第49話 地獄の番犬
(三人称視点)
「なんだ!? 今の爆発」
ソフィアやジェイコス達が、突如として爆散した古城に注目する。
それと同時に、ゾンビの相手をしていた他の冒険者が別の異変に気付いた。
「おい、ゾンビ共の動き……おかしくないか?」
見れば、こちらに一直線に向かってきていたゾンビの群れは動きを止め、その場で棒立ちになっていた。
あれほど影から湧き出ていたゾンビも、打ち止めになっている。
ゾンビの機能停止と、古城の爆発。答えを導き出すのはそう難しい事ではなかった。
「やりやがった! シテンが敵を倒したんだ! 信じられねぇ!!」
「あいつ本当にDランクなのか!?」
「一人で相手して勝ったのかよ!」
「あの城を壊したのもシテンか? どんな戦い方したらそうなるんだ!?」
沸き上がる冒険者達。その勢いのまま棒立ちになっているゾンビをなぎ倒していく。
「気を抜くのはまだ早いぞ! まだケルベロスが襲ってくるかもしれないんだからな!」
喝を入れるジェイコスだったが、先ほどと比べてその表情は幾らか柔らかくなっていた。
彼個人としても、一人で送り出すはめになったシテンの安否を案じていたのだ。
とはいえ、精々足止め程度が限界で、まさか一人で倒してしまうとは少々予想外だったが。
それに内心では、恐らくケルベロスは追い付けないだろうと考えていた。
飼い主が消えたことで制御が失われている可能性もあるし、そもそもケルベロスは足を一本失っている。
あの負傷では大した移動速度は出ないだろうと、ジェイコスは踏んでいた。
この場の緊張を解かないために、敢えて口には出さなかったが。
「シテンさん、凄いです! でも怪我とかしていないと良いのですが……」
リリスが心配そうに呟く横で、ソフィアも内心でシテンの事を想っていた。
(やっぱりシテンの実力は本物だった。彼はきっと迷宮都市で……ううん、世界に名を知らしめることになる。……私がどこまで付いていけるかは分からないけど、出来る限り力になってあげたい。そのためにもまずこの場を切り抜けて、シテンと合流しないと)
最初は取引相手として始まったソフィアとシテンの関係だったが、今やそれを超えて個人的な意思で、ソフィアはシテンの力になってあげたいと、考えるようになっていた。
その心境の変化が何を表すのか、今の時点ではソフィア本人は気づいていなかった。
「出口が近い! さっさと此処を脱出するぞ!」
「地上に帰ったら、ありったけの援軍を呼ぶんだ! そしたらケルベロスだってぶち殺せるぜ!」
「俺はシテンを迎えに残るぜ。俺たちを救ってくれた恩人に出迎えも無しだなんて、俺のプライドが許さないからな」
冒険者たちが、あと少しでミュルドの作り出した影の道に辿り着く。
――だが、現実はそう甘くはなかった。
「ッ!? 伏せろ!!」
異変に気付いたジェイコスが、慌てて指示を飛ばす。
直後、彼らの頭上を掠めるように、巨大な火球が飛来した。
「うおぉぉぁあ!?」
幸いジェイコスの指示が間に合ったお陰で負傷者は出なかったが、火球は彼らの逃げ道を塞ぐように、地面に着弾し燃え広がった。
同時に鼻を突くような異臭。通常では考えられない勢いで炎と共に拡散し、辺りの木々に燃え移る。
「毒炎だ! 吸い過ぎるなよ!」
「この炎、まさか!」
「やばい、森に燃え移った! 延焼してるぞ!」
「木が倒れてくるぞ! 道が塞がれる!」
――彼らの背後から、地獄の番犬、ケルベロスが、ゆっくりと近づいてきていた。
その六つの瞳は憎悪に燃えており、冒険者達を鋭く睨みつけている。
「……俺の考えが甘かったか。獣だと思って油断していた」
ジェイコスが苦い表情で呟いた。
ケルベロスの斬り落とされたはずの後ろ足には、氷魔法で作られた義足がつけられていた。
「「「WOOOOOOOOO!!!!!」」」
狩りの始まりを告げるように、ケルベロスが高らかに咆哮する。
最後の攻防が、始まろうとしていた。