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氷の女帝と恐れられる私、SNSで愚痴っていた相手は一番仕事ができないポンコツ後輩でした。正体を知らずに攻略法まで教えてしまい、もう限界です!  作者: 水凪しおん


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第2章:癒し系男子とオンラインの姫君

 結城陽向は、しょんぼりと肩を落として自席に戻った。モニターには、先ほど凛に指摘された資料が表示されている。確かに、参照データが古い。なぜこんな単純なミスをしてしまったのだろう。凛の冷たい声と視線が脳裏に蘇り、胃がキリリと痛んだ。

「はぁ……」

 思わず漏れたため息に、隣の席の先輩が「また橘さんにやられたか、結城」と苦笑しながら声をかけてきた。

「すみません、僕が悪いんです…」

「まあまあ、気にするなよ。あの人は完璧すぎるんだ。それより、悪いんだけどこのアンケートの集計、手伝ってくれないか?急ぎでさ」

「あ、はい!もちろんです!」

 陽向は自分の仕事の手を止め、ぱっと顔を上げた。人に頼られると、断れない。むしろ、誰かの役に立てることが嬉しいのだ。自分の要領の悪さも自覚しているからこそ、せめて他の部分で貢献したいという気持ちが強い。

「悪いな、結城くんは本当に優しいねぇ」

「いえ、そんな…!」

 感謝の言葉に、陽向はへらりと笑う。その人懐っこい笑顔と、お人好しな性格。それが、彼が周囲から「癒し系」として可愛がられている所以だった。結局、自分の修正作業と先輩の手伝いで、陽向が会社を出たのは定時をとっくに過ぎてからだった。


「ただいまー…」

 一人暮らしのワンルームに帰宅し、陽向はベッドに倒れ込んだ。今日も一日、空回りだった。尊敬する橘リーダーの期待に応えたいのに、いつもミスばかりしてしまう。彼女のようになりたい。そう思えば思うほど、焦って失敗を繰り返す悪循環だ。

 彼女はすごい人だ。いつも凛としていて、誰よりも仕事ができて、美しい。厳しいけれど、それは彼女が背負う責任の重さの表れなのだと陽向は理解していた。だからこそ、彼女の足を引っ張る自分が不甲斐なくてたまらない。

 しばらく天井を眺めていたが、気分を切り替えるようにむくりと起き上がる。シャワーを浴びて、コンビニで買ってきた夕食を食べる。そして、一日で一番のリラックスタイムがやってきた。陽向はスマートフォンを手に取り、お気に入りのSNSアプリを開く。チャット相手は、顔も知らない女性「RinRin」。


 HAL: 『お仕事お疲れ様です。また何かあったんですね?』


 RinRinからの悲鳴のようなメッセージを見て、陽向は苦笑した。彼女は、いつも仕事の愚痴をこぼしている。相当、大変な職場で働いているのだろう。でも、その愚痴は彼女が真剣に仕事に向き合っている証拠だと陽向は感じていた。弱音を吐きながらも、決して逃げ出さない強い人。そんな彼女を、陽向は心から応援したいと思っていた。


 RinRin: 『なんであんな簡単なミスするのかな?注意力散漫すぎ!』

 RinRin: 『こっちの身にもなってほしい。尻拭いばっかりで、自分の仕事が進まないんだけど!』


「うっ…耳が痛いな…」

 陽向は思わず呟いた。まるで今日の自分のことを言われているようだ。もちろん、RinRinの後輩と自分は別人だけれど、その「ポンコツ後輩」の気持ちが少しだけ分かってしまう。きっと、その人もRinRinさんみたいなすごい上司に認められたくて、必死なんだろうな。

 陽向は慎重に言葉を選び、返信を打ち込む。


 HAL: 『毎日完璧に仕事をこなしているRinRinさんだからこそ、小さなミスが気になってしまうのかもしれませんね。でも、あまりご自分を追い詰めないでくださいね』


 彼女を励ましたい。そして、彼女の部下のことも、少しだけ弁護してあげたい。そんな気持ちが、自然と指を動かした。しばらくして、RinRinから返信が来る。


 RinRin: 『ありがとう、HAL。いつも聞いてくれて嬉しい』


 その言葉に、陽向の胸は温かいもので満たされた。自分の言葉が、画面の向こうの誰かの支えになっている。それが、たまらなく嬉しかった。彼女とのこの対話は、仕事で落ち込んだ陽向にとって、何よりの癒やしであり、日々の楽しみだった。

 彼女が愚痴る「ポンコツ後輩」に自分を重ねながらも、陽向はまさかその上司が、自分が憧れてやまない橘凛だとは夢にも思っていない。


 HAL: 『どういたしまして。RinRinさんの心が少しでも軽くなるなら、僕も嬉しいです』


 そして、彼はこう付け加えてしまった。


 HAL: 『大変だとは思いますが、あなたの上司としての姿を、その後輩さんはきっと見ていますよ。あなたの上司も、きっと本当は優しい人ですよ、なんて言ったら怒られちゃいますかね?』


 画面の向こうの姫君を励ますつもりの言葉が、現実世界の氷の女帝に送られているとは知らずに。陽向は、満足げに微笑んでスマートフォンを置いた。明日こそは、ミスをしないように頑張ろう。橘リーダーに、少しでも認めてもらえるように。そんな純粋な決意を胸に、彼は眠りについた。

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