表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

-7- 戦争の残影(7)

貿易港の汚職事件で断頭台に上った貴族の1人...クレンタム家はいずれ汚職がバレ、断罪抗うための力として魔獣との融合実験を密かに行っていた。

 地下には何千と転がる白骨化した骸が発見され、その数以上の魔獣の死体が発見された。

 死体の山を築き上げながらも、クレンタム家は成功した兵士を作ることが出来なかった。

 悪事が全てバレた一族は例外なく処刑され、研究結果も全て破棄...全てが解決したと思われた。


「くっ!!」


高火力の炎をいくら放つも、赤龍の炎に適応したアイリスに傷一つ負わせることが出来ない。

 巨大な剣をまるで片手剣のような軽々と振るう恐ろしい怪力...力を前提にしているが、達人たちの記憶から取り出した剣術でも全く刃が立たない太刀筋。

 ベヒーモス殺し大英雄は、紛れもない化け物であり...当初の計画の破綻を予言したあの女の言葉どおりとなってしまった。

 そして一番厄介なのは――


「礎は凍える伊吹の化身...フリード!」


アイリスが作った隙に的確に動きを封じる魔法を発動させるリリス。

 魔法師団副団長の名に間違いはなく、上級魔法を準備している合間に中級魔法でけん制する。

 常人では到底できるはずのない技に犯人は追い詰められていく。


「手加減しているのは街に被害が出るからか?」


アイリスと間合いをとった犯人は問う。

 とっくに制圧どころか命を断たれていてもおかしくない...アイリスは放った炎を全て体で受け、周囲に燃え広がらないようにしている。

 剣を振るうにしても、全力で振るえば周りが消し飛んでしまう...街中での戦闘はアイリスとってデメリットばかりだった。


「守るものが多いと動きにくいよな...じゃあこういうのはどうだ」


歳月の灯を天に掲げ、その記憶を解放する。

 最終手段としてあの女からもらって記憶...それは一度効果を発動すれば問題ない代物。


「扉よ...開け」


空間魔法のアーティファクトを再現し、使用する。

 その扉は既に用意されていた魔獣を呼び出す...かつてある王国を虫の巣窟へと変えた魔獣、ビークイン。


「アイリス!!あの魔獣を早く!!」


その姿にいち早く気付いたリリスは犯人に上級魔法を叩き込み、アイリスに時間を与える。

 このまま逃し、ビークインが活動すれば30分も経たず王都は虫の兵士で溢れることになる。

 リリスが作った隙でアイリスは虫に向けて大きく剣を振るう――しかし、何かの障壁に阻まれ斬撃は通らず、魔獣はそのまま飛び去ってしまう。


「(物理障壁...?ビークインは繁殖能力以外持ち合わせていない....人工的に作られた変異体..!)」


召喚された直後に仕留められないように改造されたものだと確信したが、ビークインを追うことはもう出来ない。

 ビークインを追って仕留めたとしても、目の前にいる赤龍の座を食らう者(イーター)が暴れられて王都を火の海にすることは目に見えている。


「アイリス!救援信号は出します!今はその男を!」


ビークインは仲間たちに任せるしかない。

 状況を判断し素早く作戦を切り替えたリリスは、アーティファクトを起動して信号を発した。

 並大抵の魔法では炎を消すことが出来ない赤龍の座を食らう者(イーター)を足止めできるのはアイリスしかいない。


