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毒草しか使えない変人と婚約破棄され国外追放されましたが、隣国では聖女と崇められています ~前世は薬剤師、万能ポーションで無双します~  作者: 月代
番外編

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本物の薬師 -フェリクス視点:初めて施療院を訪れた日 -

正直に言えば、半信半疑だった。


 国境の街に奇跡のポーションを作る薬師がいる——その話は、護衛の一人が口にするまで耳に入っていなかった。王宮の情報は常に選別されて届く。腕の利かなくなった第二王子に回してくる情報は、もっと少ない。しかし護衛のヴィクトルが「自分の幼馴染が両腕を取り戻した」と言ったとき、フェリクスは少し違うものを感じた。伝聞ではなく、目撃談だった。


 両腕。完全に。四年ぶりに。


 王都の治癒師にも、高名な魔法医にも、上位ポーションにも匙を投げられた腕が——あの夜の戦場で、敵魔法剣士の一撃で神経を焼かれ、二年間指一本動かせなかった腕が、戻るかもしれない。そう思いながら、期待するな、と自分に言い聞かせた。また失望するだけかもしれない。二年間で、それには慣れた。慣れたくはなかったが、慣れてしまった。


 それを確認しに行くだけだ、とフェリクスは自分に言い聞かせた。護衛を最小限にして、正体を伏せて、ただの傷病者として行く。そうすれば、変な気遣いもされずに済む。腕の状態を正直に診てもらえる。


 国境の街に入ったとき、まず街の空気に驚いた。


 戦争が終わって三年。この街はまだ再建の途中で、荒れた建物と修繕中の家が混在していた。しかし——人々の顔が、フェリクスが想像していたよりずっと明るかった。市場に声があった。子どもが走っていた。絶望ではなく、何かが動いている気配があった。道行く人が顔を上げて歩いていた。以前この街に来たときとは、別の街のようだった。


 ガルト薬師院の前に着くと、朝の早い時間にもかかわらず、すでに七、八人が並んでいた。老人、子ども、傷のある腕を抱えた男——様々な人間が、静かに順番を待っていた。その表情に、共通のものがあった。希望だ。待ちながら、それでも希望を持って並んでいる人々の顔だ。


 フェリクスは正体を伏せて入った。


 案内された先に現れたのは、想像より若い女だった。二十代前半。地味な作業着を着て、手に薬草を持ったまま、フェリクスを見た。値踏みでも媚びでもない、ただ「患者として確認している」目だ。その目で見られた瞬間、フェリクスは少し面食らった。


「右腕を診てもらえるか」


「師匠は今、処置中です。よろしければ私が先に伺いますが」


 淡々とした声だった。王子に対してではなく、ただの来客に対する声だ。当然だ、正体を名乗っていないのだから。しかし——この街に来てから、フェリクスは常に「王子として」見られていた。正体を隠していても、護衛がいれば気づく人間は気づく。しかしこの女は、ただの患者として話していた。計算がない。


 処置室に通された。腕を診られながら、フェリクスはこの女を観察した。問診が細かかった。いつ、どんな状況で、どんな治療を受けてきたか。丁寧に聞いて、小さなノートに書き込んでいく。「魔法による損傷ですね」と言ったとき、その声に驚きはなかった。初見でわかったのか、それとも似た症例を見たことがあるのか。


「保証はできません。試してみて、効果が出なければ正直に言います」


 その言葉が、フェリクスには意外だった。


 これまで腕を診た医師や治癒師の多くは、「難しいですが可能性はあります」という言い方をした。完全に諦めることも、確かな希望を与えることも避けながら、どこか曖昧な地点に落とし込もうとした。しかしこの女は違った。保証できないなら保証しない。効かなければ正直に言う。それだけのことを、はっきり言った。人の感情を傷つけないための遠回りを、一切しなかった。


 ——この人は、本物かもしれない。


 治療が始まる前から、フェリクスはそう思っていた。


 ポーションの効果ではなく、この薬師の目と言葉と態度から。数えきれないほど「本物らしいもの」に裏切られてきた二年間で培った、偽物を見分ける感覚が、今日初めて逆方向を向いていた。


 処置室を出た後、フェリクスは待合の椅子に座ってしばらく動かなかった。護衛のヴィクトルが「どうされましたか」と声をかけた。


「……ここに、毎日来る」


「はい?」


「治療を受ける。毎日来る」


 ヴィクトルは少し間を置いてから頷いた。何か言いたそうだったが、言わなかった。


 帰り道、街を歩きながら、フェリクスは二年ぶりに何かを考えた。腕が戻ったら、また剣を握れる。また動ける。また——この国のために、動ける。諦めていたことが、諦めでなくなるかもしれない。


 それはまだ、希望と呼ぶには小さすぎる感覚だった。しかし確かにそこにあった。あの処置室で、薬草の香りの中で、ノートに書き込みながら腕を診ていた女の横顔が、頭から離れなかった。

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