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異世界に転移した私は結婚式当日に第一王子から伴侶に相応しくないと言われる

作者: ぼたもち
掲載日:2025/08/10


 私――白崎憂華が目標の背中を追って建物の角を曲がった時、激しい点滅が視界を覆い尽くした。

 この光が車のヘッドライトかもしれないと慌てた私は、咄嗟に荷物を前に構える。


「おお!召喚が成功したぞ!」


「……へ?」


 素っ頓狂な声を出した私の前では、白基調のローブを身につけた初老の男性が、背の丈程の杖を掲げていた。

 豪華絢爛な調度品に、透明度の高いガラス基調の建物。

 座り込んだ私の足元には、所謂六芒星が光り輝いていた。


 ――――――――――――――――――――


 私が異世界へ転移してから5年の月日が流れた。

 童顔でお馴染みの生粋の日本人である私は、この国の成人基準に達するまで、第一王子の妻になる為の花嫁修行に明け暮れた。


「憂華様は成人なされても若々しいですね」


「いやーそもそもこの世界に来た時点で、十分歳行ってるんですけど……」


 自分が結婚適齢期を超えた30代の人間である事は、証明の手段が無い為に説明を諦めた。

 召喚後すぐに学校へと詰め込まれた私は、初めこそ反発をすれど、今やこの世界の一員として流れに身を任せている。

 第一王子の婚約者になったのは、生活に慣れて来た頃。

 異世界人は脅威的な魔力量を誇り、この世界では『聖人』と呼ばれているらしい。

 安寧の象徴として異世界人を王族に招くのが、彼等の歩んできた歴史らしく、私も例に漏れず王族の一員にお呼ばれした。

 契約書を見せられた時は驚いたが、転移したての私を献身的に気遣ってくれた王子へ恋心を芽生えさせていた事もあり、二つ返事でサインをした。

 こうして、玉の輿の勝ち組が確定した私の人生は、順風満帆な結末を迎える――はずだった。


「へぇ!私の他に日本人が居たのね。私、東城明美」


「……ええ、どうも。白崎憂華です」


 瞳孔の大きい瞳に分厚い唇。

 いかにも大学生らしい明るめの茶髪の彼女は、この世界にとって招かれざる客だった。

 王族が把握していない異世界人の来訪に、兵士達は原因究明へと駆け巡る。

 自分の足で王宮へと辿り着いた彼女は、私への挨拶を終えるなり、視線を見目麗しい王子へと向けた。

 彼女の羨望に満ちた表情が濁ったものだと気付いたのは、仕事柄そういた事例に慣れていた私だけだった。


「ふふっ……私、お姫様になれるのね」


 聞きたくも無かった言葉を前に、私は第一王子に腕を絡めて、笑顔で彼女の言動を牽制した。


 ――――――――――――――――――――



「皆様、お勤めご苦労様です」


「やあ、憂華殿。今日も視察ですか?式の準備で忙しいでしょうに」


 明美の出現から早1ヶ月。

 タオルで顔を拭う兵士へ水を差し出した私は、「兵士小屋の柱の修正を明日行う」と彼へ伝えた。


「手続きは私が一任します。皆様のご迷惑にならない様、人気(ひとけ)の無くなる日中に工事を発注しますね」


「助かります。憂華殿が来てから任務外の事故が減少傾向にあります。有難い限りです」


 笑顔でそう言う兵士へ「未来の王妃として当然の責務ですから」と自分の行動を卑下する。


「まだまだ目の届いていない箇所があります。……先日の馬車での事故は痛ましい物でしたし」


「あれは予測出来ない整備不良ですよ。憂華様の落ち度ではありません」


 車輪の支え木が折れて、バランスを崩した馬車の荷台が崖下へ滑落した事故は最近の出来事。

 防げたはずの事故を止められなかったと後悔した私は、城内の点検頻度を増やす事で気を紛らわせている。

 兵士と会話をしている中、鍛錬を終えた他の者達がこぞって私を取り囲んだ。


「憂華様!今日も素敵ですね、女房にも見習って欲しいところだ」


「おいおい、良いのか?そんなこと言ってると、またカードでチクられるぞ。戻ったばかりの自慢の顎髭が剃られちまうぜ」


「おや!それは困るな!おーい誰もカード持ってないな?」


 冗談を言い合いながら豪快に笑う兵士達。

 彼等は自分のポケットを裏返して、マジックカードを持っていないことをアピールしている。

 『マジックカード』は、この世界特有の魔法アイテム。

 魔法陣をカードに閉じ込める様設計された代物で、教会に住む大魔導師以外は魔法の恩恵をカードで賄っている。


「憂華様は……いや、転移者は持っていないよな」


「そうですね。お気になさらず」


 気まずそうに後頭部を掻く兵士を肘で小突いた仲間達は、各々私から目を逸らしながら離散した。

 その場に残った1人が私に向かって頭を下げる。


「ウチの部下が失礼した」


「いえ、私が魔法を上手く扱えないのは事実ですから」


 魔力の多い人間は、カードに頼らずとも魔法を発動できる。

 だからこそ、『聖人』として国に祭り上げられている私が、マジックカードを持つことは許可されていなかった。

 兵士達が居心地悪そうに私から離れたのは、魔法の使えない私を気遣うからこそだった。


