荒れ地に宿る種 -ガルト爺視点:リーゼを拾った夜 -
夜の雨だった。
店じまいをして、薬棚に布をかけて、さあ夕飯でも作るかと思ったところで、扉を叩く音がした。細く、遠慮がちな音だ。患者ではない。もっと切羽詰まった叩き方をする。
開けると、若い女が立っていた。
二十歳そこそこ。ずぶ濡れで、小さなトランクを持って、疲れ果てた顔をしていた。雨に濡れた髪が張り付いて、目の下に隈がある。それでも目だけは、妙にしっかりしていた。諦めていない目だ。まだ何かを探している目だ。
「薬師の方ですか」
「そうだが、今日はもう閉めた」
「……薬を買いたいわけではないんです。少し、聞いてほしいことがあって」
普通なら断る。夜に押しかけてくる素性の知れない旅人の話を聞く義理はない。しかしその目が気になった。疲れているのに、まだ何かを持っている目。長年薬師をやっていると、人の目で何かがわかるようになる。この女は、何かを持っている。火が消えていない。
「入れ。茶を出す」
中に通すと、女は丁寧に礼をして、トランクを抱えたまま椅子に座った。部屋を見回した。薬棚、乾燥植物の束、小瓶の列——その全部を、まるで懐かしいものでも見るように眺めた。その目が、少し和らいだ。
「薬師さんは、一人でやってるんですか」
「ああ。後継者もおらんし、弟子もいない。長年ここにいるが、一人でずっとやってきた」
「……この街は、戦争で傷ついた人が多いですね。並んでいる人を見ました」
「そうだ。腕や足を失った者が山ほどいる。わしにできることは限られておるが、それでもここにいる。毎日、限界を感じながらいる」
女はトランクを開けた。中から小瓶を一本取り出した。
「これを、見てもらえますか」
受け取って、光にかざした。透き通った琥珀色の液体。色が均一で、濁りがない。香りを嗅いだ。複雑だが、まとまっている。素人の配合ではない。長年やってきた鼻が、それをすぐに言った。
「何だ、これは」
「再生薬です。四肢の欠損を完全に再生できます。毒草を原料にしているので、普通の薬師には作れません」
ガルトは女を見た。
「……本当か」
「はい。実験ではネズミで確認しています。人間への使用はまだですが、理論的には問題ないはずです。配合は七年間かけて改良してきました。失敗も何百回もしました」
「毒草で作った再生薬。そんなものが本当にあるなら、この街の人間を——」
「使ってほしいんです」
女は真剣な顔で言った。
「私はヴェルディアを追放されました。冤罪で。行くところがなくてここに来た。でもポーションは本物です。毒草使いの変人が作ったものでも、効けば本物のはずです。使わせてもらえませんか」
ガルトはしばらく黙っていた。
この年齢になると、人間を見る目はそれなりにできてくる。嘘をついているかどうかくらいはわかる。この女は嘘をついていない。ただ——正直すぎるほど正直に、自分の状況を話している。追放された。冤罪だと言っている。
アルシェアとヴェルディアは、仲が良くない。街の人間がどう思うか。しかし——あの小瓶の液体は、本物の匂いがした。長年薬師をやっていると、嗅覚だけで薬の質が少しわかるようになる。上質な原料、丁寧な精製、適切な保存。あの小瓶は、市販の高級ポーションより遥かに手が込んでいた。
「……名前は」
「リーゼと申します」
「どこで学んだ」
「独学です。七年間、地下室で研究していました」
「七年間、一人で?」
「はい」
ガルトはまた黙った。七年間、一人で。その言葉の重さを、少し考えた。自分も若い頃、この仕事を一人で始めた。誰も教えてくれなかった。本と試行錯誤だけが師匠だった。孤独な作業だ。それを七年間続けたということは——この女には、本物の研究者の根性がある。
「今夜は泊まっていけ」
「え」
「雨だ。どこに行く気だったか知らんが、今夜は泊まっていけ。明日、そのポーションの話を聞く」
リーゼは少し目を見張った。それから、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その夜、ガルトは寝付けなかった。客間で眠っている若い女のことを考えた。追放された。冤罪だと言っている。毒草で再生薬を作った。七年間、一人で。
本物だとしたら——この街の、この国の、腕や足を失った人間に、何ができるか。腕を失った元兵士に、また仕事を与えられるかもしれない。子どもの難病に、手が届くかもしれない。長年諦めていたことが、動くかもしれない。
それを考えると、眠れなかった。七十を過ぎて、初めて眠れない夜が楽しみになった。明日が来るのが待ち遠しい夜は、久しぶりだった。




