第83話 聖女誘拐
(三人称視点)
――勇者イカロスの下に聖女ルチアが帰還する、数刻前。
シアは、アドレークの情報を探るべく、迷宮都市を彷徨っていた。
襲撃者たちの思考を読み取ったシアだが、結局アドレークが依頼主、という事以外は、大した情報を得ることができなかったのだ。
(襲撃が失敗した途端、アドレークは身を隠したようです。恐らく自分に追及の手が伸びてきても大丈夫なように、裏工作に専念するためでしょう)
冒険者ギルドの西支部を訪れたが、既にアドレークはそこに居なかった。
しかしそこにアドレークの痕跡は残されていた。
(この足跡はアドレークのモノ。五時間前にギルドを抜け出し、急ぎ足で西の方角に向かっている)
シアにはアドレークの行動が、手に取るように分かる。
足跡、毛髪、目撃者。得られた様々な痕跡を鑑定し、シアはあっという間にアドレークの隠れ家に辿り着いた。
(どうやらアドレークは隠れ家の中に引き篭もっているようですね。しかし問題はありません)
シアのアイスブルーの瞳が輝き、スキル名の宣言なしで鑑定スキルが発動する。
(【透視鑑定】)
シアの瞳は建物の壁を透視して、その奥に居たアドレークを壁越しに視認した。
(居た! 後は、【心理鑑定】で思考を読み取って……)
シアの鑑定スキルは、対象に読み取られたことを悟らせない。
しかし【心理鑑定】だけは別だ。相手の魂の奥底まで見透かすシアの眼は、相手にもその気配を悟らせてしまう。
「……!? なんだ、今のは!?」
隠れ家に籠っていたアドレークが、突然胸の奥を撫でられたような感触に襲われて驚愕する。だが、もう手遅れだ。
(これは……! アドレークの背後に居たのは、勇者イカロス!?)
シアが導き出した鑑定結果には、イカロスから連絡を受け取ったアドレークが、シテンとソフィアの始末を目論む姿が映し出されていた。
(勇者が、まだシテンさんに執着しているなんて……、いえそれよりも、すぐにシテンさんに連絡しないと!)
もはやアドレークに用はない。早々にシアはその場を立ち去ろうとするが――
「――行かせませんよ」
目の前に、突如現れた聖女ルチアが立ち塞がった。
「!?」
普段のシアならば、聖女ルチアの接近を察知することができただろう。
しかし【透視鑑定】と【精神鑑定】、続けざまの派生スキルの行使で、周辺への警戒が疎かになっていたのだ。
その隙を、聖女の“眼”は見逃さなかった。
「せ、聖女様……? なぜ、このような場所に?」
シアは素早く思考を切り替え、無関係な一般人を装うことにした。
しかし、今回ばかりは聖女の方が上手だった。
「私の眼は、少し特別でして。聖なる力、魔力、その他様々な力の流れを視ることができます。――あなたからは、私達【聖女】と同じ、聖なる力の流れが感じ取れる。聖女である私が、それを見逃すことなど有り得ません」
「な、何のことですか? 見ての通り私は、只の子供です。ステータスを見てくだされば――」
「――ステータスの偽装、ですか。偽装不可能と言われていたステータスを書き換えてしまうとは。にわかに信じがたい能力です。ですが、私には通じません」
「ッ!?」
もはや言い逃れは不可能と悟ったシアは、すぐさま逃走しようとする。
だがレベルも上げていない只の少女と、Aランク冒険者として鍛えられた聖女との競争など、結果は火を見るより明らかであった。
「【聖鎖】」
「キャッ!?」
聖女が一節で唱えた魔術により、あっけなくシアは捕らわれてしまう。
身動きのできなくなったシアに、ゆっくりと聖女ルチアが近づく。
「ご安心を。あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、私と一緒に来てもらうだけです」
「は、離してください! 聖女様ともあろう方が、一体何を――」
「……少し、眠ってもらいましょうか。大人しくしていてください」
そう言ってルチアが何事かを唱えると、くらりとシアの頭が傾く。
何ら抵抗をすることもできず、シアは意識を奪われてしまった。
「……ようやく見つけましたよ、八人目の聖女」