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水増し、嵩上げ、年越し蕎麦

作者: ウォーカー
掲載日:2023/01/02

 時は新年を控えた年の瀬。

場所はここ、小さな町の食堂では、店員たちが大わらわ。

右に左にと忙しそうに働いていた。

その食堂は、普段、中年の女将が取り仕切っている。

しかし、この年末年始は、

女将が挨拶回りに行くということで、

若い板前の男が、その食堂を取り仕切ることになった。

「店を上手く切り盛りして、女将さんに良いところを見せないと。

 そうすれば、女将さんも俺を見直してくれるかも。」

その若い板前の男は、

腕は良いのだがそそっかしい人柄で、

大役を任されて、すっかり舞い上がってしまった。

女将への淡い恋心を胸に秘め、一念発起。

いつにもまして張り切っていたが、それが仇となってしまった。


 その食堂では、毎年大晦日に、

自家製の年越し蕎麦を客に出している。

その食堂はいわゆる何でも屋で、客の注文に応じて何でも作る。

アジフライから牛丼からラーメンまで、それこそ何でも。

そんなその食堂の自家製年越し蕎麦は、ちょっとした人気料理で、

毎年多くの人たちが一年の食べ納めにやってくる。

そんな人気料理を任された若い板前の男は、すっかり舞い上がって、

とんでもない失敗をしてしまった。

「何!?食材はこれしかないのか?」

「はぁ。言われた通りに揃えたんですが。」

食材を注文する数を間違えて、予定より少なくしてしまったのだった。

今から食材を用意するには時間も金も足りない。

用意できた食材の量は少なく、

これではとても予定している数の年越し蕎麦は作れない。

八方塞がり。若い板前の男は頭を抱えた。

「なんてこった。

 これじゃ、女将さんに見直してもらうどころか、

 返って俺の株が下がってしまう。

 なんとかしなきゃ・・・、そうだ!」

これは名案か、天からの啓示か、

若い板前の男の脳内に降りてきたものは。

「食材が足りないのなら、使う量を減らせば良いんだよ!

 年越し蕎麦一杯分の食材で、二杯でも三杯でも作れば良いんだ。」

なんのことはない、誤魔化しの考え方だった。

「そもそも昨今は、食材の値段も値上がりしてるんだ。

 去年の年越し蕎麦と、今年の年越し蕎麦と、

 同じだけの食材を使えるわけがない。

 今年は今年用意できただけの食材を使ったとして、

 何の問題があるっていうんだ。」

こうして、その食堂では、若い板前の男によって、

水増し嵩上かさあげ年越し蕎麦が作られることになった。


 そうしていよいよ大晦日当日。

その食堂では、若い板前の男が臨時で取り仕切る中、

開店からたくさんの客が訪れていた。

客たちが注文するのはもちろん、自家製年越し蕎麦。

評判の自家製年越し蕎麦に、客たちは舌鼓を打っているかというと、

どうもそういうわけでもないようだ。

客たちは期待の表情で年越し蕎麦をすすり、眉を潜め、首を傾げ、

疑問の言葉を口にしていた。

「・・・今年の年越し蕎麦は、何か変じゃないか?

 味が変わったというか、なんというか。」

率直に言って、美味しくない。

食材を用意できず、水増し嵩上げで作られた年越し蕎麦は、

本来のその食堂の味とはかけ離れたもの。

美味しいと感じている客はほとんどいなかった。

かといって、食堂で配膳されたものを、面と向かって不味いとは言いにくい。

そんな客からの控えめな苦情に、若い板前の男は口八丁手八丁で応えた。

「あのう、この年越し蕎麦、量が少なくありませんか?

 三口もすすったら、もう蕎麦が無いんですが。」

「何?量が少ないって?

 そりゃあお客さん、胃袋が若い証拠ですよ。

 その調子で、来年も健康にすごしてくださいよ!」

「この年越し蕎麦、ずいぶん貧相だな。

 具がペラッペラのかまぼこくらいしか見当たらないよ。」

「それはきっと、具が汁の中に沈んでるんですよ。

 急いで探してみてください。もう溶けちゃったかも。」

「この年越し蕎麦、出汁が全然きいてないな。味が薄すぎだよ。」

「今年の年越し蕎麦は、上品な薄味にしたんです。」

「おい、この年越し蕎麦、本当に蕎麦か?

