-6- 戦争の残影(6)
ステージⅤのアーティファクト「歳月の灯」の調査のため、犯人の捜索が続く中。
魔法師団副団長リリス主導の元、アーティファクトを探知できる特殊な粉を量産することになった。
技術自体は確率しているため、問題は原材料...取引のための金貨を用意することは可能だが、精製するために必要な宝石の原産地は中央大陸。
大中小様々な諸国が連なる中央大陸で、一括して物を買付することは運送上難しく、どうしても時間がかかってしまう。
「交易船を出してあげるわ。その代わり今週末に庭の木の撤去しておいて、植え替えるから」
現在貿易港の定例会で船の運用を停止しているリーシャに頼み込み、上記の条件で成立。
アイリスの休日が返上されただけで、探知用の粉を量産できる体制を整えた。
捜索隊と警備隊それぞれに粉を十分に分配し、王都に潜む影を狩る時がやってきた。
「はああ...」
アイリスと一緒に捜索隊して参加したリリス。
ここ2日~3日徹夜で粉作成していたらしい彼女は、流石に疲労と眠気が見える。
「リリス...休んでてもよかったのに」
あくびをするリリスを心配そうにみつめるアイリスだが――彼女は頬を叩いて気合を入れる。
「歳月の灯の力を目の当たりにしたので...ゆっくり休んでいるわけにはいかないです」
短時間だが記憶を再現するアーティファクト...それは国を脅かす最大級の脅威。
集めた記憶を元に犯人は何かを成そうとしている。
それが何であれ王国を揺るがすことになることは間違いない。
「歳月の灯単体だと顕現させられる記憶も短時間...犯人は絶対石板を狙いにくると思うけど」
「アイリス、今までチャンスはあったんです。それこそ歳月の灯の効果が判明する前...その機会を全て捨てて奇襲を仕掛けてきた...つまり犯人は最初から歳月の石板を手に入れようとは思っていなんです」
犯人の目的はそもそも歳月の石板を必要としない、歳月の灯だけで目的を果たせる...その記憶があれば。
「リリスが想定している可能性で最も最悪なのってなに?」
「そう...ですね」
リリスは再現できるであろう記憶から、使用された際に王国に絶大な被害が出るものを調べていた。
その中でも現実的かつ、短時間の再現でも効果が出るもの――それは。
「疫病ですかね。数十年前に流行った疫病を再現されると...王都は絶望的です」
「記憶で疫病を再現しても、短時間だからすぐ治る気がするけど」
「病気ってそんなに単純ではないんです...疫病の原因たるウイルスが体内に入り込むと、それは繁殖します...元々記憶で再現されたウイルスがなくなっても...繁殖したウイルスは無くなりません」
再現された記憶は消えるが、再現された記憶がもたらしたものは消えない。
短時間の再現でも一度ウイルスを定着させてしまえば、疫病による厄災を王都にもたらすことが出来る。
「王都壊滅が犯人の目的ならの話ですが、他にも特殊な魔獣召喚するとかされれば被害はかなり甚大なものになります」
「記憶で再現されたものは消えても、影響したものは消えない...」
リリスの言葉にアイリスは不安を感じた。
疫病は一例であり、他にも影響を及ぼすことが出来る記憶は多く存在している。
その中で自分が対処できることはどれぐらいあるだろうか?
王都の警備を任されている自分がこんなにも出来ることが少ない...