「うふふ……あらあら、無能者の憂華じゃない」


 城へ着いた頃とは正反対の、汚れ1つ無いドレスで私を嘲笑う明美は、自慢げに魔法でグラスを生成した。

 宙から水を注いだ彼女はそれを飲み干して、私を一瞥する。


「今日も暑いわねぇ。憂華も水分補給を怠らない様にね。……あっそっか、魔法使えないんですっけ」


 嫌味ったらしい彼女を無視して、私は踵を返した。

 同じ日本人でありながら膨大な魔力を保持する彼女は、私が魔法を使えないと知ってすぐに態度を一変させた。

 「自分こそ第一王子の婚約者に相応しい」と、豪語する彼女の嫌がらせは多岐に渡る。

 初めは物が無くなる程度の小さな嫌がらせだったが、一番困ったのは手紙が届かない事だった。

 情報を知らず、舞踏会に参加出来なかった私は、第一王子に「恥を掻かされた」と小言を毎日言われる始末。

 後に令嬢達のコミュニティーで、第一王子が明美と3曲以上ダンスを踊っていたと報告を受けた時は、思考が停止した。

 1度目は交流・2度目は親族・3度目は恋人。

 貴族である第一王子が、この世界の常識を知らぬとは思えなかった。

 極めつけには、階段から突き落とすなどの命を軽んじた嫌がらせも受けた。

 彼女の行動は目に余る物だったが、私が反撃に出なかったのは、すでに結ばれた王子との婚約があったから。

 王族の一員となれば、国家反逆の罪を恐れて彼女も手が出せなくなるだろうと、私はその時まで我慢をすることにした。


「無愛想で貧相な貴女を、セドリックが愛してくれるかしら。彼はきっと豊満な女性が好みよ」


「王子を名前で呼んではなりません。国王陛下と王妃殿下のみに許される行為です」


 自身の胸に手を添えてアピールをする明美を無視する訳にもいかず、私は返事をした。

 第一王子――セドリック・ユーラシエの名を、婚姻前に汚さぬ絶対の誓い。

 郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、私は彼女の不躾な態度を睨み付けた。


「あーら、嫉妬ね。みっともない。規則が何?私は王妃になるんだから、セドリックをどう呼んでも私の勝手でしょ?」


「勝手……ですが、上への報告はさせて貰います」


 明美は会話を早々に打ち切ろうとした私を、哀れな女だと蔑んだ目で見る。

 「付き合っていられない」と、今度こそ彼女の横を通って立ち去ろうとした。


 ――ドン!――


 明美の突き出した両手で為す術もなく倒れた私は、「またか」とため息を吐く。

 汚れたスカートを無言で払う私へ舌打ちを残した彼女は、何故か兵士小屋の方へと姿を消した。


 ――――――――――――――――――――


 あれから1週間。ようやくこの時がやって来た。

 結婚式の準備を終えた私は、書類全てに目を通して一息吐く。


「はぁ、1人で準備するのは骨が折れるわね」


「王子を説得出来なかったのですね」


 私の髪を()かす侍女が、事情を加味して同情的な目を鏡越しに向けてくる。

 結婚式を明日に控えた私が、夜更かしをしてまで準備に追われるのは、私が2人分の仕事をしているからだった。


「生粋の貴族だから、自分で動く能が無いんでしょ」


「流石にそれは……」


 言い淀んだ彼女に、世話のお礼を伝えて私はベッドに倒れ込んだ。

 問題は山積みだったが、明日の挙式さえ終えて仕舞えば自由になると信じて、私は深い眠りにつく。


 ――――――――――――――――――――



「僕の妻になるのは明美だ!」


 ウエディングドレスが見当たらないと、側近達と捜索に当たっていた私は、チラと覗いた式場で腕を強く掴まれた。

 第一王子直属の部下に連れられた私は、私服の質素な灰色のドレスでバージンロードを歩かされて今に至る。

 祭壇の傍に立つ王子の隣には、私が設計に携わったドレスを、我が物顔で纏う明美の姿があった。


「お前は僕の伴侶に相応しくない。明美こそが、僕の妻になる為に転移した聖人だ」


「はぁ……」


 人目も(はばか)らずイチャつく彼等に呆れて、物も言えない。

 そもそも、私が婚約者である事は、王子の一存で覆せるものではない。

 国外からの重鎮が多い式場で、なんとも馬鹿げた発言をする彼に、私は頭を抱える。

 そして面倒な事に、私が言い返さないと、彼は調子付いて唾を吐きながら捲し立てた。


「こいつは魔法も使えないくせに、図々しくも王族になろうとしたんだ!金にしか興味のない卑しい女め!」


 その発言は、貴方の隣で無駄な量の宝石を携えた明美に言って欲しい。

 と心の中で突っ込むも、言うだけ無駄だと言葉にはしなかった。


「ですが、国王陛下の(めい)は絶対です。それに背くことは王子であれど不可能です」


 私と王子の婚約時には、国王陛下の母印が押された書類を作成している。

 これは王子であっても、覆すことは出来ない。

 私の主張に世論が傾き始めたタイミングで、醜悪に口角を上げた明美が、何やら「ゴソゴソ」と動き始めた。


「本当にそうかしら?皆様ご覧になって!この女が城内を歩き回って、調度品を盗む所を。罪を犯すものが、王妃になって良いのかしら?」

 

