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缶コーヒーは初恋の味

作者: Raito

 いつからか。兄は缶コーヒーを頻繁に飲み始めた。カフェオレを飲んでるとこすら見た事なかったのに。疑問に思い、聞いてみたところ、「忘れられないからさ」と答えた。

 私は首を傾げる。何を忘れられないのか。初めてコーヒーを飲んだ時にそんなに美味しいと感じたのだろうか。

 後日。私は告白された。人生初の告白で、少し戸惑う。しかし断る理由もないし、彼がいい人なのは知っていたのでOKした。放課後。二人で帰ることになった。彼は自販機の前で立ち止まり、五百円硬貨を自販機に入れる。

「なぁ、飲み物飲まない?奢るよ」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて」

 きっと彼は私にいい格好を見せたいんだろうと少し優越感に浸りながら、私はココアのボタンを押す。

 彼も私と同じココアのボタンを押そうとしていた。しかし、その手前で指を止める。そして彼は何故かマフラーを少しずらしてココアを飲もうとしている私を見つめる。不思議そうに見つめ返すと、少し表情を強ばらせて、ココアの隣の缶コーヒーのボタンを押した。

「ココアじゃなくていいの?」

 私の素朴な質問に、彼は「こ、こっちの方が好きだから!」と答える。

「ふーん」

 強がっているだけに見えるけれど。まぁそんなとこも可愛いか。私はココアを飲みながら、缶コーヒーの蓋を恐る恐る開けようとする彼の様子を眺めていた。あ、開いた。コーヒーの匂いが密閉空間から解放され、外に溢れ出す。彼が少し嫌な顔をしたが、一気に缶コーヒーを口元に近づけ、コーヒーを一気に飲み干した。驚いた。もっとちびちび飲むのかと思ったのに。「やっぱコーヒーいいよな!」と、何やらやりきった顔で子供のように私に笑いかける彼は、私の目には可愛く写った。私も今度飲んでみよう。缶コーヒーを平然と飲む私を見て、彼はどんな顔をするか。楽しみだ。飲んだこと無いけど。

 彼と別れた帰り道。過去の兄と彼が重なった。そういえば、兄も最初の方はコーヒーを一気に飲んでは苦そうにしていたなと思い出す。そして、その缶コーヒー以外の缶コーヒーを飲んでいるのを、私は見た事がなかった。

 その年のバレンタイン、私は兄に缶コーヒーを渡した。

「忘れられない思い出の味、なんでしょ?」

「あぁ」

 兄は薄く笑い、私が差し出したコーヒーを飲んだ。

 一年後。寒空の下、一人缶コーヒーを飲んだ。今では推測しかできなかった兄の気持ちが、痛いほどよく分かる。忘れられなくて、忘れたくない、でも忘れたい味だ。

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