-1- 戦争の残影(1)
リリスティア王国、西方大陸で最も大きい国家でありその影響力は中央、東方の国にまで及ぶ。
大陸屈指の港を持ち、そこから発生する利益は一夜で中央諸国の国家予算を超えるとか超えないとか。
そんな強大なリリスティア王国支えている騎士団は第1から4まで存在し、数年ごとに担う役割を変更される。
最近まで国境警備を担当していた第1騎士団はその任を国内警備に移行される。
騎士団長は若干16歳にして前騎士団長、現副団長を圧倒した実力を持ち、人々からは銀麗の閃剣と呼ばれている実力者。
銀色の輝く髪と圧倒的な力と技で気づいた時には相手の首が空を舞っていると言われ、蛮族は名を聞くだけで恐れ、魔物はその立ち姿をみるだけで力をの差を思い知らされる。
「って言われてる人がねー」
第1騎士団が王都リリスティアを目指している馬車で、剣を握り締めたまま静かに寝ている1人少女がいる。
軽鎧に身を包み、銀色の髪を束ね、時より「ごはんは...まだ...」と寝言を言っている。
団員たちは若干呆れつつも威厳の欠片もない団長の姿にイラ立ちを覚える新人もいるようだ。
「せっかく前線で戦えると思ったら、すぐに王都警備に配属されるし。団長はあんな感じだし」
若い新人の愚痴に先輩団員は笑いながら背中を叩く。
「お前なんか前線に行ったらすぐお陀仏だぜ!」
「あー違いねぇ」
「練習でまだ一本も取れないくせに生意気だなー」
笑いながら新人のことを可愛がる団員たちだが、新人は何か焦りを感じているのかいきなり立ち上がり大きな声で宣言する。
「戦場ではこんな無防備に寝ることなんてご法度です!それなのに団長たる人がこんな!」
新人が団長に近づいて手を伸ばす。
先輩団員が止める間もなく団長の剣を掴んだ新人は、団長の剣が片手剣では考えられない程の重量を感じた。
が、次の瞬間――自分の体が宙を舞っていることに気づく。
瞬きをする間もない刹那――そのまま天が落ちる程の圧力を感じ、馬車の床を貫通し地面に叩きつけられていた。
「ぐはっ!」
第1騎士団に配属されてからずっと受け身などの練習をさせられていたことを思い出した新人。
なんで受け身なんてーと思っていた。
基礎トレーニングはかなり厳しめで、まずは体を作ることを優先していることは分かったが――その意図を今新人は体を持って理解することになった。
馬車は底が抜けて走行不能に――寝ぼけたままでありながら新人の首元に鞘に入ったままの剣を当て獣のような鋭い視線を送る団長――そんな彼女に先輩たちが駆け寄って両手を2人ずつで抑えて止めた。
「団長!新人ですって!」
「ちょっと起こそうとしただけですから!!」
「ふえ?」
あり得ない程の殺気を感じた新人だったが、団長本人からしてみるとただ剣を掴まれたことを感じた反射的な行動。
この団長の力はあまりにも規格外過ぎて新人を鍛える時も当然のように自分の水準でトレーニングをしようとする。
そんなことをすれば1日も持たず死んでしまうため、新人たちにはある程度の水準になるまで基礎と受け身のトレーニングをさせている。
今このような事態になっても生きていられるようにと。
「まだ途中じゃん...いきなり剣掴むから、つい」
「ついでやっていいことですか...新人死んじゃいますよ」
「あーあー馬車も底が抜けて...」
「馬はびっくりしただけみたいですね...よしよし」
何故だか慣れた様子で周辺への被害などを確認する団員たち。
団長の力をその身をもって思い知った新人は呆気に取られながらも、先輩団員の指示でゆっくり起き上がり少し擦れてしまった腕を治療する。
「まあ、あれだ。いい勉強になっただろう」
「は...はい...」
剣を掴んだところまではっきり見えていたし、覚えている。
だが、その後自分が空中に投げ出された時と、叩きつけられるまでがあまりにも早すぎて何が起こったのか分からない。
団長は片手で自分の鎧の首元を握っており、片手で剣を当てていた。
重い鎧を着ている自分を片手で投げた?そう思い鎧の首元を触ると――そこにはくっきりと握りつぶされた跡が残っていた。
「え...」
目にも止まらない速さで金属の鎧を素手で握りつぶして自分を投げ飛ばした――紛れもなく怪物だ。
新人はその日、はっきりと自分がどんな化け物の元で訓練し、任務をするのが自覚した。
※※※
「馬車の損壊分、団長の給料から差し引きますからね」
「はいっ...」