 明美は勝ち誇った笑みで、1つのマジックカードを発動した。

 それは記憶媒体に用いられるカードで、過去の映像が鮮明に投影された。

 映像の中央部では、灰色のドレスを着た女性の背中が遠目に見える。

 左右を確認しながら宝物庫に侵入した女性が、宝石を抱えながら走り去っていった。

 俯き加減の犯罪者の顔は映っていなかったが、服装は今の私と一致している。

 映像の終わり際に、来客者達の冷たい視線が私に向いた。


「魔法による確固たる証拠よ!犯罪者を王族には招けない。貴女の(すが)った契約は無効になるわ!……ふふっ他に何か言い返せることはあるかしら」


「……では、2つ程確認を」


 今までの流れを静かに傾聴していた国王陛下へ跪いた私は、王へ(こうべ)を垂れて発言を求めた。


「言い分を聞こう」


「ありがとうございます、陛下。まずは1つ、犯罪を犯した者は王族にはなれないのでしょうか?」


「無論だ」と頷く国王陛下。


「では、既に王族である者が、犯罪を犯した場合はどうなるのでしょう?」


 私の後ろで「何、無意味な質問してんの?」「自分は既に王族だから、罰されないと思ってんだろ。ますます図々しい女だな」とバカ2人の会話が聞こえたがそれを無視する。

 思案した国王陛下は、私の意図を理解出来ないなりに正しい答えを用意した。


「既に王族の者であっても、同様の罰を与える。身分が高い者を特別扱いすれば、国の崩壊は免れん」


 話の分かる国王陛下で良かった。

 王の隣に座る王妃殿下が私の事を心配そうに眺めていので、「大丈夫だ」と視線を送る。

 良識のある2人から、どうしてこんな横暴な王子が生まれたのか、不思議で堪らなかった。

 だが、成人した子供を縛る毒を持たない彼等だからこそ、道を違えた息子に気付けなかったのだろう。

 私は転移前の懐かしい空気に巻かれながら、現実の見えていない2人へと嘲笑の笑みを送った。

 ――さあ、ここからが私の反逆劇だ。


「今日私が着用するはずだったウエディングドレスは、自室に置いていました。それを盗めた彼女なら、私の私服を盗ることも容易でしょう。窃盗は犯罪ですよね?」


 細部までレースのデザインが凝ったドレスを指差した私は、明美の出方を予想する。


「これはセドリックが私の為に特注で用意したドレスよ?それにどうして私が貴女の貧相なドレスを盗むのよ。馬鹿げた妄想には付き合ってられないわ」


「…………?」


 ドレスをプレゼントしたはずの王子自身が、不思議そうな表情を浮かべている様子に、笑いそうになった私は震える肩を抑えた。

 口裏を合わせるなりしておけば良いものを。

 ああ、そうか。

 ドレスを一度も見に来なかった彼は、私の用意した物など知らないのだ。


「私の体に合わせた物だから呼吸し辛いですよね。自慢の胸が潰れて可哀想。あら?お腹周りも苦しそうですね」


「なっ……!」


 終始彼女が脂汗を掻いている事に気付いているのは、新婦と距離の近い一部の来客者だけであったが、味方は1人でも多い方が良い。

 私の発言を信じた来客達は、ザワザワと響動(どよ)めき始める。


「うっうるさい!……あーそっそうね、どこかでドレスが入れ替わることもあるかしらー?少なくとも私は窃盗なんてしてないわ」


 見苦しい言い訳だ。

 まあ、これはジャブみたいなもので、彼等を貶める本題はここからだ。

 私は懐から、カメラとボイスレコーダーを取り出して電源を入れる。

