第82話 勇者、企む(勇者視点)
(一人称視点)
「クソが……アドレークの奴、しくじりやがって!」
治療院の一室、誰も居ない病室で、【勇者】イカロスは一人吐き捨てた。
「あんなゴミにシテンの始末を任せたのが悪かった。やはり俺が直接手を下すべきだったな……!」
……そう、シテンとソフィアの襲撃事件。それをアドレークに指示したのは、紛れもなくこの男、イカロスであった。
世間では勇者とアドレークの黒い噂が広まっていたが、実際その情報は正しかった。
勇者とその背後の聖教会、そして支部長のアドレークは、密約を交わしていたのだ。
その内容とは、勇者がアドレークの居る西支部を中心として活動する見返りに、アドレークはあらゆる便宜を図るというものだった。
勇者が迷宮都市で実績を上げれば、それをサポートした西支部の評判も上がる。
そして勇者に困ったことが起きれば、その解決にアドレークも動く。そういう関係性だった。
そして今回、シテンが自分を差し置いて、石化事件解決という功績を挙げたことを知ると、黙っていられないイカロスは、密かにアドレークを呼び出した。
本来ならばイカロスは、勇者を支援する聖教会の配下を呼び出したかったのだが、聖女に大人しくしているように釘を刺されていたので、聖女に感づかれないように、アドレークを使ったのだ。
そしてイカロスはアドレークに対し、あることないことを吹き込んだ。
曰く、シテンが勇者パーティー【暁の翼】の資金を盗み出した。
その金で冒険者を買収し、Aランクの魔物を倒して石化事件を解決したなどというデマを広めた。
更に追放された報復として、シテンは勇者を貶めるための罠を仕掛けた。
その結果勇者パーティーは入院する事になり、さらには迷宮で糞尿まみれで遭難していたなどと、事実無根の悪評をばら撒いているのだと。
そして自分達にはシテンからその資金を奪い返し、不当に貶められた名誉を回復する責務がある、と。
治療のため病室から身動きの取れない彼に代わり、シテンを捕らえるか、無理なら始末をするよう、イカロスはアドレークに『お願い』をしたのだ。
当然、アドレークは二つ返事で聞き入れた。アドレークにとっても、勇者の名誉がこれ以上傷つけられては困るのだ。
……そもそも、シテンが追放された当初、ギルド内にシテンの悪評を流し孤立させたのも、イカロスの指示を受けたアドレークの仕業だったのだ。
それを跳ね除けシテンが冒険者として頭角を現している事実に、内心アドレークも苛立っていたのだった。
……付け加えると、ソフィアが一緒に狙われたのは、あくまのシテンのついでであった。
シテンがソフィアと組んで、石化解除薬を作って一儲けしたという話をアドレークから聞いた勇者イカロスは、ソフィアを攫ってその儲けを奪い取る事を思いついた。
勇者にとって幸いな事に、ソフィアは魔女である。
聖教会は魔女を“魔王の手先”として敵視しているので、聖教会に圧力を掛けて後から適当に罪状をでっち上げれば、表向きは正当な理由で財産をむしり取れる。
ついでに魔女狩りに貢献したとして、勇者の名声を回復する事も叶うだろう、と企んだのだ。
だが、計画は失敗に終わった。
襲撃者たちは全員確保され、特別隊によって尋問に掛けられている。
アドレークが捕まるのは構わないが、万が一勇者が裏にいる事が知られれば、非常に不味い事になる。
「下手こいたカス共が情報を吐く前に、いっそ特別隊を襲撃して纏めて殺すか……?」
しかしイカロスはまだ諦めていなかった。
しぶとくも自身が勇者として返り咲く方法を思案していた時、病室のドアをノックする音が響いた。
「ッ! 誰だ!」
「……私です、勇者様」
病室に入ってきたのは、シテンの下を訪ねると言ってイカロスの下を離れていた、【聖女】ルチアだった。
「遅いぞ! 今まで何処をほっつき歩いてた!?」
「申し訳ございません。シテンの居所が予想外の場所だったのと……ネズミ捕りに少々手間取ってしまいまして」
そしてルチアは、手に掴んでいたソレを、勇者の前に差し出した。
それは身動きが取れないように拘束された、シアの姿だった。