予算管理など、経理を担当している水色の髪の女性騎士、ミハイルからこっ酷く怒られた団長、アイリス・メルビーは肩を落としながら頷いた。
「全く...その馬鹿力で王都に帰ったら工事仕事でもしてくださいね。前線で戦果を上げていたこともあって予算の融通をしてもらっていたのに――こんなこと王都でされたら持ちませんよ」
「まあ、ミハイル。団長も悪気があってやったわけでは――」
額に大きな傷のある中年男性、クリス・ルーマンがミハイルをなだめる。
副団長である彼の意見を聞いて、ミハイルは大きくため息をついて席を立つ。
「馬車の修理の手配がありますのでこれで、副団長もあんまり団長を甘やかさないでください!」
ミハイルが去った後、アイリスは頭をかいて困ったように副団長を見る。
「ねえ、クリス...やっぱり私王都警備は無理だよ」
「第1騎士団が任命されたんです。王命に逆らうと首が飛びますよ」
「でも...私ガサツだし、ミハイルの言う通り加減間違えて壊したりすると色々と」
前線では気にせず暴れられたアイリスも、舞台が王都になると話が変わる。
アイリスが全力を出して何かを壊したりすると、その請求は騎士団に。
限られた予算で高価なものを壊したりでもすると――そんなことをずっとアイリスは危惧していた。
騎士団全体が集まって次の任を決める時にも、第1騎士団は最大任期を4年も超えて前線を維持していた。
そのため、王からの配慮もあり今回王都警備に配属された。
「あなたが居たおかげで前線ではかなり楽させてもらいました。ここでは団長でなくても解決できる事件は多いです。団長はこれを機に事務仕事を覚えてもらうつもりなので。大丈夫ですよ」
「腕落ちちゃうよ」
「城の地下練習所はその為にあるんですよ」
副団長は笑いながらアイリスの頭を撫でて席を立つ。
「そろそろ王族との面会の時間です。早く準備しましょう」
「ここでは苦手なことばっかりだな」
アイリスは大きくため息をつきながら騎士団の紋章が入ったマントを纏い席を立つ。
これから面会するのは第1、2王子、第1、2、3、4姫...就任時王とは謁見することになったが、王族との面会はこれが初めて。
事前情報を副団長が報告しながら無駄に長い廊下を歩きはじめる2人。
「第1王子と第2王子はそれぞれ王族派と貴族派からたてられた時期国王候補です。順当にいけば貴族派の第2王子が次期国王となるでしょう」
「継承権第1位は第1王子じゃあないの?」
「第1王子は少し問題があるようでして...継承権でみるとそうですが、貴族派でありながら一定数王族派からも支持されているのが第2王子です」
「なんか...めんどくさそう」
「騎士団は王直属の部隊、基本的には現王に忠誠を尽くせば問題ございません」
政権争いに意見はせず、王の言葉だけに耳を向ければいい...長年連れ添った副団長の言葉の意図はしっかりと伝わった。
「次に姫様ですが...注視するべきは第5姫リーシャ・リリスティア様でしたが、今回は出席なされないとのことでしたので」
「貿易港での汚職騒動を解決した人でしょう...それは私も知ってる」
数年前に起きた大規模な汚職を発見し、解決した姫様。
以来、貿易港での王族監査役として王国会議内での発言権も大きいと聞く姫君だが――
「リーシャ様は奇抜な発想をされることも多く、かなりアクティブな方ですが――とても用心深い方で自分が信頼における者しか傍に置きません。使用人も最小限で、専属のメイドは1人のみ。騎士団の警護も全て断ってそのメイドだけが隣を歩くことを許しているような方です」
「貿易港事件で才を見せたけど、その後暗殺事件も多数...姫様の今の立場を奪いたい人とか多そうね」
「今回警備体制についても王族の方に要望をお聞きする予定ですが――一番肝心なリーシャ様は出席なされないのが残念ですね」
意見があるならまとめて聞きたいところではあるが、来ないものなら仕方ない。
アイリスは今の話だけでもかなり胃が痛くなっているが、精一杯表情を作ってドアの前に立つ。
「あなたのそんな部分、私はとても尊敬しておりますよ。何かあれば私がフォローしますので」
「頼りにしてるよ。クリス兄さん」
ドアを開けて入ると、王族の方が揃っており、その場で膝をついて挨拶をする。
「第1騎士団団長、アイリス・メルビーでございます」
「第1騎士団副団長、クリス・ルーマンでございます」
