7話 再生薬の奇跡
最初のテストは慎重に行った。
ガルト爺が往診から戻った午後、三人で店の奥の部屋に集まった。ヴォルフは椅子に座り、リーゼは作業台の前に立ち、ガルト爺は側に立って見守った。
「まず腕の欠損部分に直接塗布します。傷口がありませんが、皮膚から吸収される成分が先に体に馴染む必要があるので、最初の投与は少量にします」
「……痛みはあるか」
「ないはずです。ただ、少し熱を持つかもしれません」
リーゼは小瓶の蓋を開けた。
薬草の香りが漂った。ヴォルフは目を細め、しかし視線を逸らさなかった。
リーゼは小さなへらで薬を取り、ゆっくりと右肩の切断面に塗布した。失われた腕が始まるはずだった場所。皮膚は滑らかに治癒しており、長年の時間がそこに白い線を刻んでいた。
ヴォルフは息を詰めた。
「……熱い」
「正常です。成分が組織に浸透しています」
二分ほど経過した。熱感が引いてくる。ヴォルフは肩を見た。見た目の変化はない。
「これだけか?」
「今日はこれで終わりです。成分が体に馴染むのを待ちます。明日また来てもらえますか」
「……わかった」
男は帰り際、少し気まずそうな顔をした。
「期待はしていない。念のため言っておく」
「わかりました」
リーゼは素直に頷いた。ガルト爺が苦笑した。
二日目。
ヴォルフが来ると、リーゼはすぐに変化に気づいた。
「幻肢痛は昨夜どうでしたか」
男は少し目を見張った。
「……軽かった。薬が効いたのかと思ったが」
「いいえ。昨日の痛み止めは飲んでいない。再生薬の成分が神経に働きかけて、誤作動を抑えた可能性があります」
「そうか」
今日は直接投与ではなく、ポーションを希釈したものを内服してもらった。一滴を水に溶かし、ゆっくり飲む。成分が血流に乗り、全身に行き渡る。
三時間後、ヴォルフは不思議そうな顔をした。
「……体が少し、温かい気がする」
「自然治癒の機能が高まっています。今夜、切断面の辺りが痒くなるかもしれません。それは再生が始まっているサインです」
「痒い?」
「はい。傷が治るときの痒さに似ています」
四日目。
ヴォルフが袖をまくって見せた肩の断端部に、わずかな変化があった。
皮膚の色が変わっていた。白く固まった古い組織が、少し柔らかくなっている。そして——ごくわずかに、盛り上がっている。
「……これは」ガルト爺が息を呑んだ。
「再生の初期段階です。まだ時間がかかりますが、方向は合っています」
ヴォルフは黙って自分の肩を見ていた。
その顔に浮かんだのは、驚きでも喜びでもなく——信じられないという、ただそれだけの表情だった。
七日目。
明らかだった。
右肩から、細い突起が伸びていた。骨と肉が再生する過程で現れる初期形態。小指ほどの長さ。まだ皮膚に覆われておらず、赤みがかっているが、形ははっきりしていた。
これは腕だ。
「……」
ヴォルフは長い間、その突起を見ていた。
リーゼもガルト爺も、何も言わなかった。
しばらくして、男が息を吸った。それから、震える声で言った。
「……動く、か? これは、動くようになるか?」
「なります」リーゼは静かに答えた。「完全に再生した後は、元の腕と同じように機能します。感覚も戻ります」
「左も?」
「左も同じ工程で対応できます。ただ、同時並行より片方ずつの方が体への負荷が少ない」
男はまた黙った。
今度の沈黙は、最初の重い沈黙とは種類が違った。
何かが、ゆっくりと解けていくような。
「……俺は」
ヴォルフは、低い声で言った。
「半年前から、ガルト先生に気分を落ち着ける薬を出してもらっていた。痛み止めじゃなく、ただ……何も感じたくなくて。先生はずっと、わしはわかってると言いながら薬を出してくれていた」
リーゼは黙って聞いていた。
「腕が戻ることはないと、ずっと思っていた。それでも生きなきゃならんから生きていた。それだけだった。でも」
男は再び自分の肩を見た。小指ほどの突起を。
「……なんだ、これは」
その声は、笑いに近かった。
リーゼは小瓶を棚に戻しながら、静かに言った。
「完全に再生するまで、あと三週間ほどかかります。毎日来てもらえますか」
「ああ」
男は迷わずに答えた。
「来る。絶対に来る」
ガルト爺が静かに目元を拭った。リーゼは気づかないふりをした。




