10話 フェリクス王子との出会い
リーゼがアルシェアに来て三ヶ月目に入った頃、街に見慣れない一行が現れた。
騎馬が六頭。全員が武装しており、先頭の男だけが鎧ではなく旅装をまとっていた。三十前後の、背の高い男だ。短く刈り込んだ黒髪。整った顔立ちだが、目の下に疲労の色がある。右腕に、外から見てもわかる不自由さがあった。鎧の袖が右だけ空になっており、袖の中に腕があることはわかるが、動かし方が明らかに不自然だった。
一行はガルト爺の店——今は隣の建物も含めた「ガルト薬師院」と呼ばれるようになっていた——の前で馬を止めた。
リーゼが対応した。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件で」
先頭の男は馬から降り、リーゼを見た。一瞬、意外そうな顔をした。おそらく、噂に聞いた「奇跡の薬師」が、これほど地味な若い女だとは思っていなかったのだろう。
「ガルトという薬師に話を聞きたい。それと……右腕を診てもらえるか」
「師匠は今、処置中です。よろしければ私が先に伺いますが」
男はリーゼをもう一度見た。値踏みするような視線ではなく、どちらかというと慎重に確認するような目だ。
「……お前が、奇跡の薬師か」
「奇跡ではなく薬の力です。リーゼといいます」
「そうか」
男はわずかに口元を緩めた。笑みとも取れる、しかし表情は総じて硬かった。
「フェリクスという。よろしく頼む」
護衛の一人が何か言いたそうにしたが、男——フェリクスが手で制した。
リーゼは彼らを中に通した。
処置室でフェリクスの右腕を診た。
鎧の袖を外すと、腕が現れた。肘から先は残っていたが、神経が損傷しており、指がほとんど動かない。握ることも、物を持つことも難しい。皮膚の下に走る傷跡から、魔法による損傷だとわかった。通常の外傷とは違う、魔力が組織に焼き付いたような傷だ。
「いつ頃の傷ですか」
「二年前だ。最後の大きな戦いで、敵の魔法剣士と渡り合ったときに」
「その後、治療は受けましたか」
「王都の最上級の治癒師に診てもらった。ポーションも何種類か試した。傷は塞がったが、神経は戻らなかった」
「魔法による損傷は、通常の治癒では対応できないことが多いです」
「わかっている。だから諦めていた」
フェリクスは淡々と言った。感情の起伏を極力排したような、しかしその奥に何かを押し込めているような声だ。
「だが——街で話を聞いた。腕が完全に戻った元兵士がいると。半信半疑で来たが……」
「ヴォルフさんですね。知っています」
「あれが本当なら、俺の腕も……と思って来た。恥ずかしい話だが」
最後の言葉が、少し低くなった。
リーゼは腕を見ながら言った。
「恥ずかしくはない。希望を持って来たんでしょう」
「……そうだな」
「診てみます。魔法による神経損傷は、私も初めて対応する症状ですが、原理的には対応できるはずです。ただ、保証はできません。試してみて、効果が出なければ正直に言います」
フェリクスはリーゼを見た。
「正直に言う、か」
「希望を持たせておいて失望させるよりは、その方がいいと思っています」
男は少し間を置いた。
「……わかった。頼む」
リーゼはノートを取り出し、腕の状態を細かく書き留めた。損傷の範囲、神経の残存状態、魔力の浸食具合。観察しながら、頭の中で配合を組み立てる。
この場合は再生薬だけでは足りない。魔力による変性を解除する成分が必要だ。先日発見した新種の魔草——ムーンヴァイン——の成分がここで使えるかもしれない。試作段階だが、神経系の魔力変性への効果が動物実験で確認されている。
「少し時間をください。配合を考えます」
「ああ。急かすつもりはない」
フェリクスは静かに言った。護衛たちが外で待っているのに、男自身は焦った様子を見せない。
その落ち着きは、長年の修練から来るものだろうとリーゼは思った。あるいは——長い時間をかけて諦めを学んだ人間の落ち着きか。
「一つ聞いてもいいですか」
リーゼはノートから顔を上げずに言った。
「なんだ」
「剣を握りたいから来たんですか。それとも別の理由で?」
短い沈黙があった。
「……両方だ」
フェリクスはゆっくりと答えた。
「剣は、また握れるようになりたい。それは本音だ。だが——」
男は少し間を置いた。
「この腕が戻らないことで、諦めていることがある。剣だけじゃなく。腕が戻るなら、また始められることがある、と思って来た」
リーゼはノートに目を戻した。
「わかりました」
それだけ言った。詳しくは聞かなかった。患者の事情を必要以上に聞くのは、リーゼの流儀ではなかった。
必要なのは、症状と、治したいという意志だけだ。




