第96話 家族
連続投稿の7話目になります!
ミノタウロスからの予想外の提案。
僕は慎重に言葉を選んで、返事をする。
「正直、頼ってもらえるのは嬉しいよ。僕が冒険者を続けている理由も、この生まれ持った力を使って誰かの役に立ちたいっていう気持ちが大元だからね」
「そうか」
「それにお前の提案は、ないがしろにできるものではないと思う。人類と魔物の共存については、僕も思うところはある」
「分かってくれるか」
「だけど、お前とは組めない。ミノタウロス、僕はお前を信用できない」
決別の言葉を、口にする。
「信用、か。確かに人を殺めた俺を信用しろと言うのも、難しい話だろう」
「それもあるけど……一番の理由は、シアが泣いてるからだ」
はっとしたように、シアがこちらに視線を向ける。
綺麗な顔に、涙の跡がはっきりと残っている。
「お前が本当に人間の都合を考えているなら、シアにそんな表情はさせない筈だ。シアを悲しませるお前を、僕は信用することができない」
「……。お前にとってこの聖女は、ずいぶんと大事な存在なのだな」
「家族だよ。可愛い妹分だ」
「家族か。俺達には無い概念だ」
ミノタウロスはその場で、何かを考えるように手を顎に当てる。
「……お前が俺を信用できないというのなら……代わりに俺の同胞を紹介する、というのはどうだ?」
「どういう意味?」
「俺と志を同じくする、同胞がいるのだ。彼らを信じられるかどうかは、会ってから考えてくれればいい」
ミノタウロスはまだ諦めきれないらしい。
僕の協力を得るために、別の提案を持ち出してきた。
「会うだけでもいい。もう一度考えてはくれないか? これはお前にしか頼めない――」
そこで、ミノタウロスの言葉が途切れた。
ギョロリと、獣の眼光を傍らのシアに向ける。
「貴様、俺に何をした――」
「シテンさんっ! ミノタウロスの話は、全部うそっぱちです!!」
今まで黙りこくっていたシアが、突然大きな声で、そう言った。
アイスブルーの瞳が、淡い光を灯している。
「シア……?」
「私っ、実は相手の心が読めるんですっ! それでミノタウロスの心を読んだら、本当の目的が分かったんです!」
「貴様、何を」
「ミノタウロス、いえ彼ら【墓守】は、自分達を全員迷宮から脱獄させる事が目的ですっ! 人類と魔物の共存や、私達の身の安全なんてこれっぽっちも考えていません! シテンさんを洗脳して、解体スキルを悪用するつもりなんです!」
……衝撃の告白だった。
シアが、人の心を読める? 初めて聞いた。
【鑑定】スキルの応用なのか? 聖女の特別な力があってこその芸当だろうか。
そして、シアが語ったミノタウロスの真の目的。
さっき聞いた話と、大筋は合っている。
ただし脱出するのは、ミノタウロスーーいや、魔王の手先、【墓守】だけ。
人類との共存なんて考えておらず、僕が従えば人間に危害を加えない、という話も嘘だった……という訳か。
「何を言い出すと思えば……聖女。お前のその発言に、何の信憑性がある? 証拠もないのにお前の言葉を、誰が信じるというのだ?」
「僕に決まってるだろ。大切な家族の言葉は、証拠なんか無くたって信じられる」
ミノタウロスの見苦しい抵抗を、ばっさりと斬り捨てる。
僕が大切な妹分の事を疑ったりするわけないでしょ。
「シア」
「……っ、シテンさん、私っ……!」
ここにきて初めて、僕はシアに話しかけた。
僕は未だに、シアの事をよく知らない。
どこから来たのか、初めて会った日何があったのか。
聖女というのは本当なのか、どうして身分を隠していたのか。
人の心が読めるというのなら、今までも僕たち家族を読心していたのか。
全部どうでもいい。
大切なのは、今でも決して変わらない事実を伝える事。
「僕たちは家族だ。同じ孤児院で過ごした子供達、親のように接してくれた先生。その関係は、シアが何者であっても変わりはしない」
「――ぁ」
「僕はシアの味方だよ。何があっても、シアが何処の誰であっても。――正直、聞きたいことは山のようにあるけど、全部後回しにしよう」
「僕は家族と仲間を絶対に見捨てない。だから僕は、ここまでシアを助けに来たんだ」
心の中ではとうに決心したつもりだったけれど、言葉に出すと改めて決意が湧いてきた。
やるべきことは決まった。
シアを助ける。そのために邪魔な、ミノタウロスともう一度戦う。
実に単純明快だ。後は僕が頑張るだけ。
シアの勇気ある告白に、応えるためにも。
「…………。新たな聖女が現れたことは知っていた。だが心の内を読めるというのは、把握していなかった。……フ。とんだ骨折り損だ。やはり慣れない腹芸などするものではないな」
ミノタウロスが、そう吐き捨てた直後。
迷宮が、鳴動した。
「【迷宮改変】」
迷宮の壁や床が突如、標的を圧殺させるために、勢いよくせり出してきた。
狙いは――僕と、シア。
「安心しろ、シテン。お前は生け捕りにするよう言われているからな。手足を捥ぐくらいで止めておく。だが俺に恥をかかせたこの聖女には死んでもらうぞ」
迷宮の地形を変える程の、大規模範囲攻撃。
恐らく事前に準備しておいたのだろう。
三百六十度、全方位から急速に迫る壁と床に、為す術もなく僕たちは潰される――
「考えることは同じだったかな?」
―-とでも思ったか、ミノタウロス。
「【解体】同時発動。【遠隔臨死解体】――十連斬」
僕が地面に忍ばせていた血の糸から、無数の斬撃が飛ぶ。
「!!?」
ミノタウロスと対話している間、僕は密かに血を垂らし、ミノタウロスに向けて血の糸を張り巡らせていた。
都合のいいことに、そこら中に犠牲になった冒険者の血だまりが出来ていた。目視では迫る血の糸に気付くことはほぼ不可能だろう。
そして放たれた斬撃は、僕とシアを押しつぶそうとしていた岩壁をバラバラにし、ミノタウロスの身体を両断しようと迫った。
「チッ」
咄嗟に身を捻るミノタウロス。
狙いが外れ、胴体ではなく頭の牛角を片方斬り飛ばすだけに留まる。
だが当然、僕はその隙を見逃さない。
ぐちゃぐちゃになった床を一瞬で走破し、ミノタウロスの傍からシアを奪還する。
「きゃっ!?」
「囚われのお姫様、奪還成功」
ミノタウロスが体勢を立て直すころには、僕とシアは既に安全圏まで離れている。
僕の身体能力は、レベルアップで大きく向上している。以前戦った時と同じと思うなよ、ミノタウロス。
「……フ、フフ。やはりこうでなくてはなァ…………シテン!! 今度こそは逃がさん!! 前回の雪辱、晴らさせてもらうぞ!」
「今度こそバラバラにしてやるよ、ミノタウロス」
そして、因縁の相手との再戦が始まった。