「ビークインはいいのか?あのままではお仲間が虫の餌だぞ」

「あなたにそれを想像している余裕はあるの?」


アイリスは剣を向け大きく踏み込む、周りの被害はこの際気にする段階ではない。

 剣劇は一撃で建物を薙ぎ払い、男が持っていた歳月の灯を半壊させる。


「(一撃で...この威力だと?!)」


赤龍の鱗の防御を持ってしても、なお激痛が走る。

 歳月の灯を犠牲にしていなければ、今頃自分も瓦礫の一部として地面に転がっていただろう。


「生捕りは断念する。私が甘かった」


今までとは違うアイリスの剣に男は震える。

 結局あの女のいうとおりになってしまった...大英雄には敵わない...ならば、せめて目的だけでも果たす。


「お前は強いアイリス...だが――俺はそれでも目的を果たす!!」


自らの心臓を貫き引き抜いた男は、その心臓に刻まれた術式を命を持って発動する。

 眩い光とともに周囲に爆発が起こり、アイリスはリリスを抱えて大きく跳躍して回避した。

 土埃が晴れる中...瓦礫の山を翼で払いのけ、大きく咆哮する魔獣―――赤い鱗に覆われた厄災。

 2人はその厄災の姿をハッキリと目にする...着地した時――リリスは龍に刻まれたもう一つの魔法陣を観測した。


「あれは...呪い?!」


※※※


リリスから連絡を受けた魔法師団は騎士団と共闘してビークインの変異体を追った。

 アイリアの一撃を防ぐことに大きく力を使ってしまった変異体は、思うように兵士を生み出すことが出来ず、生み出された兵士の魔獣もかなり弱い。

 合同の包囲網で囲んで住民の避難を最優先させ、人命被害なしという奇跡的状況。

 だが――ビークインが力を回復すれば、生み出される兵士の数も質も大きく上がることになる。


「2人で1匹を確実に仕留めろ!陣形は絶対に崩すな!魔法使いの援護を受けられなくなるぞ!」


現場を指揮するクリスは前線にたって必死に陣形を維持する。

 量が少ないとはいえ、人ほどのサイズがある魔獣の群れが押し寄せてくる状況。

 動きの素早いミハイルが敵を分散してくれているが、彼女の体力もずっと続くわけではない。

 そして――頼みの綱である魔法使いたちの魔力は消耗が激しい。


「このままでは...」


消耗戦では圧倒的に不利...突破口として魔法師団が魔法を構築しているためなんとしてでも前線は維持しないといけない。

 避難先にまでこの魔獣が押し寄せたら...それこそ王都は終わりだ。

 クリスも歯を食いしばって魔獣を次々と切り伏せている最中―――飛び掛かってくる一匹の虫に紫色の落雷が落ち、消し炭と化した。


「これは――」


陣形を組んでいた騎士団の周りにも強力な雷が留まり、柵のような役割をしている。

 魔力をあまり感じ取れない一般兵士さえ身震いする程の威圧感がその場を支配する中――


「ユイ、出来るだけ多く駆除しなさい。そうすればアイリスが長く遊んでくれるから」


貿易港の定例会に出席していたはずの第5姫のリーシャが建物の屋上に立ち、その横には槍を持ったメイドのユイが構えている。

 強いとは聞いていたが、これは桁違い...それこそアイリスに匹敵するかもしれない程の強さ。


「リーシャ様...やはり下がって頂かないと...」

「うっかり私がこの場にいるから、ユイは全力で守ってくれた。その結果騎士団に貢献しても王族として支援したわけじゃあないから。貸し借りはなしよ。まあ...アイリスが気にかけて遊んでくれるなら別の話だけど」


