17話 リーゼの返答
翌日、アルベルトは単独でもう一度施療院を訪れた。
クローリアは宿で待っているという。リーゼは少し意外に思ったが、顔には出さなかった。
「昨日の話の続きがしたい」
「どうぞ」
リーゼは作業場にアルベルトを通した。散らかった作業台と薬草の香り。以前なら「こんな場所で」と顔をしかめたかもしれない男が、今日は黙って椅子に座った。
「条件を変えよう」アルベルトが言った。「ヴェルディアに戻ることは条件にしない。製法も求めない。ただ、ヴェルディアの患者にもポーションを供給してほしい。商業的な取引として」
「商業的な取引」
「ポーション一本あたりの価格を設定して、ヴェルディアの薬師組合を通じて流通させる。利益の一部はここに還元する。お前の研究費用になる」
リーゼは少し考えた。
この条件は、昨日のものより現実的だ。アルベルトは一晩で条件を組み直してきた。交渉相手として、やはり優秀な男だ。
「一つ確認します。ヴェルディアで流通させた場合、誰が品質管理をしますか。私のポーションは配合が複雑で、粗悪な模倣品が出回るリスクがある」
「薬師組合が管理する」
「薬師組合は私を門前払いにした組合です。私のポーションの品質を正しく管理できると思いますか」
アルベルトは少し沈黙した。
「……それは確かに問題だ」
「品質管理の体制が整うまでは、供給できません。それが整ったとしても、まずアルシェアの需要を優先します。ここにはまだ、治療を待っている人がいる」
「優先順位の問題か」
「そうです」
アルベルトはしばらく考えていた。それから、別の角度から来た。
「リーゼ。正直に聞く。ヴェルディアに対して、今でも腹を立てているか」
リーゼは少し間を置いた。
「……立てています」
「だからヴェルディアには協力しないのか」
「違います」
リーゼははっきりと言った。
「私がヴェルディアに協力しない理由は、感情ではなく条件の問題です。冤罪が解決していない。品質管理の体制がない。アルシェアの需要が先にある。この三つが解決すれば、ヴェルディアの患者を後回しにする理由はない」
「……条件を整えれば、協力してくれるということか」
「はい。ただし、主導権はこちらにあります。薬師組合の指示には従いません」
アルベルトは長い沈黙の後、息を吐いた。
「わかった。持ち帰る。冤罪の解決については、俺の権限の範囲で動いてみる」
「それは、期待しすぎない方がいいですか?」
アルベルトは少し苦い顔をした。
「……正直に言えば、難しい。マーカス子息の件は、今でも公式には未解決のままだ。証人はクローリアで、彼女が証言を撤回しない限り、冤罪の証明は難しい」
「そうですか」
「ただ——俺は知っている。お前が何もしていないことを。あのとき、わかっていて見過ごした。それは俺の負い目だ」
リーゼは静かに男を見た。
アルベルトは変わっていない部分と、変わった部分がある。計算高く、体裁を重んじる部分は変わっていない。しかし——自分の誤りを認める言葉を、この男がこれほどはっきり言えるとは思っていなかった。
「負い目を感じる必要はありません。終わった話です」
「お前はそう思えるのか」
「思えます。ここに来てから、色々なものを得た。あの追放がなければ、師匠にも会えなかった。患者たちにも会えなかった。フェリクスにも」
アルベルトが少し目を細めた。
「フェリクス。アルシェアの第二王子か」
「そうです」
「……親しいのか」
リーゼは少し考えた。
「患者です。今は定期的に状態確認に来ています」
「それだけか?」
「それだけです」
アルベルトはそれ以上聞かなかった。ただ、少し表情が変わった。後悔とも取れる、複雑な顔だ。
「……リーゼ。もし、ヴェルディアに戻る気持ちが生まれたら、俺に連絡してくれ。力になれることがある」
「はい」
リーゼは答えた。戻る気はないが、言葉は受け取った。
アルベルトが立ち上がり、帰り際に言った。
「クローリアのことを、許してやってくれ」
リーゼは少し沈黙した。
「……それは、私が決めることではなく、クローリア自身が決めることです」
「そうか」
男は静かに頷いて、出て行った。
その夜遅く、施療院の扉をノックする者がいた。
リーゼが開けると、そこにクローリアが一人で立っていた。
宿の灯りから離れた暗い路地に、妹が立っている。昼間の完璧な化粧は少し崩れていた。それが、クローリアをずっと人間らしく見せていた。
「入りますか」
「……少しだけ」
作業場に通した。夜の薬草の香りが漂う中、二人は向かい合って立った。椅子を勧めたが、クローリアは座らなかった。
「姉様」
「なに?」
「……私のしたことを、わかっていますか」
「わかっています」
「怒っていますか」
「怒っています」
クローリアは一瞬、目を閉じた。
「……謝りに来ました」
その言葉は、昼間のアルベルトの謝罪とは種類が違った。計算の匂いがしなかった。少なくとも、リーゼにはそう聞こえた。
「姉様が国を出てから、ずっと気になっていました。うまくいくかどうか、不安でした。でもここでの様子を見て……姉様はここで生きている。ここが本当の場所だと思いました」
「そう」
「私があのことをしなければ、姉様はヴェルディアに留まっていた。変人扱いされたまま、誰にも必要とされないまま」
「それはどうでしょう」リーゼは静かに言った。「私のポーションはいつか誰かの目に止まったかもしれない。あるいは一生、地下室で作り続けていたかもしれない。わからない」
「でも」
「でも、あなたがしたことは間違いでした。それは変わらない」
クローリアは俯いた。
「……はい」
「謝罪は受け取ります。ただ、それで全てが消えるわけではない。あなたがしたことの責任は、あなたが引き受けてください」
「わかりました」
クローリアは顔を上げた。その目が少し赤かった。
「姉様は、ここが好きですか」
リーゼは少し考えた。
「好きです」
「そうですか」
クローリアは静かに微笑んだ。今度は計算の入っていない、小さな笑みだった。
「よかった。……本当によかった」
妹は深く頭を下げ、施療院を出て行った。
扉が閉まった後、リーゼは少しの間そこに立っていた。
怒りはまだあった。消えてはいない。でも——少し、軽くなった気がした。
作業台に戻り、目の再生薬の検証を再開した。
夜は静かで、薬草の香りが満ちていた。
——第四章 了