「面を上げよ、アイリス、クリス」
リリスティア王国、現国王...グルナス・リリスティアの言葉に2人を面を上げる。
今回は謁見の間ではなく、会議室での挨拶――公式な場ではない。
「クリス、久しいな。副団長になっても其方は変わらないようだ」
「まだまだ若者に負けてはいられませんので。陛下も変わらない様子で何よりです」
「アイリスは就任以来だな。其方の活躍王都にも轟く程だぞ。流石クリスが推薦する者だ」
「ありがたき幸せ、この剣はリリスティア王国のためにあります。戦場は違えどこの力陛下のために振るってみせましょう」
2人は王に促され着席し、王から参加した王族の紹介をされた。
先ほど副団長から聞いた人たちで間違いないが――
「ほら!ユイ!まだ始まってなかったわ!」
いきなりドアを開き、ドレスで全力疾走してきたと思われる一人の女性が入ってくる。
リリスティア王国第5姫、リーシャ・リリスティア、その後ろには使用人であろうメイド服を着た女性がリーシャの乱れた服を直し、各面々にお詫びをしていた。
「リーシャ、お前――王族たるものそんなはしたない恰好で――」
「そうだ、またその訳の分からない使用人をつれて――王族の前で顔を隠すとは何事だ」
使用人であるメイドは王族の紋章が入った黒い布で顔に上半分を覆っており、普通であれば盲目であることへの配慮。
しかし王族の前だと話が違う...王族の前で顔を隠すのは無礼と見なされるため、本来なら即刻むち打ちされてもおかしくない。
「今回は王もいる。いい加減その使用人の布を取って素顔を見せたらどうだ」
普段から使用人の恰好は問題になっている様子で、第1王子と第2王子が苦言を呈す。
リーシャ姫は信頼における人しか側に置かない。
だがそれも、顔を半分以上隠している人だと言葉の信頼は無いに等しい。
少しピりついた雰囲気の中、アイリスはメイドに異様な気配を感じる。
これは――戦士としての直感だ。
「ユイの事情はお父様には了承して頂いてるはずです。お兄様方」
「顔を半分以上隠している者が王と王族の前にいるなど不敬どころか警備に支障が出るではないか」
「顔を隠していては素性が知れぬ、お前が保証しているとはいえ、その者と誰かが入れ替われる隙になるぞ」
明らかに険悪な雰囲気――そしてリーシャ姫は使用人を侮辱されたのが許せないのか今にでも殴りかかりそうな怒りを露わにしている。
アクティブとは聞いていたが――メイドが止めてなければ全然殴り行きそうな勢いだ。
「リーシャ、事情は知ってはいるが。兄たちを一度納得させることも必要だろう」
「お父様ですが!」
リーシャ姫の言葉を止めるように肩を掴んだメイドは首を横に振って、自身の顔を覆っている布を外した。
「ひぃ!」
メイドの顔を見た姫たちは軽く悲鳴を上げ、2人の王子も顔色を悪くし、第一王子は軽く口元を抑える。
使用人の額には折れた2本角、目はえぐり出されたのかポッカリと空洞になっており、複数の傷と火傷の痕で見るに耐えない姿となっていた。
「鬼族――」
アイリスは使用人の種族を知っている。
東方で人間と一緒に暮らしている種族鬼、人族より長い寿命を持ち、身体能力も高い。
鬼族と人族は友好関係にあり、メイドが鬼だからと言ってこんな姿にされることはない。
問題なのは種族というより容姿だった。
吸い込まれそうな金青色の髪―――そしておそらく彼女は燃えるような真紅の瞳を持っていたのだろう。
だから――角を折られ、目をえぐられ―――殺されたはずだ。
「これでいいでしょう。ユイ、もう隠していいから」
リーシャ姫は怒りを抑えながら使用人の顔を隠して、自らの手で顔を丁寧に結んであげた。
「なんでそんな姿に――」
「まさか奴隷か?」
王族の質問に鋭い殺気を放つリーシャ姫。
疑問に思うのは当然だが、おおよその事情をしっているアイリスは居てもたっても居られず手を上げる。
「彼女が誰であろうと関係ありません。まさか私の前で何か出来るとは思えませんので」
アイリスの言葉に第1王子が口を挟もうとした時、クリスは笑いつつアイリスの肩を叩いた。
「団長は今日もうっかり、王都に向かっている馬車を素手で壊して定刻より少し遅くなってしまいましたので」
「クリス!それは言わない約束!」
2人の言葉に姫様の何人かが笑顔を浮かべて、場は和んだ。
第1王子もリーシャ姫は不満そうにしていたが、王が座るように手招きすると、それ以上何か言うことは無かった。
