軒先に出来た赤い氷柱
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
大学進学を期に契約した賃貸マンションは、小綺麗でお値打ちな掘り出し物件だったの。
画材代とか出展料とかで何かと物入りな美大生を物価の高い東京でやる以上、コストカット出来る箇所は積極的にやっていかないとね。
オマケに課題で制作した油絵とかを壁にかけても怒られないんだから、もう言う事なしだよ。
押しピンで壁紙に穴をあけるのも御法度な物件がある事を考えると、この寛大さは美大生として有り難いね。
だけど安さに釣られて契約した私は、うっかり忘れていたの。
安いからには、相応の理由があるって事をね。
それに私が気付いたのは、賃貸マンションの下宿生活にも慣れてきた冬の日の事だったの。
ここ数日に渡って東京を襲った寒波のせいで、私の部屋の軒先にも氷柱が出来ちゃったんだ。
「さてと、今日は日曜だから軒先の氷柱でも落としておこうかな。あれ以上大きくなると、流石に危ないし…」
眠い目を擦りながら身支度を済ませた私が肩に担いだのは、物干し竿の先端に金具を取り付けた手製の氷柱落としだったの。
温暖な瀬戸内式気候に属する近畿地方の堺に住んでいた義務教育時代には、こんな氷柱落としなんて道具は触った事もなかったよ。
とはいえ私の部屋の軒先に出来た氷柱で誰かが怪我したら最悪だし、文句を言わずに処理しないとね。
ところがドアを開けて軒先に向かった次の瞬間、私は恐るべき光景に思わず凍り付いてしまったんだ。
何と私の部屋の軒先には、血のように真っ赤な氷柱が並んで出来ていたの。
「そ、そんな!昨日までは普通の氷柱だったのに…」
この大声がいけなかったんだね。
真っ赤な氷柱は軒先から外れ、一斉に降り注いできたんだ。
「ひいっ!」
大急ぎで飛び退いたから良かったものの、一歩間違ったら私が血まみれになる所だったよ。
「どうしたんですか!?ああ、貴女は御隣の猪地さんじゃないですか。」
「ああ、古河さん…これは一体?」
顔馴染みのお隣さんに助け起こされ、私はようやく人心地がつけたんだ。
「そっか…あの一件を猪地さんは御存じないんですね。あの冬の日の事件が起きたのは随分前の事だから、私も久しく忘れていたんだけど…」
そうして感慨深そうな溜め息をつくと、古株である隣室の住人は昔話を始めたんだ…
今から五年前の事だけど、このマンションに住む男子高校生が悪戯心を起こし、屋上に設置された受水槽の中で泳いじゃったの。
この悪戯はアッサリと発覚し、男子高校生は親御さんや先生から大目玉を食らってしまったんだ。
ところが事態はこれだけでは収まらず、男子高校生の所属するサッカー部は内定していた大会への出場権を失い、彼は仲間の部員達から激しく非難されたらしいの。
そして自分のしでかした事の重大さに思い至った男子高校生は、激しい自責の念に駆られて屋上から飛び降りて自殺してしまったんだ。
「ちょうど今日みたいに、飛び切り寒い冬の日の事でした。発見された彼の死体は、軒先から剥がれた氷柱で串刺しになっていたそうですよ。それ以来、このマンションの軒先に氷柱が出来ると、あんな風に赤くなるんです。」
このマンションは広義における事故物件だったんだね。
契約時に業者から何も知らされなかったのは、事故物件の告知義務である三年を大幅に過ぎてしまっていたからなんだ。
古河さんの話によると、氷柱が赤く染まる以外には大した霊障は起きないし、その赤い氷柱も猛烈な寒波さえ到来しなければ出来ないんだって。
だけど幾ら可能性が低いとは言っても、霊障のリスクを抱えた事故物件に住み続けるのはなぁ…