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「レメト。君を僕のパーティから追放する」
穏やかな春の昼下がり、開け放たれた窓から入る心地よい風がカーテンを揺らす中、冷たい汗が俺の背中を伝っていく。「はっ?」言葉が続かなかった。
「いきなりで混乱しているだろうから、順を追って説明するよ」
馬の糞を踏んづけても朗らかな表情を崩さないモンドが、険しい顔で俺を見ている。モンドの両脇に立っているパーティーメンバーは、対称的に、魔物との戦闘を分析するかのように冷ややかな目をしていた。モンドの言葉は断片的にしか頭に入ってこなかった。
曰く、パーティーの金を勝手に自身の酒代に当てた。
曰く、相談もなく高難易度の依頼を受けてくる。
曰く、嘘や誤魔化しや言い訳が多すぎる。
そして、単純な実力不足。
「知ってるかい。女性で僧侶のリーチェの方が足が速くなったし持久力もついてきた。決定打に欠けるレティアも、斥候の役割は元より、アイテムや金銭の管理に加え、戦闘の補助で十二分に成果を出している。みんな自分にできること、足りないことを努力して補い合おうとしているのに、君はどうだ。魔法が使える、ただそれだけだ」
「いや、俺だって」
何かを言いかけた。モンドは俺の言葉を待っていた。「俺も——」やはり言葉は出てこない。酒を飲み過ぎた夜の、吐きすぎて胃液すら出てこない感覚に似ていた。
大きな溜め息が聞こえてきた。
「話は以上だ。荷物をまとめて明日には出て行ってくれ」
「俺の後任はもう決まってんのか」
「これからだよ」
「……、そっか」
モンドは座っている机の引き出しから革の小袋を取り出し放り投げてきた。
「少ないけど、和解金というか、まあ軍資金というか。パーティーメンバーではなくなったけど、お互い冒険者だから、これからもよろしくっていうか」
「ああ、ありがとな」
俺は小袋をポケットに入れ、振り返ることなく部屋を出た。
自室に戻りベッドに腰かける。頭は未だに真っ白で、荷物をまとめなければいけないのに体が動かなかった。
机の上に積み上がった魔導書が目に映る。視界がぼやけて、頬を熱い涙が伝った。喉はしゃくり鼻水をすする。これまでパーティーメンバーと過ごした五年間が走馬灯のように駆けていく。
「楽しかったなぁ」
すとん、と現状が腑に落ちた。
立ち上がり、魔道書や衣服などをまとめ、中身の空間が拡張された迷宮産のマジックバックにしまっていく。作業は一時間も掛からなかった。
ローブを羽織り、杖を持って部屋から出た。とてもじゃないが明日まで待つなんてことはできそうになかった。
階段を下りて玄関の扉に手を掛ける。「レメト」声がして振り返るとリーチェが立っていた。
「ごめん」
「何が?」
「あの、モンドのこと。みんな本当は」
「分かってるよ。だから俺が出て行かないと」
「そう、だよね。ごめん。元気でね」
「そっちこそ。それと、モンドに言っといてくれ。お前は嘘が下手すぎるって」
「うん」
リーチェの返事と同時に扉を開けて外に出た。
バタン、と閉まる音を最後に、俺はパーティー拠点を振り返りはしなかった。