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彼女がモブだなんてありえない

作者: けむりぬ

新作短編 三作目。

「私って、モブなの」

「はぁ……」


 突然どしたのと聞きたいけど、彼女から凄く真面目な雰囲気を感じたので、僕はとりあえず黙って聞くことに。


「教室にいる子はみんな私より可愛くて綺麗なの。体も他の子に比べたら劣ってるし、魅力的じゃないの。みんなと比べたら、私なんてただの石ころみたいに平凡なの」

「なるほど……」


 ただの石ころ。


 本人はそう思っているみたいだけど、僕はそうは思わない。

眼鏡をかけて、重めの前髪と、長い髪で顔を隠してるけど、普通に可愛い顔してると思うし。

声も落ち着いたトーンで、聞いてて癒される。キーキー頭に響かない声って、十分いいけどな。


 ただの石ころだって、専門家が見れば何かしらの特徴があるもので。


 つまり何が言いたいかっていうと……。


 その、体だって、女の子って感じがしていいと思うけど。

めっちゃいい匂いするし……。はあ、自分が嫌いになりそうだ。


「勉強も普通くらいだし、運動もそこそこだし。

性格だって、良くも悪くもないし、何もかもが普通」

「そっか」


 ある意味それって凄いことなんだよなと僕は思う。

誰にだって苦手分野はあるものだ。ある程度そつなく物事をこなせるのって、器用な人って事だと思うんだ。社会に優遇されるのはそういう人だってネットで言ってたし。


 ネット小説にもあるしね、器用貧乏で強くなる系とか。


 え、そういう素質がある系女子?

まあ、この世界に魔法なんてないけどさ。


「男女の友達だっているし、陰キャでも陽キャでもないのが、私なの。

他人の顔を見て空気を読んで当たり障りのない発言をする。

面白みのない、つまらない人間、それが私」

「はぁ」


 彼女の話しは十分面白いと思うのだけれど、そう思うのは僕だけなのだろうか。


 というか、そこまで自分の事を理解してる人間って少ないのでは?

そもそも、空気を読める時点で、それは立派な才能だと思うのだが。


 いや、待てよ。僕はわりと今の空気を気まずいと感じているから、彼女は空気が読めていないことになるんだけど。


 ……まあ、いいか。

僕は彼女の話を聞きたくて、放課後の教室にわざわざ残って2人で話してるわけだし。

 


「家族仲は良好だし、辛くて悲しい過去のエピソードもないし、山も谷もない平坦な人生なの」

「そっか」


 なるほど……それは、とても幸せなことだと思うのは僕だけなのだろうか。

いや、何もかもが順当になると、大きな幸せしか感じられなくなるのかもしれない。


 朝の目覚めが良かったとか、コンビニの店員さんが可愛くて良かったとか、お腹が空いたときに食べるお昼ご飯とか、授業が自習の時とか、バイトで頑張った時に店長から貰えるアイスとか、信号に一個も引っかからずに帰れたりとか、好きな配信者の動画が更新されてるとか、週一のアニメとか、毎日湯船に入れるとか、夜ごはんに好きなおかずだったりとか、夜は布団で眠れるとか。


 意外と探してみれば、1日に何個か幸せなことがあるわけなんだけど、彼女はそれに気付けないタイプのようだ。まあ、大体の人がたぶん彼女みたいな感じで、日々の幸せを見逃してるんだろうなって思う。


 僕? ああ、母さんにめっちゃ叱られてね。

1か月ほど、自分のことは自分でと言われて、家事をしていたことがあったんだけど、親のありがたみや、一日の中に隠れてる幸せに気付けたんだよ。


 ちなみに、絶賛一人暮らしなんてしたくないモードに入ってることは両親には内緒である。



 まあ、ほどほどの苦労をしていない人は、意外とそういうことに気付けないんだなって思った。


 苦労があって、初めて過去に幸せなことがあったことに気付けるんだよね。

そういう意味では、僕は彼女が幸せな人生を歩んでいるんだなって思えたんだ。

     


 といっても、これって自分で気付くことだから、伝えるだけ無駄なんだけど。



 僕が内心でそんなことを考えていると、彼女はつまらなそうな表情で、ため息を吐く。



「自分で口にすれば、口にするほど、私ってモブなんだなって思うんだよね」

「僕は、そうは思わないけど」



 小さく悲し気に微笑む君を見て、僕は初めて自分の意見を口にする。


 彼女は少し目を見開いて驚きの表情を見せるも、すぐに愛想笑いに戻った。


「どうして、そう思うの?」


 そして、僕に聞いてきた。

 

 やってしまった。

女の子は男のアドバイスを聞きたいんじゃなくて、ただ話しを気いて欲しいだけだってネットで言ってたのに。


 僕は自分の愚かさを呪った。

しかし、ここまで来たなら、いっそすべてを口にしてしまったほうが楽なのではないかと僕は思った。


 よし、覚悟を決めよう。僕だって男だ。


 一度、深呼吸をしてから、僕は彼女の目を見て言葉を伝える。


「僕が君を好きだから」

「……え」


 春休みで学年が変わってクラスが変わる前に、僕は絶対告白するんだと決めていた。


 僕の告白に戸惑った表情を見せる彼女。

そんな彼女を前にして、僕は必死に彼女が好きな理由を伝える。


「僕は君が好きだから、モブだなんて思ったことないよ。

何気なく毎日してくれる挨拶も、よく笑うところとか、たまに意地悪に笑うところとか、skyの連絡をしっかり返してくれる真面目なところとか、綺麗好きなところとか、たまに表情が抜けてつまらなそうにしてるところとか、僕に話しかけてくれるところとか。


あ、えっと、つまり何が言いたいかっていうと……」

「……」


 怒涛の勢いで喋ってしまったけど、これは引かれているかもしれない。


 いや、もうここまで来たらやるしかない。


 しっかりと、彼女がモブではないことを伝えないと

 


「僕にとって、君は僕のヒロインなんだ。だから、君はモブじゃないよ」

「……」


 うわーーーー!

やってしまったか、やってしまったのか。


 つい、こんなこと口走ってしまったけど、これはやってしまったのか!?


 だって、skyも続くし、よく喋るし、バイトがない日は一緒に帰るし、放課後こうして残って2人で話してたし……。


 おい、これで脈がないと言われたら、僕は誰にも告白なんてできなくなるぞ!


 なんか、これ終わった感の空気が出ているので、僕はもはやこの場から一刻も早く立ち去りたかった。

しかし、彼女が顔を背けて、眼鏡ごと顔を隠すしぐさと、夕焼けに照らされながら赤くなった耳を見たら、期待してしまって動けないのだ。


「ねえ……」

「な、なに」


 一言目が上ずってしまい、なんとも情けない気持ちになる。


「私でも、ヒロインになれるのかな……なんて」


 ちらりと僕を見て、顔を赤くして照れくさそうに笑う君。


 僕は、ついつい口角が上がるのを抑えきれずに、頷いた。


「君はずっと、ヒロインだよ」


「そっか……」

「うん」


 僕は立ち上がり、彼女の前におもむろに手を差し伸べる。


「帰ろう、紗月」

「うん」


 髪を触って、動揺を必死に隠すところも可愛いな。


「ねえ」

「なに?」


「わたし、クレープ食べたいの」

「じゃあ、帰りに寄っていこう」


「うん。それとさ」

「うん」


「一口ちょうだい」

「仰せのままに」



「ふふ、なにそれ」


 嬉しそうに微笑む僕の彼女(ヒロイン)がモブだなんてありえない。



個人的には割と好き。

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