15話 クローリアとアルベルトの思惑
アルベルト・クロイツが事の重大さに気づいたのは、商人仲間から詳細な報告を受けたときだった。
アルシェアの施療院は、すでに国境の街だけでなく複数の都市に分院を持つまでに拡大していた。国王の支援の下、原料調達のルートが整備され、訓練を受けた補助者も増えていた。リーゼ自身は国境の街を拠点としたまま動かないが、彼女が作ったポーションと製法の指導は各地に広がっていた。
そして——ヴェルディアの薬師組合にも、その話が伝わっていた。
「四肢欠損の完全再生。難病の根治。魔法による損傷の修復」
アルベルトは報告書を読みながら、静かに怒りを覚えた。
怒りの対象は、リーゼではなかった。自分自身に対してだ。
あの変人の研究が本物だったと、今になってわかった。七年間地下に籠もって毒草をいじり回していたのは、意味のあることだったのだ。自分はそれを「常識がない」と切り捨てた。クローリアの証言を鵜呑みにして、あっさり婚約を切った。
もしリーゼが今もヴェルディアにいたなら。
あのポーションがヴェルディアの技術として広まっていたなら。
侯爵家にとって、それはどれほどの価値があったか。
「……馬鹿なことをした」
アルベルトは静かに言った。感情的な後悔ではなく、冷静な損失計算の結果だった。
彼はクローリアが好きだった。今も嫌いではない。しかしクローリアはリーゼほどの特別な能力を持っていない。社交が得意で、愛嬌があって、貴族社会の作法には長けているが、それはどこにでもいる令嬢の美徳だ。
リーゼが持っていたものは、代替がきかない。
アルベルトはアルシェアへの視察を決めたとき、自分が何をしようとしているのか、ある程度わかっていた。それが正しいことかどうかは、別として。
クローリアから「同行する」という返事が来たとき、少し面倒だと思った。しかし断る理由もなかった。クローリアは抜け目がない。一人で行けば何をするかわからない——とも思ったし、それより、クローリアを連れて行くことで、リーゼへの接触が正当化されると考えた。
「ヴァルトハイム家として、追放した姉の安否を確認しに来た」という名目で。
出発の朝、クローリアは完璧な旅装で現れた。
二人は馬車に乗り込み、ほとんど口を利かないまま国境へ向かった。
クローリアは窓の外を見ながら、考えていた。
アルベルトの目的は読めている。利益の回収だ。リーゼのポーションを侯爵家の利益に繋げようとしている。それはわかる。しかし——リーゼがそう簡単に応じるだろうか。
姉は変人だが、馬鹿ではない。
むしろ、ヴェルディアの人間を信用していないだろう。当然だ。自分たちが追い出したのだから。
クローリアは胸の中で静かに計算を始めた。
アルベルトの目的のために動く必要はない。自分の目的のために動けばいい。
自分の目的は何か。
——姉が、戻ってこないことを確認すること。
アルシェアで根を張り、この国に留まることを選んでいる姉であれば、ヴェルディアに戻る理由はない。ならば、接触して安心すればいい。
しかし、もし姉が戻ることを望んでいるなら——そのときは、また考える必要がある。
馬車は国境へ向かって走り続けた。
クローリアは微笑を浮かべたまま、窓の外を見ていた。秋の空が、高く青かった。




