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ウルカヌスの永逝  作者: 圓澤アキ


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第1章『ある異端者の末路』第一話「最適解」

 人類の歴史を余すことなく記した書物があるとすれば、「戦争」「争乱」「対立」.......それらの戦いに関係する項目を破り捨ててしまえば書物は限りなく薄くなってしまうだろう。


 それほどまでに地球が生み出した稀有な生命体・人類が歩んだ栄光の跡には、嘔吐いてしまうほど生臭い鉄の香りと無造作に散らばる薬莢に溢れている。


 人類が稀有である理由は、「自分で考え、思い、自由意志によって判断することができる」理性的動物であった点だろう。そして今日もまた、人間の"自由意志による選択"によって1人、また1人と物語が終幕する。



 当然、この瞬間を生きとし生けるものは自分以外の幕のどうこうなど歯牙にもかけない。


 ーーそれがきっと、この文明が発展してきた絶対条件であり、我々はこれからも愚直にこの選択を続けていくのだろう。


 ある男が遺した独りよがりな自己陶酔は、焦げた煤の臭いと微かに聞こえる歓声に溶け、やがてその形を綻ばせていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ーーー生!」


 ......濃霧の立ち込めた森から迷子の我が子を呼びつけるように、遠くの方から声が反響している。俺を呼んでいるのだろうか?


 ......もう少し放っておいてくれ。俺は今、この国の素晴らしき"聖職者"らしく、人類の輝かしい軌跡と未来について考えていたのだから。


 「ーー先生!!」


 中々に声の主はしつこく呼びかけを続けているようだ。もう少しだけ、もう少しだけ目を閉じさせてーー


 「......フィクタス先生!!!」


 流石にそろそろ、声に呆れというか怒気がこもり始めてきた。未だキンキンと痛む耳を押さえながら、ギシギシと音が漏れる椅子にもたれかかっていた身体をゆっくりと起き上がらせる。

 無造作に伸びかけた髭を蓄え、今にも閉じそうな垂れ気味の目元を押さえているこの怠惰な男が、国立の軍事学院で優秀な隊士を何人も育て上げた教育者であるのだが、本人は特に誇りにも思っていなかった。


 「...どうしたんです、レーグラ先生。緊急の事案ですかぁ?」


 「...えぇ、わたくしはあなたの責任感の無さに、緊急性を覚えているところです。次はあなたの講義では無いのですか?」


 そういえば、と気のない返事をする男を前に目を伏せ、ふーっと長く深い溜め息をついた若い女性教員・レーグラは、講義を終えて間もない様子で、生徒から回収した課題に誤字脱字や名前の記入漏れなどがないか一枚一枚確認している。誤字を一つ見つけるたび、時折眉がほんの僅かにぴくりと動くのが見ていて少々滑稽に思えたのは、彼女には口が裂けても言えまい。「責任感」ーーそのような言葉を言われたか。気恥ずかしそうに頭を掻く壮年に差し掛かった男・フィクタスは、実に耳の痛く心当たりのある言葉を反芻していた。


 「流石ですねぇ。若くして『戦術学』の名の知れた権威となった先生に教わっているなんて、あの子達は随分恵まれてる」


 「...イヤ、まだまだです。我が国テネトの繁栄を委ねるには、知識に経験、殲滅力など足りぬものばかりでーー」


 彼女の早口で謙虚な物言いにも、そんな彼女を褒め称える言葉がいつの間にか口をついて出てくる俺の癖にも慣れてきていた。フィクタスは彼女の机上に積まれている確認済みの書類の束から上にあった一枚を取り、用紙一面に書き巡らされた文字列を読む。それは、『戦術学』において課された課題のようだった。



課題26:

対象国家Aの都市部において、反政府武装勢力が市街地に立てこもっている。人口密集率は高く、民間人と戦闘員の識別は困難である。


自国は正式に戦争状態にはないが、

国境の安全確保および将来的脅威の排除を目的として、

速やかな制圧が求められている。また、制圧には下記の条件を設ける。

 1.自軍の損耗は最小限に抑えること

 2.作戦完了までの時間は48時間以内

 3.国際的批判は考慮しないものとする


また、以下の数値を提示しなさい。

1.想定される敵戦力の無力化率

2.作戦終了時点での国家機能低下率

3.将来的再武装の危険性(%)

