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B-23

ジョンとヨーコのバラード    

作者: あQ

 テレビでジョンとヨーコのエピソードが語られる度に、必ずと言っていい程そのBGMには「ジョンとヨーコのバラード」がかかる。ジョンとヨーコの代名詞的な歌詞だけでなく、曲調が二人の楽天的なイメージにピッタリだからだろう。そして私はその曲を聞く度に思い出す節がある。昔話であった、キジも鳴かずば打たれまい、によく似ている話だ。

 

 私は大学を卒業して自動車会社の営業部に入社した。

 精力をギブ・アンド・テイクにかける事に戸惑いと苦痛を感じながらも、研修期間と五月病が過ぎ、歓迎会以来の会社の飲み会が始めて催される事になった。

 先輩達は酒の席になると、微酔い加減で口も軽くなり、お決まりのように会社や上司への悪口を吹聴しだした。それにつられて新入社員達も真似をして思いの丈をぶちまけるようになり、会社、世情、政治、恋愛、金、芸能界ゴシップ、と兎に角、日頃の鬱憤をみんながみんなさらけ出した。話す方は取り止めがつかなくなったが、聞く方も酔っぱらっていたので、意見の相違でケンカになるような事はなかった。

 どんな経緯だったか忘れたが、話がクリスマスの事になった。私はあんなものケーキ会社とかおもちゃ屋なんかの策略だ、とかキリスト教徒でもないのにアベックが特別な日扱いするな、とか騒いで、しまいにはキリストの悪口を始めた。キリストだって夢精してるんだ、生粋のマゾヒストだ、だからきっと信者も変態が多いんだ、なんて下品な話を始めた。するとさっきまで場の中では唯一黙って飲んでいた同じく新入社員の島田が私の側に寄ってきて、ちょっと話があるから外に出ろ、と言うのである。私は不審に思ったが、彼に従った。普段の島田は温厚で寡黙で仕事熱心な男だったから別に悪い予感はなかった。彼は同僚達の細々とした飲み会にも殆ど出た事がなかったから、酒の力を借りて私に何か言いたい事でもあるのだろうと思った。外に出て火照った体を人気の居ないところまで歩を進ませると、島田はいきなり私の胸ぐらを掴んだ。私は慌ててしまった。 

 「もう一回さっきの事を言ってみろ」

 と島田は言うのである。私は訳が分からず混乱していると、

 「さっきキリストを侮辱しただろう」

 との事である。それがどうしたんだよ、と島田を宥めようとしたらさらに酷い剣幕を漲らせて私を地面に押し倒した。

 「バカにするのもいい加減にしろよ」

 島田は何かに取り憑かれたように目の色が違っていて、彼は洗脳されていると感じた。そして、その時漸く島田の言わんとしている事が読めたのだ。彼はキリスト教の厚い信者なのである。胸ぐらを掴まれ、何度も頭を激しく上下されると酔いの吐き気が迫ってきた。私は島田の声も怒りも届かずに、ただ吐かない事だけを考えた。しかし頭の中に奇麗なイメージは浮かばずに、そう言えば大学の頃、校門前にキリスト教のプラカードと拡声器に繋いだキリストを讃えるテープを流す若い男がいたな、と言う事を思い出していた。遠のいていく意識は誰かが暴れる島田を押さえ付けるシーンで消えてしまった。背中の痛み以外、その後の記憶はよく憶えていない。

 次の日に私は二日酔の気怠い頭を抱えて会社に赴くと、島田が開口一番に私に陳謝した。酒に酔っていて昨日は酷い事をしてしまって申し訳なかった、と。さらに、酒なんて殆ど飲んだ事がなかったし、金輪際酒は飲まない事にしました。とも言った。平生の島田の元の姿に私は安堵し、特に彼を責める事はしなかった。私も島田に無礼な失言をして悪かったと詫びた。私も金輪際人前でキリスト教に限らず宗教の話をするのはやめようと思った。誰が隠れキリシタンか分からないからである。その後島田も私も別々に転勤をし、彼と巡り会う事はなかった。

 

 ジョン・レノンは「ビートルズはキリストよりも偉大だ」という話を新聞記者にしたと報じられ、問題になった。実際はジョンの発言が歪曲に伝わった為に生じた誤解らしいが、その波紋はアメリカでは深刻に広がり、信仰心の強い州ではラジオD・Jが「ビートルズのレコードを持って集まれ。みんなで破戒しよう」と呼びかけ、KKKが「次のコンサートではテロ行為も辞さない」という脅迫が飛び出した。ビートルズ自身も人気が落ちるかと焦ったが実際はそんな事はなかった。レコードを破戒したファンも、その後レコードを買い戻したし、コンサートでもテロは起きなかった。

 ジョンのソロ曲『GOD』では、神は観念である、と彼は歌っていたが、ジョン・レノンを神、カリスマ、偉人と崇める人は大勢いる。事実、ヒゲと髪をボサボサに伸ばし、白い法衣みたいなバスローブを羽織ってヨーコと共にベットの上に君臨し、愛と平和を訴えていた彼の姿は、生きたキリストその者に見えた。

  (完)

 

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