を続けていたとき、「誰かのために」という気持ちは正直薄かった。研究が好きだから研究していた。でも今は——少し違う気がする。


 この人たちのために、もっと良いポーションを作りたい。そう思う。


 それが、以前とは違う自分だと、リーゼはぼんやりと気づいていた。


「師匠」


「ん?」


「目の再生薬、今から設計を始めます。失明の原因によって配合が変わるので、明日来る前に少し時間をもらえますか」


「……お前さんは本当に、休まんな」


「研究が一番休まります」


 ガルト爺はため息をついた。それから、静かに笑った。


「わかった。明日の朝まで時間をやる。ただし、また眠り込んだら怒るぞ」


「気をつけます」


 夜の作業場に、薬草を刻む音だけが響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