 目新しい道具に周りの人々が疑問符を浮かべる中、同郷の明美だけが言葉を失って青褪めていた。

 婚約者である私は『聖人』のレッテルがあるから、(おおやけ)にマジックカードを持ち歩けない。

 だからこそ、私が不貞の証拠を提示出来ないと、彼女は高を括っていたのだろう。


「これは故郷の記録媒体です。カメラは画像を、レコーダーは音声を残せます」


 転移前に浮気調査を行なっていた私は、仕事道具をそのままこの世界に持ち込んでいた。

 まさか自分の為に使うとは予想していなかったが、充電方法を編み出していて良かった。

 カメラの画面を来客へ見える様に支えた私は、深夜に王子の自室へ出入りする明美の姿を捉えた写真をスライドして行く。

 プライバシーを考慮してベッドに入る写真は、王子の両親にのみ見せた。

 国王陛下の傍に控える近衛兵が、仕事も忘れて「うわ」と上げた声で、写真の内容を安易に予想出来た来客達の心は、更に私の方へと寄った。


「婚前交渉。聖人の伴侶は汚れない身と心で、結納の日を迎えなければならないはずでは?」


「くっ……」


 悔しそうに顔を真っ赤にした王子だったが、カメラを見下した後に、私の発言の穴を見つけたと言わんばかりに「ニヤニヤ」と口角を上げた。


「そんな信用性の無い道具を誰が信じると思うんだ?かなり小さな絵画だが、下町の無名にでも描かせたか?」


「ハハッ、へー本当にそれ故郷にあったかしら?私見た事なーい」


 カメラを知らない異世界人が、写真を証拠として認めないのは分かり切っていた。

 だが、すぐに王子の意見へ合わせて援護する明美の狡猾さに、私は驚かされた。

 修羅場慣れしている彼女は、私の行動を阻止出来たと嬉しそうに笑っている。


「喜んでいる所申し訳ないけど、ちゃんと証人も居ますよ?実は6日前に兵士小屋の設備修理を業者に依頼したのですが、仕事が出来ないとの苦情を受けまして……」


 私は当時の修理業者へと手のひらを向けた。

 場違いな式場に萎縮する彼等の中で、一際背の高い男性が話し始める。


「へぇ。あの日は兵士の留守中に柱の修理を終わらせる様に依頼を受けていたのですが、その、既に小屋には先客が居まして……」


「あら?可笑しいですね。兵士達には話を通していたはずですが」


 ワザとらしく首を傾げながら、私は王子と明美を一瞥する。


「穢らわしい!平民風情が貴族と同じ空間で、発言を許されるとでも思っているのか!?」


「そうよ!汚いわ!すぐに出てって!」

 

 心当たりのある2人は業者を大声で怒鳴り付けたが、国王陛下の咳払いに萎縮して動きを止める。

 業者へ目配せをした私は、次の言葉を促した。


「その、そちらにいらっしゃるお2人が密会をなさっていたので、声を掛ける事も出来ず、その日の作業は断念しました」


「その時の様子を正確に」と私が言うと、業者達は水を得た魚のように、次々と当時の様子を鮮明に語り始めた。

 内容は割愛するが、彼等に相当な精神的ダメージを負わせることに成功した私は、心の中でガッツポーズを取る。

 王子が王族としての責務を果たさなかった事が確定した。

 劣勢に立たされた王子は、乱れた髪を更に掻き毟りながら怒りに満ちた声で叫んだ。


「そもそもお前が魔力を持ってないのが原因だろうが!僕は『聖人』と結婚する為に生まれてきたんだ!魔力が無い癖に、いつまでも婚約者の地位に固執するお前さえ居なければ、恥を掻く事も無かった!」