「...」
アイリスの不安を感じ取ったリリスは彼女の服を引っ張った視線を向けさせる。
「ちょっと休憩しましょうか。またあのパン屋さんに行きましょう」
「でも――」
「私に休めって言うのに、アイリス団長は休まないんですか?知ってますよ。貿易港から積み荷おろしの作業ほとんどアイリス団長がやってたって」
自分が出来ることを精一杯頑張れることはアイリスに長所であるが、それは不安を隠しきれないという短所でもある。
犯人が巧妙に隠れ、強力なアーティファクトを持ってる今...アイリス団長は堂々と構えているべきだ。
ベヒーモスを倒した大英雄...それだけで彼女には大きな意味がある。
「いつもの公園で先に待ってますから、いいの選んできてくださいね」
「...うん!」
アイリスと出会って、彼女と話してお互いとても親しい中となった。
リリスにとってアイリスは自分が諦めていた夢をもう一度呼び覚ましてくれた恩人であり、お世話をしたくなる愛らしい少女。
彼女がパン屋さんに向かって走って姿が見えなくなったところで、リリスは手を上げて隠れていた人物に話をかける。
「それで、私に何か用ですか」
「―――」
影から現れた人物は歪んだ剣を持っており、それは歳月の灯で間違いなかった。
アイリスを異常に警戒している犯人は彼女がいると絶対に現れない。
だが、犯人はアイリスとリリスを常に監視している様子で今もアイリスが離れた途端に現れた。
「協力しろ、魔法師団副団長リリス・アドミル」
「協力...意外な言葉が出ましたね」
振り向こうとしたリリスに犯人は剣を向け行動を阻止した。
今いるのは本体とは限らないが、余計に行動をさせてくれる余裕はないらしい。
「協力しろ、リリス・アドミル。お前にとって悪い話ではない」
「魔法師団副団長が国を裏切ることがいい話とは思えませんが?」
「でも、お前にはそうしてでも余りあるメリットが存在する」
「伺っても?」
「お前が名付けたこの剣...歳月の灯はアーティファクトでも再現可能だ。賢いお前ならこれが何を意味するのか分かるだろう」
犯人の言葉にリリスは一瞬体が震える程動揺してしまった。
歳月の灯がアーティファクトを再現可能なら、自分に呪いをかけ消滅したアーティファクトを再び研究する機会が与えられる。
消滅したアーティファクトは解析中だっため、効果も不明で数十年探しても同じものを見つけることが出来なかった。
これから先、自分に残された時間を考えても同じものを再び見つけられるか分からない。
でも――歳月の灯があれば確実に機会を得ることが出来る。
「歳月の灯がステージⅤに分類された以上、俺を捕まえればアーティファクトは国の管理下に置かれる」
「ステージⅤのアーティファクトは使用することも研究することも基本的には禁止...だから今のうちにあなたに協力したほうがいいと」
「話が早くて助かるな、リリス・アドミル」
犯人の言葉は間違っていない...歳月の灯で自分の願いが叶うなら...今しかない。
相手が求めているものも概ね検討がついている。
リリスが持つ記憶...その中で有用な情報やアーティファクトを取り出すことを目的としているのだろう。
「答えを出せ、リリス・アドミル。幸せな家庭を作りたいのだろう?」
諦めてた夢が今...叶いそうな段階にきている。
歳月の灯を力があれば...ほんとに手に入れられるかもしれない。
「私の答えはもう決まってます」
手を上げたままゆっくりと振り向いたリリスは満面の笑みを浮かべて答えた。
「お断りします」
「っ!?」
彼女の言葉に驚いた犯人が半歩下がると、リリスは即座に所持していたアーティファクトを起動する。
魔法を封じ込むことが出来る水晶...予め詠唱し、魔力を込めた水晶に再び魔力を浴びせることでノーモーションで魔法を発動することが出来る魔法使いの切り札の一つ。
剣士相手に魔法の詠唱が間に合うことなんてない。だから魔法使いは接近された時の対策をいくつか準備している。
「フローズンスケール!」
犯人とリリスの前に分厚い氷の壁が現れ、とっさに切りかかった犯人を包むように氷が出来上がる。
リリスは壁の遥か遠くに移動し、魔法の詠唱を開始――分厚い氷の壁を破ってリリスに到達するまで10秒はかかる。
それぐらいあれば魔法の一つも打ち込めるわけだが――
「ふざけんな!リリス・アドミル!!」
怒りの声とともに氷の壁を突き破る業火がリリスの真横を通過し、頬と髪を焦がした。
中級魔法を封じ込めた水晶を発動したにも関わらず、10秒も時間を稼げない...全てを無に帰す超高火力の炎...リリスは一度目にしただけで犯人が何をしたのか分かった。
「まさか...」
記憶で再現したものは消えるが、影響されたものは消えない...
焼け落ちたローブから見えた左半身は赤い鱗で覆われ、左目は獣のように鋭く光っている。
かつて――魔獣と人間を融合する実験が行われた。
強力な魔獣の因子を取り込み、兵士として運用する計画があったが...適合しないものは絶え間ない苦しみから自我を失い、目の前にあるものをひたすら食らうようになる。
人でも魔獣でもない何かを生み出したこの実験が暴かれた時――国はこの実験を厳しく禁じた。
だが、この実験は成果を出してしまった。
適合しないものは化け物になってしまうが――適合したものは人間のまま魔獣の特性を獲得した。
「そうだ。リリス・アドミル...俺は――赤龍の座を食らう者だ」
かつて西方大陸南部で驚異を振るった赤龍...森林を焼き払おうとする厄災に対して、リリスティア王国と同盟国であるエルフの国が共闘して討伐を果たした。
そして――彼は赤龍の因子をその身に取り込み適合し、赤龍の力を得た。
上級魔法でも防ぐことが難しい業火と、生半可な武器では傷一つつかない鱗を。
「お前が協力しないのは手間だが――当初に計画に戻るだけだ...全て...全て焼き尽くしてやる」
犯人は赤龍の炎を生み出してリリスに向ける。
この力で王国を焼き払うつもり...でも何故自分に協力を求めた?
