12話 王宮への招待
フェリクスの右腕が完全に回復したのは、治療開始から四十日後のことだった。
最終確認の日、男は剣を持って処置室に入ってきた。今日は鞘から抜いた状態で持っていた。
「握ってみましょう」
フェリクスは右手で剣を構えた。今度は震えがなかった。五本の指がしっかりと柄を包み、手首が安定していた。
「力を入れてみてください」
男はゆっくりと、それから段々強く、剣を握り込んだ。指の関節が白くなる。完全な握力が戻っていた。
「問題なし、です」
リーゼはノートに記録した。フェリクスはしばらく剣を握ったまま動かなかった。
「……どうですか」
「完璧だ」
短い言葉だった。しかし声のトーンに、隠せないものがあった。
男は剣を収め、リーゼを見た。
「礼をしたい」
「治療費はいただいています。それで十分です」
「違う、そういうことじゃない」
フェリクスはわずかに眉をひそめた。
「お前には、相応の評価が必要だ。ガルト師のこの場所だけではなく、もっと多くの人間がお前のポーションを必要としている。国として、お前を支援する体制を整えたい」
リーゼは少し考えた。
「……あなたは、何者ですか」
「フェリクスと名乗った」
「名前ではなく、立場を聞いています」
フェリクスはわずかに間を置いた。
「アルシェア王国、第二王子だ」
沈黙が落ちた。
リーゼはしばらく男の顔を見た。護衛の様子、物腰、この国の事情に精通していること——言われてみれば、合点のいくことが多かった。しかし、
「……なぜ最初に言わなかったんですか」
「言ったら、対応が変わっただろう」
「変わりません」
「そうか?」
「患者は患者です。症状が同じなら、対応は同じです」
フェリクスは少し目を細めた。それから、静かに笑った。今まで処置室で見た中で、一番自然な笑みだった。
「……やはり変わった人間だ」
「よく言われます」
「それは褒め言葉だと言ったはずだ」
リーゼは少し黙ってから、言った。
「国の支援というのは、具体的にはどういうことですか」
「まず、この場所を正式な施療院として認める。原料の調達に王家のルートを使えるようにする。それから——お前自身の安全と、この国での立場を保証する」
安全と立場。
リーゼはその言葉を繰り返した。
ヴェルディアを追放されたリーゼには、現在、この国での公的な立場がない。ガルト爺の店の弟子という立場はあるが、それは非公式のものだ。アルシェアとヴェルディアの関係が悪化すれば、ヴェルディア人であるリーゼは危うい立場になりうる。
「……わかりました」
リーゼは頷いた。
「ただ、条件があります」
「聞こう」
「師匠のガルト爺を、この施療院の長として正式に認めてください。私はあくまで弟子です。それから、患者の選別は私がします。政治的な事情で優先順位を変えることはできません」
「……それだけか」
「それだけです」
フェリクスはしばらく考えた。それから頷いた。
「ガルト師を長とすることは問題ない。患者の選別も、お前に任せる。ただ、一点だけ追加させてくれ」
「何でしょう」
「お前を王宮に招待したい。国王と会ってほしい。お前のポーションについて直接説明してほしいんだ」
リーゼは少し眉をひそめた。王宮。国王。自分には縁遠い場所と人だ。
「……国王に会って、何か変わりますか」
「変わる。国が動く速度が、格段に変わる。原料の調達、施療院の拡大、他の地域への展開——国王の承認があれば、全てが早くなる」
「それがこの国の民のためになるなら」リーゼは言った。「行きます」
「決断が早いな」
「迷う理由がないので」
フェリクスはまた静かに笑った。
「三日後に馬車を手配する。王都まで半日の旅だ」
「わかりました。師匠に話してきます」
リーゼは立ち上がりかけて、ふと止まった。
「フェリクス様」
「フェリクスでいい」
「……フェリクス。腕の状態は、今後も確認が必要です。半年後に一度、診させてください」
「ああ」男は頷いた。「診てもらおう」
それから、少し間を置いて付け加えた。
「半年後より前に、また来てもいいか」
「治療以外の理由で?」
「……まあ、そういうことだ」
フェリクスは少し目を逸らした。それがこの男の照れ方なのだと、リーゼにはわかった。
「診察の予約は、師匠の受付で取ってください」
リーゼは真顔でそう言って、部屋を出た。廊下に出たところで、少しだけ口元が動いた。
笑っていた。