 蕎麦粉が少なすぎて、蕎麦の味がほとんどしないぞ。」

「蕎麦というのは元々、蕎麦粉100%とは限らないんですよ。

 小麦粉を混ぜた方が食感などが良くなるんです。」

「この蕎麦、いくら何でも細すぎだろう。

 ちょっと引っ張っただけで、すぐ切れるぞ。」

「そりゃあお客さん、縁起が良いですよ。

 年越し蕎麦っていうのは、一年の災いを断ち切るって意味があるんです。

 切れやすい年越し蕎麦は縁起が良い証拠です。」

「なんだこれ。

 年越し蕎麦の器の内底に何か詰めてあって、上げ底になってるぞ。」

「今年の年越し蕎麦は、具に餅を入れたんですよ。

 器の底にこびりついてしまったみたいですね。」

ああ言えばこう言うといった具合に、客の苦情に対して、

若い板前の男はあの手この手でしのいでいく。

忙しい年の瀬にそれ以上文句を言う気にもならず、

客たちは不承不承、金を払って食堂を出ていく。

そうして客をさばいていく間に時間は経って、昼から夜になり、

若い板前の男はほっと一息ついていた。

「あともうしばらくすれば閉店時間か。

 今日は昼飯も食べずにずっと厨房に立っていて大変だったけど、

 何とか乗り切れそうだな。」

営業時間も、年越し蕎麦の材料も、残りあと少し。

だが、何事も終了間際が一番あぶない。

出入り口の引き戸が雑に開けられて、数人の中年の男たちが入ってきた。

「いやー、今年も疲れた。」

「今年も年越し蕎麦を食べに来たぞ。」

「それと、女将さんの顔を見ないとな。」

現れたのは、その食堂の常連客たち。

女将や若い板前の男を悩ませる問題児たちだった。


 手違いで足りない食材を使って用意した年越し蕎麦。

水増し嵩上げした自家製年越し蕎麦で、

大晦日を乗り切ろうとする若い板前の男、

あと少しで営業時間が終わるという頃になって現れたのは、

問題児である常連客たちだった。

その常連客たちは、比較的古くからその食堂に通っている。

若い板前の男も、休みの日などは一緒に酒を飲み交わす程度の仲で、

顔見知り以上には親しい関係にある。

しかし、客としては問題児だった。

その食堂に足繁く通ってくれるのは良いのだが、

女将にちょっかいを出したり、支払いを払わずに溜めていたり。

そんな問題児の常連客たちの登場に、

若い板前の男はこっそりと舌打ちしていた。

「しまった、まだあいつらが来ていなかったか。

 あいつらはあちこちで飲み食いして舌が肥えてるからなぁ。

 何とか誤魔化さないと。」

作り笑いを浮かべて常連客たちに頭を下げる。

「い、いらっしゃい。

 今日は来るのが遅かったですね。」

「おう、今日はちょっと忙しくてな。」

「おかげで腹がペコペコだよ。年越し蕎麦を一つずつね。

 あと、熱燗をもらおうか。」

「女将さんにお酌して欲しいねぇ。」

「え、えーっと。

 今日は女将さん、挨拶回りに出ていて留守なんですよ。」

「そうか、それは残念。」

「それから、大変申し訳無いのですが、

 年越し蕎麦の材料がもう無くなってしまって・・・」

「品切れ?そんなわけがないだろう。

 ほれ、厨房に器が用意してあるじゃないか。」

「この店の厨房の事情なんて、こっちは良く知ってるんだ。

 しょうもない嘘をつくなよ。」

「うっ、それは・・・。」

相手は、厨房の内部まで知り尽くしている常連客。

咄嗟の嘘は通用しなかった。

仕方がなく、若い板前の男は、

