毒草の根 -クローリア視点:その後の独白 -
アルシェアから戻った夜、クローリアは一人で鏡を見た。
燭台の灯りが、自分の顔を照らしていた。栗色の巻き毛、大きな瞳、花のような笑顔——社交界で「ヴァルトハイムの宝石」と呼ばれてきた顔。この顔で、ずっと生きてきた。
姉は美しくなかった。いつも地味な格好で、薬草の匂いがして、人と話すときに愛想笑いをしない。社交界では完全に浮いていた。だからクローリアは、ずっと不思議だった。なぜ姉が伯爵家の跡継ぎなのか。自分の方が、どう見ても向いているのに。
クローリアは幼い頃から、この家で生きていくためのことを考えていた。父に好かれること、社交界で評判を作ること、良い縁談を見つけること。それが、この家の娘として正しい生き方だと思っていた。姉は違った。地下室で毒草を触って、誰とも話さず、評判を気にしなかった。その生き方が羨ましかったのか、腹立たしかったのか、今となってはわからない。両方だったのかもしれない。
マーカス子息の件は——計算だった。
正直に言えば、そうだ。姉を排除するための計算。アルベルトを手に入れるための計算。この家での立場を確かにするための計算。全部うまくいくと思っていた。姉は大人しく消えるだろうと思っていた。あの人は押しに弱い、と思っていた。
しかし消えなかった。
それどころか——輝いた。
アルシェアで姉を見たとき、クローリアは初めて、本当の意味で姉が何者かを理解した。施療院の前に並ぶ人々。腕が戻った元兵士、目が見えるようになった老婆、難病が治った子ども——全員が、姉のポーションによって変わった人間たちだ。姉はその中を歩いて、淡々と仕事をしていた。特別な顔をしていなかった。ただ、そこにいた。
ヴェルディアで見ていた姉の顔とは、別人のようだった。
あの頃の姉は——今思えば、窒息していた。誰も必要としない場所で、それでも研究をやめない姉は、地下室に閉じ込められていた。自分が閉じ込めたわけではない。しかしその状況を利用したのはクローリアだ。そのことから、目を逸らし続けていた。
夜、一人で施療院を訪ねたのは、衝動的だった。アルベルトには「宿で待っている」と言った。それは嘘だった。居ても立っても居られなかった。謝りたかったのか、確認したかったのか、自分でもはっきりとはわからなかった。
姉は驚かなかった。作業場に通されて、薬草の香りの中で向かい合ったとき、姉の目は怒っていたが、拒絶はしていなかった。それが意外だった。もっと冷たくされると思っていた。
「怒っていますか」と聞いたら、「怒っています」と言った。嘘をつかなかった。慰めなかった。それが姉らしかった。
「ここが好きですか」と聞いたとき、姉は少し考えてから「好きです」と言った。
その言葉が、クローリアには一番刺さった。好き、という言葉を、あんなに迷いなく言える姉を、クローリアは初めて見た。ヴェルディアにいたとき、姉がそういう顔をしているのを、一度も見たことがなかった。いつも疲れた顔で、諦めた顔で、それでも研究室に籠もっていた。
帰り道、アルベルトと並んで馬車に乗りながら、クローリアはずっと考えていた。自分が奪おうとしたものは何だったのか。跡継ぎの立場、婚約者、社交界での評判——全部、手に入れた。しかし姉が持っているものは、何一つ手に入れられなかった。
好きなことを、好きなだけやれる場所。必要としてくれる人がいる場所。根が張れる場所。
クローリアにそれがあるか、と問われたら——正直に答えられない。
鏡の中の自分を見た。花のような笑顔。社交界で磨いてきた、完璧な顔。これは自分の顔か、それとも生き延びるために作った顔か。わからなくなっていた。
姉様が根を張った場所を、自分はまだ見つけていない。
クローリアは燭台の火を吹き消した。暗くなった部屋で、しばらく鏡の前に座っていた。
明日、また社交界に戻る。また笑顔を作って、また計算をして、また誰かの評価を気にしながら生きていく。それがクローリアの選んだ道だ。
ただ——一つだけ、決めたことがあった。証言を、撤回する。アルベルトに頼まれたからではなく、姉の顔を見たから。あの施療院の前に並ぶ人々を見たから。姉のポーションが本物だと、自分の目で確認したから。
七年間、変人と呼ばれながら研究を続けた姉の仕事に、クローリアがつけた汚名を、せめて自分の手で消す。それだけが、今の自分にできることだ。それで足りるとは思っていない。でも、何もしないよりはいい。
クローリアは暗い部屋の中で、静かに目を閉じた。
──── 番外編 了 ────




