二人きりの夕食
「へえ、そんなことがあったのか」
家に帰り、ツバキが夕飯の席で父にその話をすると思った通り驚かれた。母はツバキが小さいころに亡くなってしまったので父と二人きりだ。
父は知っての通り魔法使いで、魔法使い連盟というところに所属している。ここに所属していると、様々な依頼を引き受けることができ、それに応じた報酬がもらえるのだという。そもそもの話、この魔法使い連盟に所属していないと正式な魔法使いとして認められない。そのため、ツバキのひとまずの目標はこの連盟に所属することだ。
(あとは、料理ができるようになること……)
ツバキは目の前にずらりと並ぶおいしそうなものたちを見て、心の中で密かに決心した。
食卓には野菜たっぷりのクリームシチューとサクサクのクルトンが入ったシーザーサラダ、ふかふかのパンなどが並んでいる。料理上手な父が市場で買い入れた新鮮な食材を使って作るご飯は絶品だ。
それにしても、とツバキは先ほどまでの話を続ける。
「もうびっくりしちゃったよ~、いきなり三大悪魔が出てくるんだもん。みんなにはすごいねって褒められたけど……」
「まあまあ、いいじゃないか」
シチューのジャガイモをほくほくと頬張りながら愚痴をこぼすツバキを父がなだめる。
「三大悪魔がサポート悪魔だなんて羨ましい限りだよ。なにせ父さんみたいな魔法使いでもなかなか関わる機会がないんだ。ツバキはほんと運がいいなー」
「運がいいというか、ほんと、偶然だけどね……」
(実際、先生も普通は学校に召喚できないはずだって言ってたし、召喚した私ですらよく分からないんだから、意味不明すぎるよ……)
そんなツバキに、父が妙に明るく提案してくる。
「せっかくならこの機会にお友達になったらどうだ?父さんだったらすぐにそうするけどなあ」
「なんで?」
首をかしげるツバキに父が珍しく興奮して言う。
「だって、あのキル・ゴッドだろ、三大悪魔の中でも凶悪な闇悪魔で有名な。……説得して魔法使いと悪魔が平和に暮らせる世界を作ることができたら、それ以上いいことはないじゃないか」
「確かに……」
魔法使いと悪魔は、昔からお互いをライバル視してきた。住むところを奪い合い、意味のない争いを繰り返すうちに、悪魔は今でいうギョボボク大陸に追いやられた。代わりに、魔法使いを含む魔界の住人はオーク大陸を占領した。
今でこそ魔法使いの見習いにサポート悪魔がつくほど関係は改善してきているが、キルのような力の強い悪魔の中にはまだ恨みを持っている人がいるのも事実だ。こういう問題を解決するのは本当に難しいと、父はいつもツバキにぼやいている。
(私にはまだよくわからないけれど、みんな仲良くしてくれればいいのにって思っちゃう。こんな単純な気持ちじゃ、ダメなのかな……)
うつむくツバキに、父がそっと声をかけた。
「世界には、なかなか解決できない問題もある。今はこれを覚えてくれるだけで十分だ。それより、ツバキは一人前の魔法使いになるんだろ?」
父の言葉に、ツバキははっとした。
「そうだよ……!こんなことでくよくよしている場合じゃないよね。まずは一人前の魔法使いにならないと!」
「その通り。やっといつものツバキが戻ってきたか」
父がやれやれといったように肩をすくめる。
(なんかお父さんの思うままにされているような気がするけど……まあいっか!)
父のおかげでもやもやした気持ちがだいぶ楽になった。今は、それだけで十分だ。
気持ちを切り替えたツバキは、さっそく父に声をかけた。
「実は、明日ほうきで飛ぶ授業があって。飛ぶコツとかってあったりする?」
「コツ、かあ。難しいなー」
ツバキの純粋な質問に、父は腕を組んで考え込んだ。いつ食べたのか、既に食器は全部空になっている。昔から食べるのが早いところは変わらない。まだスープとサラダが残っているツバキとは対照的だ。
「そうだなあ……自分が飛んでいる姿を想像する、とかか?」
「ええ、お父さんと一緒に乗っているところしか浮かばないよー……もともと一人で飛ぶのは怖くて想像できないし……」
分かりやすく気分を下げるツバキがおもしろいのか、父がはははと笑い出す。
「そんなに一人で飛ぶのが怖いのかー。だけど、ツバキなら多分すぐ飛べるようになると思うぞ」
急に神妙な顔で言い出した父に、ツバキは首を傾げた。
「なんでそんなこと分かるの?もしかしたら全然飛べないかもしれないのに」
「いや、それはだな……」
父は珍しく言葉をにごしてから、何かを思い出すように小さくつぶやいた。
「母さんがすごかったからなあ、ほんとに……」
「えっ?お母さんってお父さんと同じ普通の魔法使いじゃなかったっけ?」
「おっと、何でもない。……今のは忘れてくれ」
不自然なごまかし方に、ツバキはスープを飲もうとした手をぴたりと止めた。しかし、父はこれ以上その話題について話す気はなさそうだった。
「とにかく、明日は一人で飛べるようにしっかり教えてもらうんだぞ」
「うん、分かった……」
ツバキは最後に残ったニンジンを口に入れた。
ほんのり甘くて、ミルクの優しい味。
反対に、その日の夕食はなんとなくすっきりしない気分で終わった。