明らかにクリスを見てそう笑っているリーシャを見て彼は少しアイリスが気の毒に思った。

 お気に入りが受けるものは何も愛着だけではない。


「ユイ、この先にでっかい虫がいるの。そこまでの道を開きなさい」

「仰せのままに...リーシャ様」


顔こそ見ないが、毎回リーシャの無茶に答えているユイもまた、クリスと似たような表情をしているのだろう。

 ユイは手に持った槍を構え、その槍に自身の雷の力を込め始めた。


「天と地の地平線...霹靂が知らせる開闢ともにその身を灰塵に帰せ...」


ユイの詠唱に伴って、雨雲は雷雲へと変化し、周囲に漂う虫に雷を浴びせる。

 魔力の高鳴りだけで周囲に影響する程の力...東方の人が何故彼女をあんな姿にしたのか。

 分かりたくないが、気持ちを理解させてしまう程に彼女は強い。


神槍雷霆(しんそうらいてい)!」


その力の渦にあった槍は一直線にビークインがいる同線にある全てのものを薙ぎ払い、その右翼を撃ち落とした。


「いまだ!!」


状況をみていた魔法師団の団長の合図とともに、構築した魔法陣から放たれる業火でビークインを撃墜。

 燃え暴れ苦しむビークインを捉えたクリスとミハイルは2人でその首を切り落とした。


「やった...」


体力の限界がきていたミハイルはその場に崩れるように座り込み、クリスも息を切らしている。

 女王を失った兵士は統率力を失って霧散するが、それを追うことはしない。

 不完全な女王から生まれた兵士は...女王からの魔力の共有を失うと数時間もせず体が崩壊する。


「さて、定例会も中止になったし。先に屋敷に戻って服の用意をしようかユイーー」


一件落着と喜ぶリーシャ...しかし、ユイは彼女の言葉を聞いても動くことなく。

 アイリスがいる方向をみて槍を硬く握りしめる。


「リーシャ様...ワタクシから離れないでください」


ユイの知覚ではそこはまるで空間に穴が開いたような異質な何かが存在している。

 その空間だけ、何かがいるその空間だけ...何も感じとることが出来ない。


「呪われた龍...」


王都の終わりを告げるように、その場所に黒炎の火柱が立ち――空は黒い雲に覆われていた。


※※※


「アイリスごめんなさい...」

「いいの...呪いは流石に無理だからね...」


赤龍の攻撃をリリスを抱えたまま避け続けるアイリス。

 武器に聖属性の魔法を纏い、街に向かう炎は切り伏せ消滅させる。

 近づけば呪いを帯び、いくらアイリスでも30秒と持たず死んでしまう。


「聖属性の魔法は霧散しやすいです...武器に一時的に付与することは出来ても、体全体を覆うものになると詠唱時間が...」

「使えるだけですごい魔法でしょう。それないと10回は死んでたから!」


リリスと会話する余裕がだんだんと無くなっていく。

 幸い、邪龍は自我がなく本能的に暴れているだけ...それでも接近戦を仕掛けられないだけであまりにも状況が悪すぎる。


「...アイリス。あの龍に一撃入れれば仕留められますか?」

「確実に入れられる一撃なら問題ないけど...方法はあるの?」

「あります」


状況を長引かせればこちらの勝機はない。

 リリスは覚悟を決めて自分の胸元部分の服を引き裂いて刻まれた魔法陣を見せた。


「封印術式です...これは、私の体が若返ったことで、本来使用する魔法に耐えきれなくなり、刻んだものです...私は精霊術を媒介とした聖属性魔法を使用できます」

「今使っている魔法より強力な聖属性魔法であれば、霧散することなく体を包み込めるの?」

「はい、でも――」


精霊術は精霊の魔法回路をその身に借り受け、行使するもの。

 大人ならなんの問題もなく使用できる術式でも、完全ではない子供の体で精霊の回路を見に宿すと...体が耐えきれず崩壊した体から血を噴出して死ぬ。

 リリスの魔法技術なら命は助かるだろうが...それも絶対ではなく、体の一部がその機能を喪失するだろう。


「魔法師団副団長として...意地をみせさせてください」

「...リリスがもし手が使えなくなったら私がリリスの手になる。足だったら私がリリスの足になる」


