表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒草しか使えない変人と婚約破棄され国外追放されましたが、隣国では聖女と崇められています ~前世は薬剤師、万能ポーションで無双します~  作者: 月代
第二章 荒れ果てた国の薬師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/17

6話 両腕を失った元兵士

ヴォルフ・ランゲという男が店に来たのは、リーゼがアルシェアに来て三週間が経った頃だった。


 午後の遅い時間、店の戸が重い音を立てて開いた。入ってきたのは、四十がらみの大柄な男だった。かつては肩幅が広く、筋肉質だったことが今でもわかる体格。しかし両腕が、肩の近くから失われていた。


 義手もなく、袖を折り畳んで体に固定している。歩き方は安定していたが、店に入ってきたときの顔には、深い疲労と諦めが刻まれていた。


「ガルト先生はいるか」


 低い声。リーゼは店番をしていた。


「師匠は今、往診に出ています。もうすぐ戻ると思いますが」


「そうか」


 男は店内を見回した。棚に並ぶ薬瓶を、特に感情もなさそうに眺めていた。


「……待たせてもらっていいか」


「どうぞ」


 リーゼは椅子を示した。男はゆっくりと腰を下ろした。


 沈黙が続いた。


 リーゼは作業台に戻り、薬草の選別を続けた。男は何も言わずに座っている。しかし、落ち着かない様子だった。時折、失われた腕のあった場所に目を落とす。


 しばらくして、男が口を開いた。


「お前さんが、ガルト先生の弟子か」


「はい。三週間前からお世話になっています」


「ヴェルディア人か」


 リーゼは手を止めずに答えた。


「そうです」


 男は少し黙った。


「……ヴェルディアか」


 その声に、複雑なものが混じっていた。敵意ではない。ただ、何か重いものが。


「戦争で、やられたんですか」


 リーゼが聞いた。直接的すぎる問いかもしれないと思いながら、しかし遠回りする理由もなかった。


「ああ」


 男は短く答えた。


「四年前だ。最後の大きな戦いで。ヴェルディアの魔法兵にやられた。腕が吹き飛んだ。あっという間だった」


 淡々とした口調だった。何度も人に話してきた話を、また繰り返しているような。


「……それからずっとここに?」


「行くところがない。故郷の村は戦火で焼けた。家族は——いない。だから、街で日雇いの仕事をしながら暮らしてる。両腕がなくても、できることはある。足運びとか、見張りとか」


 男はそこで少し間を置いた。


「ガルト先生には、痛み止めをもらっている。幻肢痛というやつだ。失ったはずの腕が痛む。最初はわけがわからなかったが、先生に教えてもらって。脳が腕があると思い込んで、痛みの信号を出し続けるらしい」


「そうです。幻肢痛は難しい症状ですね」


「先生の薬で、多少はましになる。それだけで十分だと思っていた」


 思っていた、という過去形。


 リーゼは作業台から顔を上げた。


「今日来たのは、別の理由があるんですか」


 男はしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと首を振った。


「……いや。ただの痛み止めを貰いにきただけだ。特別な理由はない」


 嘘だ、とリーゼは思った。


 男の目が、一瞬だけ棚の奥のある場所に向いた。毒物を保管している棚ではない。ガルト爺が時折、気分が塞いだ患者に飲ませる「気分を落ち着ける薬」が置いてある場所だ。


 リーゼは視線を戻して、作業を続けた。


 しばらくして、ガルト爺が戻ってきた。


「ヴォルフか、待たせたな」


「いや」


 二人は慣れた様子で言葉を交わした。ガルト爺が奥から幻肢痛用の薬を持ってくる間、リーゼはその場で作業を続けていた。


 男が帰り際、扉の前で一度だけ振り返った。


「……ガルト先生。また来てもいいか」


「いつでも来い」


「そうか」


 男は頷いて、出て行った。


 扉が閉まると、リーゼはガルト爺に聞いた。


「あの人は、前から来ているんですか」


「ヴォルフか。半年ほど前から来てる。幻肢痛がひどいんだ」


「痛み止め以外には?」


「……ときどき、気分が塞ぐらしい」


 ガルト爺は少し声のトーンを落とした。


「生きることに、疲れているんだろうと思う。直接そういうことは言わないが。腕が戻ることはないとわかっていて、できることも限られていて、仲間はみんな死んで……正直、わしにもどうしてやることもできんと思っていた」


 リーゼは黙っていた。


 思っていた、とガルト爺も過去形で言った。


「……師匠」


「ん?」


「私のポーションを、あの人に使いたい」


 ガルト爺は少し目を細めた。


「本人が望めばな。ただ——ヴォルフは頑固だ。人の親切を簡単には受け取らない」


「わかりました。次に来たとき、話してみます」


 ガルト爺は何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。


 ヴォルフが次に店に来たのは、四日後のことだった。


 今度は朝の早い時間で、幻肢痛が夜中にひどくなったらしく、顔色が悪かった。リーゼはガルト爺が往診に出た後の留守番をしていた。


「先生は?」


「往診中です。午後には戻ります」


「そうか……」


 男は疲れた顔でため息をついた。幻肢痛が続いているのだろう、こめかみを片方の肩で押さえるような仕草をした。


「少し待ちますか。お茶でもどうぞ」


「……貰おう」


 リーゼは薬草茶を淹れた。鎮静作用のある、ガルト爺が幻肢痛の患者によく勧めるものだ。


 男は一口飲んで、少し表情が和らいだ。


 リーゼは作業台に戻りながら、静かに言った。


「ヴォルフさん。一つ、聞いてもいいですか」


「……何だ」


「腕が戻るとしたら、どうしますか」


 沈黙が落ちた。


 男はゆっくりとリーゼを見た。茶碗を持つ肩が、微妙に強ばった。


「……何の話だ」


「私のポーションの話です。試してみてほしいと思っています」


「腕が戻る?」


 男の声に、何かが混じった。笑いとも怒りとも取れる、複雑な音。


「馬鹿にしているのか。失った腕が戻るわけがない。そんな薬があるなら、とっくに誰かが——」


「見てもらえますか」


 リーゼは作業台から小瓶を一本持ってきた。深い琥珀色の液体。


「これは再生薬です。試作品ではなく、完成品です。動物での実験も済んでいる。まず小さな怪我で試してみましょう。腕の前に、例えばここに傷を作って——」


「待て」


 男が低い声で遮った。


 リーゼは手を止めた。


「……なぜ、俺にそんなことをする」


 静かな、しかし重い声だった。


「見返りを求めているわけでも、名誉が欲しいわけでもないように見える。なのに、なぜ俺みたいな男に……」


 男は途中で言葉を切った。


 リーゼはしばらく考えてから、正直に答えた。


「七年間、誰にも必要とされなかったポーションが、ここには必要な人がいる。それだけです」


 男は黙っていた。


 長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。その目に、かすかな光があった。


「……先生が保証するか」


「はい。師匠に確認していただけます」


「わかった」


 男は短く言った。


「試してみる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