番外編3:『初めての休日デート』
付き合い始めて、初めて迎える日曜日。二人は、初めての休日デートの約束をしていた。
クローゼットの前で、凛は腕を組んで固まっていた。
(……何を着ていけばいいのよ)
普段はスーツか、カッチリとしたオフィス向けの服ばかり。いわゆる「デート服」なんて、何年も買っていない。途方に暮れた凛は、結局、一番無難だと思ったシンプルなネイビーのワンピースを選んだ。
待ち合わせ場所の駅前広場。先に着いていた陽向は、凛の姿を見つけた瞬間、時が止まったかのように固まった。
風にふわりと揺れるワンピース、下ろした艶やかな黒髪、いつもより少しだけナチュラルなメイク。オフィスの「氷の女帝」とは全く違う、柔らかな雰囲気を纏った凛の姿に、陽向は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死でこらえた。
「ご、ごめん、待った?」
「い、いえ!今来たとこです!……あの、すごく、綺麗です」
「……あ、ありがとう」
お互いに照れてしまい、ぎこちない空気が流れる。
「じゃあ、行こっか。……リーダー」
「あっ」
「えっ」
思わず、いつもの癖で「リーダー」と呼んでしまった陽向と、それに反応してしまった凛。二人は顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「凛さん、でしょ?」
「……そうだったわね、陽向くん」
名前を呼び合うだけで、なんだか気恥ずかしい。そんな初々しいやり取りをしながら、二人は今日の目的地である水族館へと向かった。
薄暗い館内は、手をつなぐのに絶好の口実になった。陽向がおずおずと差し出した手を、凛が少しだけ躊躇ってから、ぎゅっと握り返す。大きな水槽の前で、色とりどりの魚たちを眺めながら、肩を寄せ合う。それは、今まで凛が経験したことのない、穏やかで幸せな時間だった。
水族館の後のカフェでは、これからのことを話した。
「社内では、もうしばらく秘密にしておきましょうか」
「そうね。あなたが面倒なことに巻き込まれるのは嫌だわ」
「俺は全然平気ですけど……凛さんがそう言うなら」
陽向は少しだけ不満そうだったが、すぐに「でも、二人だけの秘密って感じで、ちょっと楽しいですね」と笑った。
帰り道、夕暮れの公園を並んで歩く。
「今日は、ありがとう。すごく楽しかったわ」
「俺もです。凛さんの私服姿、見られて嬉しかった」
「……からかわないで」
頬を染める凛が愛しくて、陽向はたまらなくなり、衝動的に彼女の頬にそっとキスをした。
「!」
驚いて目を見開く凛に、陽向は満面の笑みで言った。
「これからも、たくさんデートしましょうね、凛さん」
その太陽のような笑顔に、凛はもう降参するしかなかった。小さく頷く彼女の顔は、夕日よりも赤く染まっていた。ぎこちないけれど、甘くて幸せな、最高の休日だった。