魔法師団副団長である彼女もまた、王国のためにその身を捧げることを覚悟した立派な騎士。

 例えその身に危険があろと...アイリスはリリスを止めることは出来ない。

 ただその意思に最大限の敬意で報いるべく、邪龍に向かって剣を握った。


「いきます...」


リリスは封印術式を解除し、精霊をその身に宿す。

 溢れ出す魔力で体全体を切り刻むような痛みと、魔法陣を出力しようとする手に亀裂が入り血がにじみ出す。


「祭礼はイバラの道を歩む...」


詠唱を進める度、体の痛みが激しくなり、手に入った亀裂から血が噴き出る。

 痛みで目の前すら見えなくとも...確かにそこには厄災に立ち向かっているアイリスがいた。


「礎が築いた道に...栄光の歌を...光を灯す者に祝福を...グレイブ・ホーリーベール!」


アイリスの体に聖属性魔法の保護を仕込んだリリスはそのまま血を吐いて倒れ、それと同時にアイリスは邪龍に向けて跳躍。


「アイリス...に...栄光あれ...」


リリスは手を伸ばしてアイリス背中を追った。

 自分がここで倒れても...死んでも...アイリスが必ず邪龍を仕留めてくれる。

 これでいい...後悔しかなかった自分の人生に..彼女は花を持たせてくれた。

 彼女の意識が消えかかる刹那――純白の翼を持った精霊が彼女を包み込んだ。


星の(ガイアス)怒り(リザレクション)...いつもより手荒いけど許してね」


ベヒーモスの牙を加工した作られたアイリス専用の剣...無限に成長の特性を備えたと同時に、アイリスが闘気を込めることで真の能力を解放することが出来る。

 圧倒的な闘気を質量に変換し、斬撃に乗せることが出来る。

 シンプルではあるが、アイリスの怪力と共に放たれる攻撃は文字通り全てを破壊する。


「アナイアレイション!!」


真っ直ぐに邪龍に向かったアイリスはその巨体に対して莫大な闘気を込めた斬撃をお見舞いする。

 どれ程の質量が邪龍にぶつけられたのか分からないが、本能的に展開した障壁は空間ごとねじ切れ、体が歪なまでに曲がる。

 アイリスが振るった剣は、邪龍が存在した空間ごと力により薙ぎ払う。


「リリス!!」


邪龍を仕留めたアイリスは即座にリリスのところに戻り、抱きかかえる。

 意識はない...傷は酷いが、何故か出血はもう既に止まっている。

 原因を考える暇はなく、リリスが持っていた通信用の水晶で医療班に呼びかけ、全力で市街地を走る。

 邪龍を薙ぎ払った場所には一部残された下半身と、暗雲をも切り裂き黄昏の光がまるで祝福を現すかのように差し込んでいた。


※※※


クレンタム家の残党...犯人はその使用人であったことが判明した。

 死体の山で積み上げた研究結果の中に、魔獣の因子に適合しなくても一時的に理性を繋ぎ留めてくれる薬を開発していた。

 記憶から取り出したそれを飲み、体を燃やしながら赤龍と同化していた使用人...だが、最後心臓を使って行使した術式は全く別のもの。

 使用人が歳月の灯を持っていたことも含めて、黒幕の存在は確かであったが、手掛かりを探すことは困難となった。


「使用人の手記には処刑されたクレンタム家の長女についての想いが記させていました...」


事件の詳細を議事会で淡々と報告するミハイルだったが、手記に書かれていたことには心を痛めていた。

 クレンタム家全員処刑となったが...長女である令嬢は当主の父に逆らうことが出来なかった。

 口答えするものなら容赦なく手を上げられ、何度も地下の独房で痛めつけられていた。

 それでも令嬢は家を正そうと必死になっていた。

 彼女がクレンタム家の唯一の希望...だが、悪事がバレ、一族は皆断頭台に上がった。

 何故、正しくあろとした彼女が殺されなければいけなかったのか...使用人は王国に対して並々ならぬ憎悪を抱き、今回の事件を起こした。


「不明点はまだ残りますが、以上が報告となります」

「ご苦労であったミハイル。被害状況も報告せよ」

「報告致します。まず邪龍と戦闘になった住宅街ですが――再開発エリアに含まてれおり、取り壊し計画に含まれていたため、実質的な被害はありません。人名被害も騎士団側に負傷者が出たぐらいで住民への被害はございません。ですが――」