水増し嵩上げした年越し蕎麦を常連客たちに出すことにした。

すると案の定、年越し蕎麦を一口すすっただけで、

常連客たちは異常に気がついて騒ぎ出した。

「なんだこりゃ。

 今年の年越し蕎麦は、どうなってるんだ?」

どうしようもなく、若い板前の男は作り笑顔で応対するしかできない。

「今年の年越し蕎麦は、いつもとはちょっと違う感じにしたんです。

 それで、常連さんたちには違和感があるのかも・・・」

「違和感どころじゃないぞ。なんだこの少なさは?」

「少なく感じました?それは胃袋が若い証拠ですよ。」

「いや、そんなことはないね。

 商売道具の測りを持ってきてるんだが、

 この年越し蕎麦はいつものよりも軽くなってる。」

「それからこの年越し蕎麦、具が全然無いじゃないか。」

「それは、汁の中に沈んで溶けてしまったのかも・・・」

「そんなことはない。

 この食堂の年越し蕎麦の具に使う食材は、うちが納品してるんだ。

 すぐに溶けるようなものじゃない。

 そういえば今年は、いつもよりも量が少なかったな。」

「まだあるぞ。この年越し蕎麦、出汁が薄すぎる。」

「それは、上品な薄味にしていて・・・」

「薄味にするために出汁まで減らす奴があるか。」

「それからこの年越し蕎麦、蕎麦粉が少なすぎだろう。」

「蕎麦は、100%蕎麦粉を使っているとは限らないんです。」

「それにしたって、この年越し蕎麦は蕎麦粉が少なすぎる。

 最低でも蕎麦粉が30%は使ってないと。

 細切りすぎて、これじゃまるでそうめんだ。」

「お前ら、年越し蕎麦の器の底をすくってみろ。

 器の底に餅が詰めてあって、底上げしてあるぞ。

 これじゃ量が少なくて当然だ。」

「そっ、それは、具の餅でして・・・」

「こんなに固くてカチカチの餅が具?

 冗談言うな。こりゃ去年の餅の残り物だろう。」

常連客たちは、やいのやいのと大騒ぎ。

食堂にいた他の客たちも興味深そうに取り囲んで、

その食堂は喧騒に包まれた。


 若い板前の男が水増し嵩上げした年越し蕎麦。

しかし常連客たちを騙すことはできず、その食堂は大騒ぎ。

言い合いは口喧嘩に、そして取っ組み合いになりかかっていた。

「この年越し蕎麦は何だよ!?」

「う、うるさいな!お前らみたいな飲兵衛にはそれで十分だ!」

「何だと。お前、客を騙すのか!?」

「何が客だ。女将さん目当てで来てる癖に。」

「女将さん目当ての客なんて、この店にごまんといるだろう。」

興奮した若い板前の男と常連客たちが取っ組み合って、

それを肴に他の客たちが酒を飲んでいる。

すると、遠くから重々しい鐘の音が、

いつの間にか日付けが変わって、年が明けるところだった。

除夜の鐘の音が頭を冷やしてくれたようで、

取っ組み合いしていた面々は大人しくなって組み手を解いた。

しかし、問題はまだ解決していないようだ。

常連客がニヤリと笑って嫌味ったらしく口を開いた。

「いつの間にかもう年明けが過ぎちまったな。

 しかたがない。そろそろ帰るとするか。

 もちろん、年越し蕎麦の代金も払ってやるよ。」

喧嘩の理由が解決できて、若い板前の男も一安心・・・かと思われた。

だがやはり相手は問題児たち。一筋縄ではいかなかった。

「年越し蕎麦の代金は、その年の内に払う。

 つまり、今はもう年が明けているのだから、代金は今年の内に払うよ。」

「・・・なんだって?」

「聞こえなかったか?

