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毒草しか使えない変人と婚約破棄され国外追放されましたが、隣国では聖女と崇められています ~前世は薬剤師、万能ポーションで無双します~  作者: 月代
第五章 ハッピーエンドの在処

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20話 フェリクスの告白

考える時間は、二週間かかった。


 その間、リーゼはいつも通り仕事をした。患者を診て、薬を作り、研究ノートを書いた。朝は早く、夜は遅い。変わったことは何もなかった。


 ただ、少し変わったことがあるとすれば——いつもより窓の外を見る回数が増えていた。作業の手を止めて、街の方を眺める。特に何かを探しているわけではなかった。ただ、気づくと外を見ていた。


 フェリクスは約束通り翌週に腕の確認に来て、それ以上のことは何も言わなかった。治療は終わっているが、念のための定期確認という名目で月に一度は来ていた。処置室では普通に話した。天気のこと、街のこと、施療院の近況。それ以上でも以下でもない会話。


 しかしリーゼは気づいていた。フェリクスの目が、以前とは少し違う。何かを確認するような、何かを待っているような目だ。それでも何も言わなかった。約束通り、急かさずにいた。


 ガルト爺は何も聞かなかった。ただ、夕食のとき少し温かいものを多めに作るようになった。体が温まると気持ちも落ち着く、と言いながら。


 ヴォルフは「顔色が悪い」と一言言って、翌日薬草の束を持ってきた。「体に良いらしいから煎じて飲め」と言って帰った。何の薬草かは聞かなかった。


 二週間の間に、リーゼは自分の気持ちを整理した。


 好きか嫌いか、で考えると——嫌いではなかった。それは最初からわかっていた。


 信頼できるか、で考えると——できた。治療の間に、この男の誠実さを何度も見ていた。


 一緒にいて心地がいいか、で考えると——少し驚いたことに、そうだった。リーゼは人といると疲れることが多い。相手の反応を読んで、適切に振る舞おうとして、それが消耗する。しかしフェリクスと話しているとき、そういう疲れがなかった。変わっていると言われても褒め言葉として返ってくる。研究の話をしても眠そうな顔をしない。沈黙を埋めようとしない。ただそこにいて、同じ空間にいることを当たり前にしていた。


 それがどれだけ珍しいことか、ヴェルディアでの七年間と比べれば明らかだった。


 ただ——一つだけ、確認したいことがあった。


 フェリクスが次に施療院を訪れたのは、ちょうど二週間後だった。今月の定期確認の日だ。


 処置を終えた後、リーゼは言った。


「一つ聞かせてください」


「なんだ」


「私を必要としている、と言った。それは——施療師として有用だからですか。それとも、私個人が必要なんですか」


 フェリクスはリーゼを見た。真剣な目だ。誤魔化さない目だ。


「後者だ」


「はっきり言いますね」


「お前が遠回りを嫌いだと知っているから」


「……理由を聞かせてもらえますか。私の何が、そう思わせているのか」


 フェリクスは少し考えてから、言った。いつものように、言葉を選ぶことなく。


「お前は、俺を王子として扱わなかった。最初から、ただの患者として診た。名乗りを隠していたのに、正体がわかってからも対応が変わらなかった。国王相手に称号を変えるよう申し出た。腕が戻りそうだとわかったとき、俺より先に喜ばなかった——俺が喜ぶのを、静かに待っていた」


 リーゼは少し首を傾けた。


「それは、普通のことだと思いますが」


「俺には普通じゃなかった」


 フェリクスは静かに言った。その声に、長い時間が込められているのがわかった。


「王族として生きていると、周りの人間の反応が予測できる。俺が何かをすれば、それに合わせた反応が返ってくる。期待に応えようとする反応、失望を隠そうとする反応、利益を求める反応。どれも計算の上に成り立っている。しかしお前は違った。俺が何をしても、お前はただ、目の前のことに正直だった。処置室での会話も、馬車の中の言葉も、王宮での振る舞いも——全部、計算じゃなかった」


「……それは、変わっているということでは」


「変わっている。だから好きだと言った」


 リーゼは黙っていた。


「それだけじゃない」フェリクスは続けた。「お前が仕事をしているのを見ていると、清々しい気持ちになる。余計なものが何もない。好きなことを、できる限りやっている。それが眩しかった。腕が動かない間、俺は色々なことを諦めていた。剣だけじゃなく、この国をどうにかしたいという気持ちも、諦めかけていた。お前を見て、諦めるのをやめた」


「……腕が戻ったから、では?」


「腕が戻る前からそう思っていた。初めて来たとき、処置室でノートに書き込んでいたお前を見て——この人は本物だ、と思った。腕が動かなかった二年間で、本物と偽物の違いは嫌というほど見てきた。お前は本物だった」


 本物。


 その言葉が、静かに胸に落ちた。


 ヴェルディアで「変人」と呼ばれ続けた七年間。誰にも必要とされなかった研究。追放されて、消えるはずだった場所で——本物だと言ってくれた人がいた。それも、最初から。腕を治す前から。


「……フェリクス」


「なんだ」


「私は、感情の動かし方が不器用です。それは変わらない」


「わかっている」


「研究の方が大事になるときがあります。食事を忘れます。人付き合いが面倒だと思うときがあります。自分の考えを言葉にするのが遅いです。今もそうで、二週間考えてようやくここまで来た」


「全部知っている。半年間、近くで見ていたから」


「それでも?」


「それでも、だ」フェリクスは言った。「お前が研究をしている間、俺は別のことをする。食事を忘れたら用意する。人付き合いはお前の代わりに俺が引き受ける。言葉が遅くても、待つ。二週間でも、一ヶ月でも」


「役割分担、ということですか」


「そういうことだ」


 役割分担。馬車の中で言った言葉だ。「遠くを見るのはお任せします」と言ったときの言葉。あのとき二人が決めた、お互いの在り方。


「……上手いことを言いますね」


「お前から教わった」


 リーゼはしばらく黙っていた。


 自分の中で何かが、ゆっくりと決まっていくのがわかった。前世でも今世でも、こんな感覚は初めてだった。怖いとは思わなかった。ただ、静かに、確かなものが胸の中で形を作っていった。


「一つだけ、条件があります」


「聞こう」


「研究を続けさせてください。施療院の仕事も、これまで通り。それが私の生き方なので」


「当然だ。それを止めるつもりはない」


「それから、ガルト師の傍にいます。師匠が元気なうちは、ここを離れない」


「ここにいればいい。俺が来る」


「……わかりました」


「それは、どういう意味だ」


「そのままの意味です。わかりました、と言いました」


 フェリクスは少し沈黙した。それから、今まで見た中で一番大きく笑った。肩が動き、目が細くなり、いつもの緊張が全部溶けたような顔だった。


「……正直なのは、いいことだ」


「よく言われます」


「それは褒め言葉だ」


「知っています」


 作業場に、薬草の香りが満ちていた。冬が終わり、春の気配が窓の隙間から入ってきていた。外でどこかの家から灯りが漏れていた。誰かが夜遅くまで起きている。この街の誰かが、今日も生きている。

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