3話 婚約破棄と追放宣告
その後の展開は、恐ろしいほど早かった。
翌日には王都の有力貴族数名が連名で、リーゼの処分を求める書状を父に送りつけた。マーカス子息の件が尾ひれをつけて広まり、「ヴァルトハイムの毒使い令嬢がついにやらかした」という噂が社交界を席巻した。
リーゼは自室に籠もった。
部屋に戻ってから、まず研究ノートを全冊確認した。それから小瓶を一本ずつ手に取り、ラベルと中身を照合した。
異常はなかった。
誰かに盗まれた形跡もない。研究室の鍵はリーゼだけが持っており、合鍵は存在しない。マーカス子息に渡ったというポーションは、どこから来たのか。
考えれば考えるほど、クローリアの証言が作り話であることは明らかだった。
だが、証明する手立てがない。
薬師組合はリーゼのことを快く思っていないし、毒草を使ったポーション自体が「危険物」として認識されている以上、成分分析を依頼しても門前払いを食う可能性が高い。そもそも、今の状況では誰も中立の立場で動いてくれないだろう。
——詰んでいる。
リーゼはノートを膝に置いて、天井を見上げた。
三日後、父から呼び出された。
応接室には、父と家令だけがいた。クローリアもアルベルトも、今日はいない。
「リーゼ」
父の顔は、三日前よりも更に老いて見えた。
「……お前に、国外追放を命じる」
静かな声だった。
「王都から複数の貴族家が、ヴァルトハイム家に対して圧力をかけてきている。お前を家に置き続ければ、家の存続に関わる。それに……」
父は言葉を切った。しばらく沈黙してから、続けた。
「お前のことを信じたい。しかし、父として、家として、できることには限りがある」
「……はい」
リーゼは短く答えた。
父の目が揺れた。何かを言いたそうに口を開きかけ、しかし結局閉じた。
「三日後に馬車を用意する。国境まで送る。その先は……自分で生きなさい」
「わかりました」
リーゼは深く礼をして、部屋を出た。
廊下を歩きながら、不思議と気持ちは凪いでいた。
追放。そうか、追放か。
前世でも今世でも、自分は何かから追い出されることが多い気がする、とぼんやり思った。前世では研究室の人間関係がうまくいかず、いくつもの部署を転々とした。今世では婚約破棄と国外追放だ。規模が大きくなっている。
笑えない冗談だ、とリーゼは思った。
自室に戻り、荷造りを始めた。
持って行けるものは、小さなトランクひとつ分だけだと家令から告げられていた。着替えを数枚、前世の記憶と七年間の実験データをまとめた研究ノート三冊、そして——研究室の棚から、厳選した小瓶を十五本。
再生薬が三本。万病散が四本。解毒剤の特製品が二本。強化薬が二本。そして試作中の新しいポーションが四本。
これだけあれば、何とかなる。
根拠のない自信ではなかった。前世でも今世でも、リーゼは手を動かすことで生きてきた。研究は続けられる。植物さえあれば、ポーションは作れる。
荷造りを終えて部屋を見回すと、何一つ惜しいものがなかった。
七年間暮らした部屋なのに、と少し驚いた。
追放前日の夜、クローリアがリーゼの部屋を訪ねてきた。
扉を開けると、妹は花のような笑顔を浮かべていた。今日はいつもの完璧な令嬢の装いだ。
「姉様、荷造りは終わりましたか」
「終わった」
「そうですか」
クローリアは室内を見回した。片付いた部屋を、満足そうに。
「姉様は昔から変わっていましたから、国の外の方が合っているかもしれませんね」
優しい声だった。慰めているつもりなのか、それとも別の何かなのか。
リーゼは妹の顔を見た。花のような笑顔。澄んだ瞳。
「クローリア」
「はい?」
「あなたが何をしたのか、私にはわかっている」
クローリアの笑顔が、一瞬固まった。
「なにを……」
「証明はできないし、するつもりもない。ただ」
リーゼは静かに言った。
「私のポーションは本物だ。いつかそれが、あなたにもわかる日が来ると思う」
クローリアは何も言わなかった。
リーゼは扉を閉めた。