その際、メイドはアイリスの意図に気づいて軽く会釈する。
瞳をえぐられているはずのメイドが問題なく歩け、周りも認識出来ている。
見えている...というより気配で見えているのと同じぐらい認識できているのだろう。
リーシャ姫が何度も暗殺されそうになっても無事でいられた理由がハッキリと分かったアイリスであった。
※※※
対話後、一番最後に会議室を出ようとしたアイリスに先ほどのメイドが声をかける。
「アイリス様...先ほどはありがとうございます」
「いえ、あまり力になれず...」
アイリスは気まずそうにクリスに視線を向けるが、クリスは助け船は出さず静かに立っているだけだった。
「アイリス様は鬼族についてご存じですか?」
「ええ...まあ少しだけですが。あなたが何故その姿にされたのかは知ってます...」
「そうでしたか...」
鬼神の似姿...彼女が生きていること自体驚きではあるが、遠い異国の地で生きているならよいと思ったアイリス。
2人が話している最中、部屋を出たはずのリーシャ姫が帰ってきてメイドを手を掴む。
「この子、友達いなからあんたなら友達になってもいいわよ」
「リーシャ様?!」
メイドが驚いている間、リーシャ姫はアイリスにメイドのことを紹介する。
「この子は芽ヶ崎 唯。仲良くしてあげて、アイリス団長」
「は、はい...」
「あと――この借りはちゃんと返すから。困ったことがあったらいつでも来なさい!」
リーシャ姫はそう言い残すとご機嫌でメイドの手を引っ張って退室した。
アイリスは困ったように手を振って、2人が見えなくなると深くため息をついた。
「疲れましたか?」
「ちょっとね...王族と話すのは疲れると思ったけど。あの姫様と話すのはもっと大変そう」
「とても好感を持てる方ですが、正直同感です...」
クリスと顔を見合わせて笑うアイリス...しかし、その顔から笑顔が消えるのにそう時間は掛からなかった。
夕方頃、団員の配備を終えたクリスが前任の第4騎士団からの引継ぎ資料を手に執務室へやってきた。
「警備の問題はさておき...これが一番の置き土産ですね」
王都、リリスティアで起きている不可解な連続殺人事件。
騎士団とは別に警備隊が存在しており、捜査は警備隊が主導しているが――警備隊の中でも負傷者が出ており、事件は難航している。
「警備隊にも負傷者ってことは...追い詰めてはいたの?」
「追い詰めたというより――」
警備隊の報告書によると、路地裏に事件発生時刃物を持っていた人物を追い詰めた。
仮面で顔を隠していた人物の拘束を試みた警備隊はあっという間に切りつけられ、まるで空中に足場があるかのように空を駆けて逃げて行った。
「そして、切りつけられた警備隊は記憶に欠損が見られました」
「武器がアーティファクトだったってこと?」
「ええ、効果までは判明していませんが、推測から所持者に対する記憶の消去かと」
アーティファクトは強力な効果を持つものが多く、復元品、生製品問わず管理体制がかなり厳しい。
効果が判明すれば、容易く入手経路や所持者を割り出すことが出来るが――
「相手の記憶を欠損させる剣状のアーティファクトは存在しませんでした」
「未登録品かもしくはその人の固有魔法かもしれないのね」
いずれにしても、アーティファクトという最大の特徴がありながら、犯人の足取りを追う事は難しい。
置き土産にしては豪華すぎるものにアイリスは思わず頭を抱えてしまう。
「前任の第4騎士団は魔法師団の方と協力して操作しておりました」
「武器がアーティファクトである以上、魔法師団との連携は絶対だけど――」
事件の報告書ファイルとは別に駐屯していた第4騎士団と魔法師団との間で起きたいざこざ。
ちょっとした事件にしたは魔法師団側にはかなりの数負傷者も出ており、第4騎士団は厳しく罰せられたものの――騎士団と魔法師団の関係は完全に崩壊している。
「私ここ来て胃が痛いことばっかり...」
「今日はもう上がりましょう。少しずつやっていくしか方法はありません」
「そうだね...せっかくの王都だし。飲みにいかない?お兄さん」
「王城ではまだ騎士団長と副団長ですよ。お忘れなく」
「だから騎士団長は嫌だったのに...」
文句をいいつつ、アイリスはマントを脱いで丁寧に壁にかけた。
王都について1日目――アイリスにとっては今まで一番長く、どの戦場より複雑な前線に立たされてしまった。