第14章:結城陽向の告白
重苦しい空気が続いて数日が経った金曜日の夜。このままではいけない。自分が彼女を傷つけたのだから、自分から動かなければ、何も変わらない。結城陽向は、ついに覚悟を決めた。
その日も、凛は一人、オフィスに残って仕事をしていた。陽向は自分の仕事を終えても帰らず、彼女がオフィスを出るのを待っていた。やがて、凛が席を立ち、帰る支度を始める。そのタイミングを見計らって、陽向は彼女の前に立った。
「橘リーダー」
凛はびくりと肩を震わせ、驚いた顔で陽向を見た。しかし、すぐにいつもの氷のような無表情に戻る。
「……何?用なら明日にして」
「いえ、今、少しだけお時間をいただけませんか。隣の会議室で」
陽向の口調は、いつになく真剣だった。その目に宿る強い光に、凛は断ることができず、無言で頷いた。
誰もいない、静かな会議室。窓の外には、都会の夜景が広がっている。二人はテーブルを挟んで向かい合った。重い沈黙を破ったのは、陽向だった。
「橘リーダー。……いえ、凛さん」
彼は初めて、彼女を名前で呼んだ。凛の肩が、小さく震える。
陽向は椅子から立ち上がると、凛の前に進み出て、深く頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「……何のことかしら」
まだ、とぼけようとする凛に、陽向は顔を上げて、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「HALは、僕です」
その言葉に、凛は息をのんだ。
「RinRinさんが、凛さんだということも、全部知っていました。あなたの愚痴を聞いて、知らないふりをして……あなたをずっと騙していました。本当に、ごめんなさい」
彼の声は震えていた。しかし、その瞳は一切揺らいでいなかった。
「でも、これだけは信じてください。あなたを傷つけようとか、馬鹿にしようとか、そんな気持ちは一切ありませんでした。ただ、あなたの力になりたかった。憧れのあなたが、夜中に一人で苦しんでいるのを知って、どうしても支えたかったんです」
陽向は、一呼吸置いて、言葉を続けた。彼の心の奥底からの、本当の想いを。
「あなたの愚痴も、弱さも、全部受け止めたかった。仕事のできる完璧な上司としてのあなたも、夜中に弱音を吐く一人の女性としてのあなたも、僕にとっては、どっちもかけがえのない、大切な人です」
彼の真摯な言葉が、凛の心の壁を少しずつ溶かしていく。涙が、視界を滲ませ始めた。
「だから……」
陽向は、一歩、凛に近づいた。
「だから、好きです。凛さん。あなたのことが、好きです」
それは、紛れもない告白だった。ただの癒し系男子ではない。愛する女性のために、全てのプライドを捨て、勇気を振り絞って想いを告げる、一人の男の顔がそこにはあった。静まり返った会議室に、彼の真っ直ぐで誠実な言葉だけが、凛となく響き渡っていた。