「ああ、そうだ」と虚ろな目をした王子が、明美を抱き寄せて高らかに宣言する。


「憂華が魔力を持っていないのは周知の事実だろう!天に選ばれたのは明美だ!順番は前後したが、聖女が僕の妻になることに変わりは無い。父様!目的と手段を間違えてはなりません!国益の為に僕と明美の婚姻は必然なのです!」


 熱弁する王子にうっとりとした瞳を向けた明美は、私を嘲笑する口元を隠しながら、国王陛下へと媚びた視線を移した。

 しかし、陛下から帰ってきた言葉に2人は絶句する。


「憂華は紛れもなく『聖人』だ。3年間の学園生活の後、魔力を扱える様になった彼女が、奇跡とも呼べる大魔法を、卒業論文代わりに放った時は心が踊ったものだ」


 懐かしむ国王陛下の褒め言葉に、私は頬を染めて照れる。

 ――そう、私は魔法を上手く扱えないだけで、魔力が無いとは一言も言っていない。

 卒業後に各地域を回って天候を操る私に、一度たりとも同行した事の無い王子は、「どんな手を使ったんだ?」と言葉を漏らしている。


「私は未熟ですから、日常使いの魔法が苦手なんです。……そういえば、明美さんは日常魔法が得意でしたよね?是非、今すぐ見せて貰いたいわ」


「え?……いや……」


 声を裏返した彼女は、何かを探してキョロキョロと手元を探っている。

 残念だが、彼女が普段から持ち歩いているカバンは、ドレスに似合わないと理由を付けて、侍女に取り上げて貰っていた。

 私の設計したウエディングドレスには、物を隠せる様な場所は用意されていない。


「そうですわね。私、風魔法と水魔法が見たいわ。明美様、得意でしたよね?」


「い、あの。きょ、今日は調子が悪いみたいですわ」


 朗らかな笑みで明美に問うた王妃殿下の援護に、私は緩む頬を必死に抑えた。

 王妃の命令は「調子が悪いから」なんて不鮮明な理由で覆せはしない。

 青褪めた明美は、「なんとかしなさいよ!」と王子の肩を殴るも「魔法ぐらい見せてやれ」と冷たく言い放つ彼に、取り付く島などない。

 ――ここで、事態を重く見た明美が強硬手段に出る。

 大方、私さえ居なければ後はどうとでもなると思ったのだろう。

 ウエディングケーキを切る予定だった刃物を持ち出した彼女は「ああ!手が滑ったわ」などと、有り得ない事を口走って私へと投げ出した。


「憂華様!」


 防壁魔法を発動しようと手を掲げていた私の前に、1人の青年が身を乗り出した。

 彼は腰に下げた剣を振り上げて、ナイフを弾き返す。

 弾かれた刃物が第一王子の耳を掠めて「カラン」と、音を立てながら床に落ちた。

 尻餅を付いて小鹿の様に足を震わせる王子の滑稽な姿に、何処からともなく失笑の声が上がる。


「聖人への冒涜的な言動に加えて、命を危険に晒すなんて!お前達は我が国の人間ではない!」


 私を庇う様に腕を上げて叫ぶ彼は、()()王子に当たる男性だった。

 政治的な役割を持った第一王子とは違い、実務的な役割を持つ彼は、幼い頃から剣術を習っている剣士だ。

 国内最強の名を欲しいままにする弟を前にして、手も足も出せずに怯える兄は、その怒りの矛先を私へと向ける。


「だ、誰が何と言おうと僕はお前を認めないぞ!ハッ!愛想の無い愚図でも父様や脳筋の男を誑かせるらしい」


 「この減らず口に何を言っても伝わらないのだろうな」と、諦める私の耳に届いたのは、頑丈な教会の柱が破壊される音だった。

 柱を破壊したのは、第二王子の拳だ。


「昼夜国の為に尽くす憂華様が愚図なら、お前はミジンコ以下の存在だ!……そうか、やはりお前は人間じゃ無いのか。なら――」