何故歳月の灯を使って記憶を奪い取っていた?
最初からその力があれば王国を火の海にすることなんて簡単だったはず。
最終目標がそれなら――その過程で歳月の灯の力が必要だったとれすれば?
歳月の灯、被害者たち、座を食らう者...この全てが結びつくとすれば――
「あなたは...もしかして――」
気付いた時には遅かった...眩い業火がリリスの目の前に飛ばされ、回避することも防ぐことも出来ない。
また、リリスは後悔してしまう。
犯人を引き付けようと思わずアイリスに相談していれば―――やっと犯人にたどり着けたと思ったら全てが消えてしまう。
こうして人生最後の瞬間も後悔があふれ出してしまう。自分はなんて愚かな人間なんだろう――
「―――?!」
目を閉じて最後の瞬間を待っていたリリスだったが、痛くも熱くもない。
不思議に思い目を開けると、目の前には半身に大やけどをしたアイリスが自分を庇って立っていた。
「アイリス団長!!」
「リリス、怪我はない?」
「私よりアイリスが...そんな...そんな...」
赤龍の炎を受けてその程度の怪我を済んでするのは奇跡だが、そんな大やけどでは命に関わってしまう。
剣を向けて戦おうとするアイリスだか、ただれた手で剣を上手く握ることが出来ず手が震えていた。
「アイリス・メルビー...ベヒーモス殺しの大英雄も龍の炎の前ではどうしようもないか!」
犯人はアイリスに炎が効いていることに喜び、また炎を放つ。
放たれた炎を剣を防ぎつつ、リリスを庇うアイリスの体は酷く火傷を負い、剣を握る指の一部は焼け落ちてしまった。
「アイリス!アイリスもういいです!!もういいから...お願いもう...もう...」
「大丈夫、リリス...もう少しだから――」
炎からリリスを守るアイリスは痛みを感じて顔色が険しくなるものの...何故かリリスに笑顔を向ける。
こんなところで...こんなところで失っていい人ではない。
自分なんかのために死んでいい人ではない。
リリスは必死に魔法を構築しようとするが、アイリスの怪我を見て動揺してしまい、本来の速度で魔法を構築することが出来ない。
「ははは!!大英雄を警戒して損したぜ!!最初から消し炭にすればよかったんだ!!」
犯人はリリスが魔法を完成させる前に、絶え間なく炎を浴びせ、アイリスにトドメを刺そうとする。
だが――おかしい。一度はともかく、こんなに炎を浴びせているのに...何故立っていられる?
一般人は当たる前に蒸発してしまうような炎...鎧に炎に対する耐性を付与していたとしても、耐えすぎている。
それどころか――
「なん...だ...」
酷くただれていた火傷がみるみるうちに治っている。
炎は絶え間なく浴びせているのに、どんどん火傷を負わなくなっている。
焦げた指も...傷も...癒え続け元に戻ろうとしている...いや...先程より炎に対して強くなっている。
「ベヒーモスの特性は...無限に成長すること」
炎の中、アイリスは完全に癒えた手で剣を硬く握り締めた。
片手剣にしては少し柄が長すぎる大地の怒り...その剣を両手で握り締めたアイリスは一歩ずつ前に進む。
「ベヒーモスを倒した時に...私はその血を大量に浴びてしまって...因子が体の中に入り込んでしまった」
両手で握った剣に闘気を込めて呼び覚ます...この剣の本来の姿を。
「私もあなたと同じベヒーモスの座を食らう者...無限に成長し続ける体と――」
アイリスの闘気を浴びた大地の怒りは長い眠りから覚めるようにゆっくりとその姿を変えた。
長い柄は元々この剣が両手剣であったから...自身の背の丈程の刀身をもった巨大な剣、その真の名は。
「剣真解放....星の怒り」