魔力の泉とサポート悪魔
「……魔力の泉、ですか?」
「そうだ」
もっととんでもないことを言われると思っていたツバキは拍子抜けした。それにしても、と考える。
(なんでだろう?聞いたことある気がする……あ!お父さんだ!)
ツバキは小さいころ、寝る前に父からいろいろなおとぎ話を聞いていたのを思い出した。
はるか昔に存在したとされる勇者の話.
妖精のお姫様の冒険の話。
愉快な商人の、思わずくすっと笑ってしまうような話。
ツバキは毎晩、ドキドキしながら父の話を聞いたものだ。
なかでも、特に印象に残った話に「魔力の泉」があった。
魔界のどこかにあるとされる、常に魔力が湧き出るという魔法の泉。魔力を持たない悪魔にとって、まさに夢のような泉である。その存在を知った多くの悪魔が探し出そうとするものの、なぜかいつまでたっても見つからない。
だが、そんな泉は伝説でしかないと少し大人になったツバキは思っていた。
今、この瞬間までは。
「ほ、本当にあるんですか!?魔力の泉が?」
「ああ」
(!)
ツバキの胸が高鳴った。
教室にいる全員が聞き耳を立てているのが分かる。そんなツバキたちを面白そうに見たキルが、静かに語りだす。
「昔、一度だけ行ったことがある。とても……素晴らしいところだった。あふれんばかりの魔力に、恐怖すら覚える強大なエネルギー……」
遠い目をするキルは、恍惚の表情を浮かべていた。
悪魔の中でも長く生きる三大悪魔のいう昔は、ツバキには想像できないほど過去のことだろう。それでも、神秘的な泉の光景がツバキの脳裏にありありと浮かんできた。
(そんなすごい泉が、本当に魔界にあるんだ……)
ツバキはびっくりを通り越して唖然としていた。おとぎ話の中の話だと思っていたのだから当然だ。それはハリソン先生やほかの生徒たちも同様で、ただただキルの話に聞き入っている。
「俺はどんな手を使ってでも、魔力の泉を見つけるつもりだ。ツバキ……お前に、それを手伝う覚悟はあるか?」
(ど、どうしよう)
ツバキはすぐに答えられなかった。重々しい沈黙がさらにツバキを追い詰める。
見かねたキルが、これが最後だといわんばかりにゆっくりと口を開く。
「……覚悟はあるかと、言っているんだ」
「あります!」
やっとのことで声を絞り出したツバキを、キルは満足げに見た。漆黒の瞳がすうっと細められ、美しく整った顔がツバキに向けられる。
「優柔不断だな。まあいい、今日からお前のサポート悪魔になろう。……これからよろしく頼む」
「えっと、よろしくお願いします……」
唐突にサポート悪魔が決まってしまった。思ったよりあっけない展開に、もちろんツバキは戸惑いを隠せなかった。
「先生、あの、この人がサポート悪魔でいいんですか……?」
漆黒のローブに、同じく闇をたたえた瞳。そして、おとぎ話の王子様のように整った顔立ち。
ツバキに聞かれたハリソン先生も、困ったように苦笑いする。
「そうね……例外的にいいと思うわ。先生はそんな人今まで見たことがないけど」
ハリソン先生から許可も下りてしまったのでツバキはそうですか……と愛想笑いを浮かべるしかない。そおーっととてつもないオーラを放つキルに視線を向ける。
目が合うと、とんでもないことを言われた。
「俺の名に恥じないように行動しろ。場合によってはお前がどうなるか分からないからな」
(ええー!そんなのないよお……)
心の中で悲鳴を上げるツバキ。
かくして、入学したその日に三大悪魔の一人がサポート悪魔になった生徒がいるというある種の伝説がマジックスクールに生まれてしまったのだった。