 剣を持ち直した第二王子は、冷徹な目を兄へと向けて切先をその肩に押し当てた。


「――殺してしまって構わないな」


「おい!止めろ!誰かこいつを止めろ!憂華!」


 都合が悪くなった瞬間に、迷わず私へ縋る第一王子。

 這いずる第一王子に足首を掴まれた私は、第二王子と同じ冷ややかな目で彼を見下していた。


「そうだ!今日は僕とお前の結婚式だろう?お前は僕と結婚したかったんだな?だからこんな意地悪で僕の気を引こうとしてるんだろ。心配するなよ、僕は永遠にお前に愛を誓ってやる」


 第二王子の殺気に当てられて、見当違いな発言で復縁を迫る彼に、呆れた溜め息しか出ない。

 私だって転移後の1年程は、献身的でいて未熟さの目立つ彼に好意を持っていた。

 だが、学校での時間が増えるにつれて無愛想になった彼を、いつまでも愛せる程私は大人ではなかった。

 私と第一王子の関係は、明美が訪れるよりも前に冷め切っていた。

 私の不在を狙って複数の女性と関係を持っていた事は、私を慕う兵士や友人から早い段階で聞かされていた。

 問いただしても「お前には関係ない」と冷たくあしらい続けられた私は、今日という日を待ち望んでいた。

 目尻を濡らす彼の手を振り解いた私は、涙を流して傷心の乙女を演じる。


「1度裏切った貴方を信用するのは不可能です。……私はこの国を愛していますが、この人と添い遂げるくらいなら、国籍を他国へ移しましょう」


 神に祈るシスターの様に、両手を組んだ私は来客の重鎮へアピールをする。

 さあ、これで立場が悪くなるのは第一王子に止まらない。

 慌てて腰を上げた国王陛下は、私と同じ目線まで歩み寄り、私の両肩に手を置いた。


「貴女が他国に渡れば、軍力の均衡が崩れる。どうか、我が愚息の処罰を決して、この国に留まって頂けないだろうか」


「ええ。喜んで」


 笑顔で即答した私に、違和感を抱いた国王陛下は目を丸くした。

 おっと危ない。本性が出てしまうところだった。

 私は周りの状況を見渡した。

 魔力の証明が出来ない明美と、責務を放棄した第一王子は放心状態で成り行きを見守っている。

 彼等に飲まされた苦渋は、こんなちっぽけな断罪で済むものではない。

 だが、ここで欲を掻いて非道な罰を下せば、私の将来の立場が危うくなるだろう。

 ただでさえ、大事になるまで第一王子を止められなかった私には、監督不足の節もあるだろう。

 ここは、有る罪に正しい罰を与えるのが正解だ。

 私は、まだ彼等に提示していないボイスレコーダーのボタンを押した。

 「ザザザ」とノイズの多い録音が、密会を楽しむ2人の会話を再生する。


『……あれは流石にヤバかったよな』


『私達は関係ないわよ。それに荷台でヤリたいって言ったのはセドリックでしょ?』


 音声に響めく一同は、2週間程前の『支援物資を積んだ馬車の滑落事故』を思い出したのだろう。

 物資を運ぶ前日に点検をしていたのにも関わらず起きてしまった事故は、彼等が荷重ギリギリの荷台に余計な負荷を掛けたからに他ならなかった。


「隣国への救援物資の運行を、一時的な感情で無意な物とした彼等に、相応しい罰を望みます」


 物資が届かなかった事による損害は、現在進行形で起き続けている。

 到底、2人の平凡な人間に償えはしない。

 事態を深刻に捉えた国王陛下はすぐに採決を下した。


「セドリックには第一駐屯地での兵役に当たらせる。明美には山岳方面への国外追放とする。それで良いな?憂華」

 

