第119話 Sランク冒険者vs蛇
(三人称視点)
魔王の墳墓、第14階層。
ヨルムンガンドが率いるケルベロスの大群と、闖入したSランク冒険者、【尸解仙】率いる骸の軍団。
ランクというカテゴリでは収まり切らない、頂点に近い者同士の戦いは、しかし一方的な展開になりつつあった。
『クソ……やっぱり分が悪いか』
悪態を吐いたのはヨルムンガンド。
彼が連れてきたケルベロス達は、既に大半が屍となり、その制御権を【尸解仙】に奪われていた。
【尸解仙】は死体を操る死霊術師。ケルベロスが一匹死ねば、それはそのまま【尸解仙】の手駒となる。
加えて骨の兵士達は不死身の軍団、何度倒しても蘇る。
一方的に戦力を削られ続け、やがて勝敗は決した。
『クク、どうすル? 頼みの綱のケルベロスは、もう殆ど私の物になったゾ? 今から尻尾を巻いて逃げるカ?』
『――舐めるなよSランク。こんな絶好の機会、僕が簡単に諦める訳ないだろ――』
勝利宣言を告げる【尸解仙】に対し、ヨルムンガンドは更なる手札を切ろうとするが……丁度そのタイミングで、戦況が変わった。
『……あ? は!? 負けた!?? ミノタウロスが!!??』
『ほウ、意外とやるようだナ。助け舟を出すつもりだったが、その必要はなさそうダ』
シテンとミノタウロスの戦い、その決着。
この世界の頂点に最も近い二人は、いち早くその結末を察知した。
『ありえないだろ!! 分割したとはいえ、魔王の魂を入れたんだぞ!? なんでユニークスキルを生まれ持っただけの木っ端冒険者にやられてる!? あの牛マジで使えねぇ!!』
『優秀な後輩が育っているようで何よりダ。――さテ、私も先輩冒険者としテ、もう一肌脱ぐとしようカ』
予期せぬ敗北に動揺するヨルムンガンドと、すかさず次の手札を切った【尸解仙】。
その対応速度の差が、戦況を決定的なものにした。
ヨルムンガンドが、突如としてケルベロスの制御権を失った。
『――ガッ!?? な、何が……』
『これだけ長時間、お前が表に出ているのは初めてだったナ。お陰で本体の位置を割り出すことができタ』
魔王の墳墓の奥深く、第90層にある、ヨルムンガンドの本体。
それを【尸解仙】は狙っていた。
この14階層と90階層、同時に二か所で戦闘を行なっているのだ。
ヨルムンガンドは本体への奇襲に動揺し、ケルベロスの制御権を手放してしまったのだ。
『こんな所で遊んでいていいのカ? 私の兵士がお前の本体を八つ裂きにしてしまうゾ?』
『クッ……』
『勝敗は決しタ。ここから先ハ、私が直々に本体と遊んでやろウ』
ミノタウロスも倒され、最早逆転は不可能。
加えてSランク冒険者を相手取るとなれば、ヨルムンガンドといえど他のタスクに意識を割く余裕はない。
『……この恨みは忘れない。覚えておけよ、人間共』
そう捨て台詞を残して、ヨルムンガンドは姿を消した。
後に残されたのは白蛇の抜け殻と、支配者を失い狼狽えるケルベロス達。
「……退いたのか?」
『一先ずは凌いダ。だが奴は執念深イ。これしきの事で諦めはしないだろウ。お前たちは先に行った魔女とシテンを回収しテ、さっさと迷宮を出ることダ』
その言葉を聞いて、ジェイコス達に安堵の表情が浮かぶ。
長い戦いが、ようやく終わりを迎えたのだ。
『さテ、私は奴の本体との戦いに集中すル。骸の軍団は置いていくから好きに使エ。残ったケルベロスの後始末くらいはしてやろウ』
「……感謝する【尸解仙】。この礼はいつか必ず」
『クク、今回は私が個人的な用で動いただけダ。お代はサービスしておいてやル』
その言葉を最後に、【尸解仙】の声は途絶えた。
ヨルムンガンドの本体に向かったのだ。そして自動迎撃モードに切り替わった骸の軍団は、逃げ惑うケルベロス達を一方的に処理していく。
「お、終わったニャ……?」
「死ぬかと思った……もうやだ、おうちにかえりたい」
「ウリエル様の石像も無事なようです。あとは聖剣と、勇者様の容態が気になるところですね」
「とにかく今は、急いでシテン達を回収する。リリス! 頼めるか」
「お任せください! 一番乗りで救出してみせます!」
そう言ってリリスは、意気揚々と翼を広げた。