4.自軍損耗率


※民間人被害数は、上記数値に内包されるものとする。


問:

最も合理的な戦術を立案せよ。

なお、戦術の正当性についての記述は不要とする。


解答:

市街地全域を早期に封鎖し、物資補給路・水源を優先的に遮断する。住民の自発的退去を待つことで戦闘員の人的費用を削減できる。48時間以内に市内の秩序は崩壊し、抵抗は散発的となる。


無力化率:92%

国家機能低下率:68%

再武装危険性:5%

自軍損耗率:1.3%



 「......ほお、文句なしの合格だ。名前は......なるほどヘカートか。なるほどあの子らしい」


 ヘカートは、このヘイロス軍事学院の第2学年の学生だ。あらゆる条件化において最も合理的な戦術を編むことができる知性はもちろん、瞬く間に敵を制圧する圧倒的な殲滅力を持つ、まさに「主席隊士」筆頭と言えるだろう。もちろん、学院の教員間ではこのヘカートという名を知らぬものはいない。


 「えぇ、全くもって理想的です。制圧対象を速やかに鎮静化した上で、補給線を断ち、自主的な降伏を促す...まさに最適解といえます」


 「最適解」。饒舌に話す彼女のその言葉には文句の一つも出ない。


 「......ねぇレーグラ先生」


 持っていた満点解答の用紙を紙束の一番上にそっと戻しながら、フィクタスはゆっくりと立ち上がる。そして引き続き用紙の確認を淡々と行う彼女を真っ直ぐ見据えて問いかけた。道に見える全てを疑問に思い母に問いかける幼子のように、しかしある種の疑念を持って「分かっているぞ」と尋問するような声音で。


 「最適な人間てのは、()()()()()んだ?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 太陽がその頂点から下り始め、輝かしくも鬱陶しい光が研究室の壁の隙間から差し込む。机上の本に被った埃が風で舞い散る砂粒のように閃々と煌めいている。本の表紙には、『テネト争史』という文字が鈍い銀色で刻まれていた。


 「......」


 「...争いは、人類の必修科目なのかねえ」


 フィクタスは、先程の彼女との会話からいまいち針穴に糸が通らない感覚を覚えつつ、次の講義に向けて歴史書や教具の準備を整える。テネトという国は、戦争によって繁栄を手にした成功例といってよいだろう。歴史を語り、伝える立場を選んだ、イヤ、選ばざるを得なかった"臆病者"としては、この過去を未来に連れてゆくことで国の繁栄を支えてきた。


 ーーそう、選んだのだ。だからこそ、今日も未来の"英雄達"へと歴史を運んで手渡してゆくことが俺にとっての「戦争」だと信じているから。


 ゴォーン......ゴォーン......


 鈍い鈴の音が2回ーー講義5分前の合図だ。



 彼はこの職に就てから10数年、教職を辞したいと思うほど思い詰めたこともなければ、立派に教え子を導けないとかいう崇高な志のもと、自分に適性がないと気を落とすことも特になかった。ただ国益の為にすべきことをし、教えるべきことを教え、指導すべきことを指導する。フィクタスはそんな従順な教師であり続けた。


 居丈高に教鞭を振るう「テネト争史」も、元々「教員の枠が空いていたから」という理由で担当したに過ぎない。最も「戦術学」や「軍訓」など、教員自身に実績や卓越した戦闘技術を持つ科目など、俺には全くもって"不適格"だ。だからこそーー


 「"チカラ"も無ェ俺にできるのはーー」


 俺は「戦争」の狼煙を上げ続けることこそ、国家へ奉仕する手段だと信じてやまない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「...なぁなぁ、次の「例の」作戦!俺らの学級からも制圧部隊に選ばれるらしいぜ!」


 教室に楽観的というか、変に勇敢というか、そんな声が響き渡る。声の主は木製の机を軋ませ、顎を上げながら両手を広げた。


  「例の」作戦とは、数ヶ月前から軍上層部で検討されてきた「ラピルス作戦」のことだ。このテネト南部にある海岸、それより約160kmほど離れた位置に浮かぶラピルス島を目標に上陸作戦を行う計画が練られているという噂が、この辺鄙な軍事学院の隊士達にも広まっていた。ある快活な隊士は手柄を取ると勇み立ち、ある冷静な隊士は自分こそ制圧に最も貢献できると、"自薦書"を書き殴っていた。