「はい、異論ありません」


 聞き分け良く返答した私と違い、慌て出した明美は近衛兵に拘束されながら涎を撒き散らす。


「ふっざけんなよ!このクソばああ!また私に野宿させるつもりかよ!どんだけ苦労して山を越えたと思ってんだ!」


 本性を剥き出しにした明美の発言に、疑問符を浮かべた第二王子が詰問をする。


「山を越えた?あの先には敵国しかないはずだが。……お前は敵国の密偵だな?」


 「しまった」と口を(つぐ)んだ明美は、追放の前に尋問へ掛けられる運びになった。


 ――――――――――――――――――――


 結婚式の騒動から時は流れ、3年以上が経過した頃、私は風の噂で2人の現状を知る事となった。

 まずは第一王子――今はセドリックと名を呼んでも不都合無いだろう。

 彼が出向した第一駐屯地は、駐屯とは名ばかりの戦火に包まれた土地だった。

 昼夜問わず飛んでくる魔法砲弾に怯えながら、屋根の無い岩場で生活しているらしい。

 第一王子という立場に胡座を掻いて、碌に鍛えて来なかった彼が、何故今も生き残っているのかと現場の兵士に問うと、


「国家予算からセドリック用のマジックカードが支給されています。羨ましい限りですよ。内臓を失おうと生きていられるのですから」


 戦場を知る兵には申し訳が無かった。

 現地の人間に配慮が行き届いていなかったと私が陳謝すると、彼は「ハハ」と笑って「冗談ですよ。良い肉壁になってます」と言う。

 無能な元王子でも、彼等の役に立てていると知って私は心底「ホッ」とした。

 セドリックの兵役は滑落事故で生じた損害を補うまでと決まっているが、戦争を長引かせた罪はそう簡単には償えないだろう。

 彼の為に使用するマジックカードの損失分も相まって、終身刑と相違ない罰になると予想された。

 そして、明美の現在について。

 結論から言えば、明美は敵国の試験的な召喚儀式で、偶発的に転移した人だったらしい。

 正式な儀式ではなかった為に、聖人の素質のない彼女が召喚されたそうだ。

 敵国が魔力の少ない彼女を捨てる場所に我が国を選んだのは、2人目の異世界人として国に混乱を齎す為だった。

 その思惑は実り、第一王子を手籠にした明美の行動で、我が国の物資が枯渇して一時的な混乱に至った。

 だが、それも当時の話。

 結婚式に招いていた各国の重鎮達は、私と国王陛下の罪人に対する態度を評価して、今まで以上に強固な関係を結ぶ事を我が国に提案した。

 終戦は遠い未来の話だが、各国との連携を強める事により、以前より負傷兵が減ったことは喜ばしかった。

 そして、その流れに乗って、明美の悪名は友好国全てに轟いた。

 釈放後に山岳地帯へ放置された彼女は、踵を返して自分を匿ってくれる国を探したが、どの国も首を縦には振らなかった。

 彼女の存在が報告された最後の農村では、川沿いに海へと向かったと子供が証言していた。

 明美が今現在どこで何をしているのかは分からないが、苦労して生きているのだろう。


 ――――――――――――――――――――


 

「憂華。夜更かしはお腹の子に障るぞ」


「ごめんなさい。寝付けなくて日記を書いていました。すぐに寝ますよ」


 現在、私のお腹の中には新しい命が宿っている。

 あの事件以降、私を気遣って度々顔を見せに来た第二王子。

 セドリックとの事があった私は恋愛に後ろ向きになっていたが、大量の花束と熱意のあるアプローチに気押されて、半ば折れる形で彼と付き合い始めた。

 当初は、国の存続の為に聖人である私を繋ぎ止めたいのだろうと、彼にそっけない態度をとっていた。

 だが、粗暴で冷徹な印象の強かった彼の、見た目に反した心根優しい紳士的な言動に惚れ込んだ私は、気付いたら自分の方から結婚を申し込んでいた。


「温かい飲み物を持ってこよう。手先を冷やしすぎてはいけないよ」


 筆を持った私の手に、手のひらを重ねた夫は「少し待っていて」と額に口付けをする。

 耽っていた過去を捲り、日記を閉じた私は、夫の背中を追って彼の腕に身を寄せる。

 私の行動に驚いた彼は、私が歩きやすいようにと肩に手を回して道をマジックカードで照らした。


「ありがとうございます。コルトン」


 夫の名を呼んだ私は、彼の熱に身を包まれながら照らされた道を歩む。

 きっと私達の未来は、この道の様に明るいものとなるだろうと信じて――。

2025/08/14 誤字が在った為訂正しました 愚弟→愚息

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― 新着の感想 ―
面白かったです ただ 「貴女が他国に渡れば、軍力の均衡が崩れる。どうか、我が愚弟の処罰を決して、この国に留まって頂けないだろうか」 ↑ この国王の発言ですが、ひょっとして「愚弟」ではなく「愚息」の間違…
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