ミハイルは報告書を握ったまま少し躊躇った。

 しかし、王は静かに頷いて続けるように促す。


「魔法師団副団長...リリス・アドミルは魔法行使により肉体が激しく損傷...特に内臓を激しく損傷してしまい...胃の6割を切除...以前のように食事を行なえないため、定期的に栄養を直接体に点滴する必要があると。また筋肉組織と神経系列もかなり激しく損傷しているため、医者曰く...完治しても歩行することは出来ないそうです」


部屋全体に重苦しい空気が流れる中、第1王子が立ち上がり発言する。


「父上、されど第1騎士団、魔法師団ともに事件を解決することは出来なかったのです」


犯人を捜索し逮捕することはおろか、再開発地区で取り壊し計画があったとはいえ...住民に不安を植え付けた一件。

 騎士団、魔法師団どちらも死力を尽くし、王都を守ったのは事実。

 だが、未然に阻止できたかもしれない事件が後手にまわり続け被害を出したのも事実だ。


「よさぬか、魔法師団副団長は己の命を顧みず邪龍討伐に大きく貢献してくれたのだぞ」

「いえ、父上。これは明確に騎士団と魔法師団の過失。何らかの形で責任をとってもらうべきです」


王が第1王子を宥めるが、聞く耳を持たず何が何でも責任を追及するつもり。

 報告書を握るミハイルの手に次第に力が込められる中――突然書類の束が中央に投げつけられリーシャが立ちあがり帰り支度をしていた。


「くだらない。そうあったかもしれない未来のことに対して責任を取れって話になりませんわ」

「お前何を――」

「どのようにしたとて、これ程の事件で犠牲が伴わないわけがないです。その犠牲が民たちで無かった。それだけで騎士団と魔法師団に勲章を与えるところです。なのに責任を追及するなど呆れて言葉も出ませんわ」

