新しい教室
歴史ある名門校、マジックスクールの四階。長い長い廊下の周りに人間界と同じような教室がずらりと並んでいる。
中は普通の教室より少し広く、暖かみのある木材で作られている。
教室は男女混合の一クラス二十人。
少ないと思う人もいるかもしれないが、魔法を教える学校ではこれぐらいの人数のほうが適している。
さて、そんな教室の中の一つにツバキの姿があった。
(ふう、緊張するなあ)
座っているだけで胸がドキドキする。
周りには同じように、初々しい雰囲気の生徒たち。
友達できるかな。ちゃんと授業についていけるかな。
次々と浮かんでくる新入生特有の不安にツバキは頭を悩ませた。
「こんにちは、今日から皆さんと一緒に魔法の勉強をします、ハリソン・ロンダーンです。よろしくね」
教卓に立つ女性がにこやかに自己紹介を始めた。
ツバキのクラスは、ふわっとした茶色いボブのハリソン先生だ。親しみやすい雰囲気で安心する。
「マジックスクールでは、皆さんが一人前の魔法使いになれるように様々な魔法を教えていきます。中には、まったく魔法を見たことがないという人もいるかと思いますが、心配ありません。体に宿る魔力のコントロールさえできれば、誰でも魔法使いになることができると思っています」
ですが、とハリソン先生が教室を見渡した。
「努力しなければ、優秀な魔法使いになることはできないでしょう。これからマジックスクールで過ごす時間は、私たちの一生においてとても短いものです。その中で、どれほど努力できるかはそれぞれ違います。
だからこそ、皆さんには全力で頑張ってほしいです。……何か質問はありますか?」
ハリソン先生が聞くと、すっと手が上がった。
「先生」
後ろの席の女の子が小さく手を挙げている。みんなの注目が集まる中、少し緊張しているのがツバキにも伝わってきた。
「あの、ほうきがもらえるのっていつですか?入学したらすぐ飛べるようになるって聞いたんですけど……」
ほうき、という言葉にクラス中が色めきだつ。
「いいよなあ、ほうき」
「あたし一人で飛べるようになりたーい!」
「僕も!」
(ほうきかあ……今はお父さんに乗せてもらってるけど、やっぱり一人で飛ぶのが夢だよね!魔法使いの象徴でもあるし!)
ツバキも想像してワクワクしていると、パンパン、と手をたたく音がした。
一斉に生徒たちが話すのをやめる。手をたたいたのはハリソン先生だった。
「はい、静かにしてくださいね。ほうきで飛ぶ授業は今日は行いません。飛べるようになるには練習が必要ですから。まず皆さんにやってもらうのは、サポート悪魔の召喚です」
(サポート悪魔……って何だろう)
ツバキは心の中で首を傾げた。ほかの多くの生徒も同じことを思ったようで、ハリソン先生が話し出すのをじっと待っている。
「サポート悪魔というのは、在学中皆さんのサポートをしてくれる契約悪魔のことです。
体内で血液のように循環する魔力を持つ私たち魔界の住人と違って、悪魔は魔力を持っていません。ただし、寿命は長く一万年以上生きる者もおり、身体能力もはるかに高いです」
ハリソン先生はそこで一回間を置いた。
魔界の住人とは主にオーク大陸に住む魔力を持つ人間のことをいう。魔力を持つからと言って全員が魔法使いになるわけではなく、コントロールがなかなかできなかったりして商人や職人になる人も多い。
「悪魔たちは、魔力がない代わりに魔法道具を使って私たちに対抗してきました。悪魔だけが持つ特殊な身体能力を利用して魔界の住人を襲い、奪った魔力を込めて作った武器です。ここまで聞くと、サポート悪魔なんてとんでもないと思うかもしれません」
その言葉に、教室の大多数の生徒がうなずいた。
(悪魔って怖いなあ……)
ツバキも一緒にうなずきながら、ぶるりと身震いする。
そんな生徒たちを安心させるようにハリソン先生がにこっと笑った。
「けれど、心配無用です。ここ、マジックスクールでは、魔法を使って弱体化した数百もの悪魔と契約を結び、生徒のサポートにあたることを約束させています。長い時間を生きてきた悪魔と交流することは皆さんにとってよい経験になるでしょう。
もちろん、仲よくなれば卒業後も交流を続けることが可能です。ちなみに先生のサポート悪魔だったのは……」
そこまで言って、ハリソン先生はどこからか杖を取り出した。
同時に短い呪文を唱える。
「我が命じる……姿を現せ」
シュウウウウウ……
教室に灰色の靄が立ち込めたかと思うと、何かが姿を現した。よく見ようと目を凝らしたとき、そこから甲高い声が聞こえてきた。
「みんなー! ハリソンちゃんの元サポート悪魔、ミマンダでーす! よろしくっ」
紫色の異様に長い髪と、頭についた角のようなもの。それらを除けば普通の人間に見える女悪魔がやけにハイテンションで名前を名乗った。
ツバキたちがあっけにとられる中、バチっとウインクまで決めるミマンダをハリソン先生がたしなめる。
「ミマちゃん、生徒の前だから……」
「ごっめーん。久しぶりに呼び出されたからちょっと興奮しちゃって。っていうかハリソンちゃん大人になったねえ。あたしが覚えてるのはこれぐらいのハリソンちゃんだよー」
言ってから、ミマンダがツバキたちよりはるかに低い身長を手で示す。
「そんなに低くないです! ミマちゃん、適当なこと言わないで!」
「楽しいからいいじゃーん。みんな知ってる? ハリソンちゃんがここの生徒だったとき、いろいろやらかしててね……」
「あー! もうやめてちょうだい! 私の黒歴史暴露しないで!」
そんなこんなで、気づけば教室中の生徒が口々に笑い出していた。
「ミマンダさんおもしろーい!」
「えー、悪魔に見えなくね?」
しばらくそんな状態が続き、ようやくミマンダのマシンガントークが終わると、ハリソン先生はずいぶんくたびれた顔をしていた。
(なんていうか、先生がかわいそうに思えてくる……)
ツバキも思わずハリソン先生に同情してしまう。きっと、恥ずかしい過去の失敗を怒涛の勢いでサポート悪魔に暴露されるとは思っていなかっただろう。
なんとか気を取り直した様子のハリソン先生が、はあとため息をつく。
「もう、はしゃぎすぎ。……皆さん、契約するのはこんな感じの人たちです。ミマちゃんほどテンションが高いかはわかりませんが」
(もしミマンダさんと同じだったら少し疲れるかもなあ……)
ツバキはいえーいと叫ぶミマンダを見ながら思った。