マジックスクールへ
「お父さーん、このままだと遅れちゃうよお!」
赤い屋根が特徴的な家の前で、ツバキは家にいる父に向かって叫んだ。
水色のリボンがついた紺のワンピースの裾が風にたなびき軽やかに揺れ、胸元にはシルバーの校章が輝く。
今日は、オーク大陸に唯一ある魔法使い養成学校、通称マジックスクールの入学式だ。
小さいころから夢見ていた、憧れの学校。
絶対遅れるわけにはいかないのにもかかわらず、ほうきがないといって父が家の中でごたごたやっている。
「あったぞ、おれのほうき!」
「いいからはやくしてよ。入学式に遅れたら第一印象最悪だって!」
「すまんすまん」
そういいながら現れたのは、もっさりした髪の眼鏡をかけた頼りなさげな男……父だ。
手には大きな茶色いほうきを持っている。
父がそれにヒョイとまたがると、ツバキもすぐさま後ろに飛び乗った。
直後に、ふわっとした浮遊感。
「わあ……」
「ツバキ、落ちるんじゃないぞ」
父が言うが、ツバキの耳にはもう入らない。自分たちの家がどんどん小さくなり、朝日のまぶしい空が近づいてくる感覚に自然と胸が高鳴った。
そう、父は魔法使いなのだ。
「飛ばしてくからしっかり掴まってろよー!」
「うん!」
そのとたんほうきはビュンと風を切り、マジックスクールへと猛スピードで飛び始めた。
山々が並ぶ景色の中に、突如現れた重厚な漆黒の門。その先には白い西洋風の建物が建っている。
「あの子も新入生かな?」
「あの子って……ああ、下を歩いている人か。多分そうだろうな」
「魔法が使えないと大変だね」
ツバキが言っているのは、学校へと続く長い道を歩いている男の子と保護者の二人組だ。
ぜえぜえと息を切らしているのが空からでも分かるほどで、かなりの距離を歩いてきたことがうかがえる。ほうきを持っていない人向けの乗り物も一応あるが、高いお金がかかるので歩くほうを選ぶ人も多い。
でも、と父が周りを見渡した。
「魔法を教えるマジックスクールだから、俺たちと同じように空から来る人も多いな。人が多すぎてちょっと飛びにくいぐらいだよ」
そういっているそばで親子がすれすれのところをほうきで追い越していく。
前を見ても後ろを見ても必ず誰かが飛んでいるので、よそ見をしたらすぐにぶつかってしまう。
「あっ、着いたよ。ここで降りるんじゃない?」
「そうだな」
父がうなずいて門の前までスーと下降していく。
新入生とその保護者で混雑する中、学校の職員が新入生を誘導している。
「ここから保護者ははいれませーん。新入生はクラス表をうけとってくださーい」
地面に降り立ったツバキは父にじゃあね、と手を振った。
「頑張るんだぞ」
「うん!」
ツバキが力強くうなずくと、父は少し笑ってほうきにまたがった。たちまち空に向かってその姿が遠ざかっていく。
帰るときにまた迎えに来てもらうことになるけれどやっぱりさびしい。
(しっかりしろ、私!)
どんどん臆病になる自分を奮い立たせてツバキは気持ちを切り替えた。
「クラス表どうぞー」
職員の女の人から紙を渡された。慌ててお礼を言って目を通す。
(ツバキ……ツバキ……あった、ハリソン組だ!)
ハリソン、というのは多分担任の先生の名前だろう。マジックスクールには学年の区別はなく、先生ごとにクラス分けされている。その代わり、学校に指定された魔法がすべて使えるようになるまで卒業できない。
(卒業できるように頑張んないと!)
ツバキはよしっと気合を入れて、門をくぐる新入生たちに続いた。