「だが今後のことを考えると第1騎士団のやり方ではまた被害が出る!それならいっそ...」

「いっそ第4騎士団を戻せと?第4騎士団なら今の惨劇を未然に防ぐことが出来たと?」


第1王子と第4騎士団はかなり癒着した関係にあった。

 賄賂の受け渡しも頻繁にあったと噂される程のため、第1王子はどうしても自分の言いなりになる騎士団を取り戻したいのだろう。

 そんなくだらない理由で責任を追及する行動にリーシャは怒りを露わにしていた。


「お父様、そして各大臣の皆様には申し訳ございませんが、これ以上堅実な話が出来ないのであれば失礼させて頂きます。ユイ、帰るよ」

「お待ちをリーシャ様!復興計画にはあなた様のお力がどうしても必要です!」

「低コストで空間移動のアーティファクトの作成可能にした技術と生産力...あなた様の言葉がなければ皆動きませぬ!」


復興を素早く進めるためにもリーシャの力は必要不可欠、ここで機嫌を損ねてしまえば計画は数十年単位になってしまう。

 大臣たちは帰ろうとするリーシャを止めるが、彼女は汚いものでも見るように睨め付ける。


「リーシャ、すまないがここは私に免じて最後ので会議に出席してくれ」

「分かりました。では一つだけハッキリさせてください」


リーシャは真っ直ぐに第1王子の側に向かい、胸倉を乱雑に掴むと顔を近づけて今までにない表情で睨め付ける。


「今度その口で騎士団と魔法師団を侮辱するなら、お兄様でも容赦しません」

「お前!」


彼が言葉を発するより早くリーシャは手を放して席に戻った。

 その途中、ミハイルにウィンクして微笑む表情を彼女は見逃さなかった。


「第1騎士団、魔法師団ともに王国のためによく頑張ってくれた。皆に褒美を取らせることを約束する。だが...復興のためにその力今一度私に預けてほしい」

「陛下のみこころままに」

「魔法師団も全身全霊で復興のため尽力致します」


こうして、会議は復興に向けての議題へと進んだ。

 第1王子だけが不満そうな表情をしていたが、それ以上騎士団と魔法師団を責める発言はしなかった。


※※※


「....っ――」


目覚めた時、リリスは最初に痛みを感じた。

 無事でいられないとは思っていたが...自分の体は想像以上に魔力に耐えられなかったらしい。


「おはようリリス」

「おはよう...ミサエル」


リリスが最後に見た純白の翼を持った精霊...彼女はリリスを見て嬉しそうに笑った。


「ごめんね...久しぶりに呼んだのに力だけ借りて」

「久しぶり?そうか...人間の尺度だと数十年は久しぶりなのね。私はまだ昨日あなたと契約したと思っているわよ」


精霊の時間間隔は人間と違い過ぎて合わない...人間と契約をしてくれる精霊が少ない原因の一つと言われている。

 精霊にとっての「ちょっと」が人間にとっての半生になることだって少なくない。

 光の最上位精霊であるミサエルは途方もない時間を生きた者...そんな彼女がリリスと契約した理由は。


「あなたは面白いものを見せてくれる。私の契約条件はそれだけ...それだけかもしれないけど、私にとっては全てを預けてもいいぐらいの価値があるのよ」

「こんな体になった私にまだ価値を見出してくれるのは...素直に嬉しいよ。応急手当までしてくれて...」


リリスが命を繋ぎとめられたのは、ミサエルが彼女の傷を治したから。

 精霊が人間に無償で力を貸すことはない。

 だが、ミサエルはリリスから既に対価を貰っていると言わんばかりに嬉しそうに笑っていた。


「ミサエルにはじめてあった時みたい...そんなに今回の事件は楽しかった?」

「楽しかったと言えば人間としては不謹慎なんでしょう?でも言葉を選ばずいうと...私はあなたと契約して本当に良かったと思っているわ」

「あなたにとってそれが全てを託す理由になるなら私は尊重する...ありがとうミサエル...でも私はもうあなたに何かを支払うことは出来ない...」

「どうして?」

「この体ではもう戦うことは出来ない...魔法師団副団長...アイリアの側にいても私はなんの役にも立てない...ただ終わりを待つだけなの...」


自分の体の状態はよく分かっている。

 そして...今後も若返り続けるとこの傷に耐えられるわけがない。

 決定的に終わりを近づけてしまったことは分かっている...それでも、人生最後にアイリスは自分に大きな花束を持たせてくれた。


「あなたはその体を呪いというけど。私最近あなたを見て気づいたことがあるの。それがほんとに呪いなら...何故あなたの魔力は全盛期のままなの?」

「え...?」

「気づいてなかったの?膨大な魔力は体に宿る。今回精霊の魔力に耐えきれなかっただけで、あなたは普段から自分の全盛期の魔力に体が耐えている。若返りして不完全な体になっているのに」


全盛期の魔力をそのまま宿しているのに今まで気づかない程に馴染んでいた。

 今回確かにミサエルの力に耐えきれなかったのは事実...でもそれは精霊術の特性上、子供の体が向いていないことが大きな原因。

 不完全なはずの肉体は自分自身の魔力には耐えきれている...それは何故?

 考えたことも無かった可能性にリリスが驚いていると、ミサエルは彼女の頭を撫でておでこに口づけをする。


「それは呪いでなく祝福かもしれないわよ。あなたに精霊の加護があらんことを」


ミサエルはいつだって答えは教えてくれない...彼女はもしかするとこの若返りの真相を知っているのかもしれない。

 質問の時間は与えてもらえず、彼女は光の粒となって消えてしまった。


「....」


まだ戦えるかもしれない...そんな淡い期待が胸の中に芽生えてしまう。

 諦めが悪いことは自分の悪い癖だ...それでも――今回ばかりはどうしても足掻いてみたいと思ったリリスであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