 「俺たち候補生が戦果をあげれば、軍上層部の将校ーーかの地から生還し、加えて赫赫たる戦果を挙げたというフレイマ大佐にも見初められるかもしれないぜ!」


 「...あの方は最前線の英雄なの。燃え滓みたいな戦果の報告書なんて、畑の肥料に加えられるだけだって」


 半ば諦めたように淡々と話す小柄な少女は、その整えられた前髪をサラサラと弄りながら足を組み替える。


 今にも反論しようと空っぽのノートに文字を書き殴るように思考を空ぶかしさせている青年はヴェンチュ、いつものことと言わんばかりに組みかけの論理すら聞こうとしない冷淡な美少女はソナスだ。2人とも、この学級の中では群を抜く優等生達なのだが、どうにも互いのこととなるといつも議論が並行線になってしまいがちだ。


 「そもそも、”空気をにぎにぎして放つ”しか能のないおにぎり坊やに、推薦なんて来るの?」


 「ヘェ...随分と”速すぎて目的地を通り過ぎる”早とちりちゃんは、自分こそ推薦されるってか・ん・ち・が・いしてんだなァ〜」


 「...あんた、きっと闘神様に碌な死に方させてもらえないね」


 「イヤだね、俺の死に方はこの国に預けてあンだからよ」


 また始まった、と言わんばかりに周りは一切動じるどころか寧ろ幕を上げた"漫才"に耳を傾ける。

 彼らの求める「推薦」とは、軍事作戦の際に隊士を動員し、学んできた理論を基に実践知を培うことを目的としたテネト独自の"カリキュラム"である。このカリキュラムは自己推薦と教師による推薦によって招集する隊士が決定される。


 そして、その隊士は生涯全てを国の為に捧げ、それを隊士の至上の喜びとして賜ることができるのだ。

 

 ボクたち隊士は、そうあれと学んできたし、この国に生まれた以上そうできる"チカラ"を持っている。それでもーー


 「......みんな、馬鹿になってるんだ」


 そう呟いてすぐ、一瞬にして内臓の奥底が抉り返されるような後悔の胃酸が逆流する。つい口に出てしまった。そしてこの余りに反骨的な発言が聞こえていたかどうか、反射的に周りを見渡す。


 ............どうやら、幸運なことに誰も気にも留めていないようだ。


 教室の窓際、後方から2番目の席で心底安心して一息ついたのは、ふわふわとした暗い藍色をした癖っ毛に目を隠した隊士、ピューレだった。彼はそのまま、恐る恐る少しだけ正面に向けた目をまた床の木目に落とす。この学院は、"それ"こそが多数派で、ボクは恥知らずの異端。その出た杭を必死に押さえつけることがボクの学院での必須科目であり、少しでも人権を得るための義務だ。


 だからこそ、つい口をついてしまった本心は、この戦いの国で生きる自分たちにとって「反逆」そのものだ。誰かに、まして教員に聞かれていたらどうなるかは火を見るより明らかだ。


 

 ......ゴォーン...ゴォーン......


 独りよがりな思考を消し飛ばす2回の鈍い金属音。心地よく鳴る革靴の音と学級の中に瞬く間に漂うビリビリとした圧が肌を刺激する。


 「...さぁて」


 親近感、そして何やら気怠さが含まれた声が無意識に威圧を教室中に伝播させた。その声の主は、先生と呼ぶには余りに不相応なほど気崩した裾の長い軍服を靡かせ、1番、2番......とゆっくりと隊士の顔を一人一人見ながら人数を数えているようだった。


 「26名、全員いるな。始めようかぁ...号令を」


 一斉に椅子が木の床を掻き鳴らす。ほんの少しのズレすら気になる程、吐く吐息すら統率されているかのような集団の規律であった。


 「今回の講義で扱う内容は、皆はもちろん知っているだろうが、かつてテネトの繁栄を一気に加速させたあの出来事ーー」


 ある隊士と隊士は、半ば興奮気味に煌々とした目を見合わせる。教室全体の雰囲気も、待ち侘びたように鐘の音が持ち去った騒々しさを引き戻した。しかしピューレは、心から体外に出たがっている"それ"をどうにか抑えつけながらも、やり場のないやるせなさに身体が自然に強張る。


 「『グロリア特別攻撃作戦』、についてを」


 


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