 年越し蕎麦の代金は、今年の内に払うって言ったんだ。

 今は1月1日。今年はまだたっぷり残ってる。

 蕎麦のように首を長くして待つんだな。」

「わっはっは、それはいい。」

問題児の常連客たちの屁理屈に、若い板前の男も屁理屈で返す。

「ああ、そうかわかったよ。

 今年の分の年越し蕎麦の代金は、今年の内にってことだな。

 じゃあ、去年の分の年越し蕎麦の代金はどうする?」

「なんだと?」

「お前たちがその年越し蕎麦を食べ始めたのは、日付けが変わる前の去年。

 つまりお前たちは、今年の年越し蕎麦と去年の年越し蕎麦と、

 二杯の年越し蕎麦を食べたんだ。

 だったら、代金は年越し蕎麦二杯分だ。

 しかも去年の年越し蕎麦の代金は未払いのまま、年を越してしまった。

 延滞金も付けて、耳を揃えて払って貰おうか!」

「なんだと!?そんな屁理屈が通るか!」

「屁理屈はこっちの台詞だ。」

「元はと言えば、お前がイカサマ蕎麦を出したのが悪いんだろう!」

またしても言い合いが始まってしまった。

誰にも止められない、誰も止めない。

するとそこに救いの手が。

「お前たち、その辺にしておきなさい。」

食堂の出入り口の引き戸が静かに開けられ、

重箱を抱えた女将がそこに立っていたのだった。


 年越し蕎麦を巡る喧嘩に、ようやく終止符が打たれようとしていた。

食堂に戻った女将は、まず若い板前の男を睨みつけた。

「あんた、あたしが留守の間に、お客さんになんてものを出してるんだい?

 話は全部聞いたよ。

 食材の注文を間違えたって、どうして最初から素直に言わないの。

 お客さんたちには、あたしが事情を説明して謝っておいたから。

 次に来てくれた時に、お前からも謝るんだよ。」

「は、はい・・・。」

若い板前の男は、想い人である女将に叱られて、しゅんとしてしまった。

それから女将は、常連客たちにも睨みをきかせた。

「それからあんたたちもだよ。

 あんたたち、大分ツケが溜まってるだろう?

 文句を言うんだったら、溜まってるツケを綺麗に払ってからにしな!

 どっちも、他のお客さんに迷惑かけるんじゃないよ。」

問題児の常連客たちもしゅんとする。

若い板前の男も、問題児の常連客たちも、

母親に叱られた子供のようにしゅんとなってしまった。

大人しく小銭を渡して出ていこうとする常連客たち。

すると、女将はやれやれと苦笑して、その背中に声をかけた。

「ちょっと待ちな。

 ツケが溜まってるにしても、迷惑をかけたのには違いない。

 あたしも自分の店のことなんだから、人任せにせずに、

 もっと自分でちゃんと見ておくんだった。

 そのお詫びと言っては何だけど、御節料理を用意してきたんだよ。

 あたしが作った御節料理を、まさか、

 去年作った御節料理だから食べたくない、

 なんて言わないでしょ?」

今度は女将がいたずらっ子のような表情でウインク一つ。

それを見た若い板前の男が、常連客たちが、他の客たちが、

その食堂の中にいた人たちが、わぁっとどよめき立った。

「女将さんの御節料理、食べたい!」

「俺も俺も!」

「年越し蕎麦の食材は無くても、酒はまだあるんだよな?

 じゃあ、女将さんも一緒に、今夜は飲み明かそう!」

さっきまで取っ組み合いをしていた男たちが、

今はもう楽しそうに肩を組んで笑っている。

元より友人同士。

すぐに仲直りして、楽しい宴が始まった。

除夜の鐘が鳴り響く冷たい闇夜の中、

その食堂には、温かい灯りと喧騒が満ちていた。



終わり。


 年末年始なので、年越し蕎麦の話を書きました。


昨今は、食べ物でも何でも値上げ値上げで、

水増し嵩上げのようなわかりにくい値上げも増えました。

もしも、年越し蕎麦もそうなってしまったら。

そんな場合を想像してみると、

なんだかひょうきんな話になってしまいました。


昨年はお世話になりました。

今年もよろしくお願いします。


お読み頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 若い板前の男の発想力がすごいですね。やっていることはひどいことなのですが、何だか感心させられました。 常連客達もツケを溜めてしまっているのに、話に説得力があり、掛け合いがとても面白かったです…
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