第116話 vsミノタウロス ⑪最終局面
お待たせしました、更新再開します!
(三人称視点)
「シテン! やっと見つけた!!」
全身煤だらけの姿で現れたソフィアは、シテンを見つけた途端、端正な顔立ちに笑みを浮かべた。
Sランク冒険者『尸解仙』の助けを得て、【爆弾人形】で強引に爆発突破してきたのだ。
「ソフィア!? なんでここに!?」
「説明は後っ! 今はとにかく――」
シテンの問いかけをよそに、ソフィアが背丈ほどもある樫の木の杖を構える。
狙いは当然、ミノタウロス。同時に、ミノタウロスもソフィア目掛けて突撃を開始していた。
「――この牛頭をどうにかするわよ!!」
「――邪魔者ハ、排除すル!!」
新たな闖入者に対し、三つの牛頭に憤怒の形相を浮かべ、ケルベロスを蹴散らしながら突撃するミノタウロス。
闘争を至上の喜びとする彼にとって、それを妨害する存在は邪魔者でしかない。
ケルベロスも、ソフィアも、彼にとっては等しく敵なのだ。
「魔術混成、【錬金術――大量生産:爆弾人形】っ!!」
対するソフィアは錬金術スキルと魔術の力を組み合わせ、地面から大量の爆弾人形を生み出した。
ソフィアもクリオプレケスとの戦いを経て、以前よりも戦闘力が向上している。
あっという間に数十体の爆弾人形が生み出され、ケルベロスを巻き込みながらミノタウロスの間近で連鎖爆発を起こした。
「【迷宮改変】」
しかし、ミノタウロスには通用しない。
至近距離で爆発したにもかかわらず、ミノタウロスのダメージはゼロ。
そのうえ土くれから生まれようとするゴーレム達を、ミノタウロスが【迷宮改変】で圧殺し始めた。
「くっ……噂には聞いてたけど、予想以上の化け物ね!?」
「ミノタウロスに普通の攻撃は通じない! 逃げるんだソフィア、君じゃ太刀打ちできない!!」
ソフィアの下に駆け寄ろうとするシテンだが、群がるケルベロスとミノタウロスの岩壁が邪魔をしてなかなか近づけない。
既にシテンも限界が近い。戦闘開始時に比べ、明らかに処理速度が低下している。
「――戦イの邪魔をしタ代償は重いゾ、娘」
そして無常にもミノタウロスの手が、シテンよりも先にソフィアに届いてしまう。
六本ある腕の一つでソフィアを掴むと、そのまま握りつぶさんと力を込め始めた。
「うっ、ぐ、あああ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!?」
ミシミシと肉と骨が軋む音が響き、絶叫するソフィアの口から血が溢れ出す。
「ソフィアっ!!!」
「シ、テン……わたしに、かまわないで。わたしは、た゛いし゛ょうぶ゛だから」
血の塊を吐きながら、自分よりシテンの身を案じるソフィア。
ソフィアが不死身体質であることはシテンも知っている。しかしだからといって、ソフィアが傷ついているのを、彼が黙って見ていられるわけがない。
「――再生していル? 既に致命傷は与エた筈だ。何者ダ、貴様」
「これな、ら、ちょっと、は効く、かしら……【爆弾、人形】っ」
強烈な音と光と共に、ソフィアとミノタウロスが炎に包まれる。
彼女は溢れ出た自分の血を材料に、先ほどよりも高威力の爆弾を生成し、自分ごとミノタウロスを爆発に巻き込んだのだ。
「ソフィアっ!!?」
相手の体内で発動すれば、ケルベロスすら即死する程の威力。
しかし、ミノタウロスにはやはり通じない。
黒煙の中から、無傷のミノタウロスが姿を現した。
「奇妙な闖入者だったが、大した意味は無かったな。俺に傷一つ付けられないまま自爆するとは」
ミノタウロスの発音からは、先ほどまであった乱れが失われていた。
【犇頭獄天修羅】の副作用、魂の乱れをこの短時間で克服し、完全に理性を取り戻したのだ。
「――貴様」
そう、シテンにはミノタウロスの安定した魂の形が視えていた。
ミノタウロスも、シテンの様子が変わったことに気付く。
シテンもシアも激しく消耗していた筈だったが、血色を取り戻し、明らかに調子を取り戻しているのが見て取れた。
シテンの足元には、空になった回復薬の瓶と、一体の爆弾人形。
「成程、あの魔女は自らを囮にしたのか。爆発するゴーレムに紛れて、回復薬を貴様らの下に届けるために」
「……ケホケホッ、最初から、私が戦力にならない事なんて承知の上よ。シテン、私からのプレゼント、受け取ってくれた?」
魔女の服装も、愛用していた杖も爆発で砕け散り、ボロボロになったソフィアが、それでも強気に笑ってみせた。
「最ッ高」
シテンはその期待に応えるべく【完全解体】を発動し、ミノタウロスの魂を見据える。
(次は当たる。)
そしてシテンは、確信していた。
今の状態なら、ミノタウロスを完全に解体できると。
(理由は分からない。けれど確信できる。次の一撃で、決着が着く)
本人は自覚していなかったが、三者が魂を削りながら戦い続けた結果、シテンの感覚は今、極限まで研ぎ澄まされていた。
そして波濤の如く荒れ狂っていたミノタウロスの魂が、凪のように落ち着きを見せたこの瞬間こそ、シテンにとって最大の好機でもあった。
その二つの要素が、シテンに確信を与えていた。
(次は当たるな)
そして同様に、ミノタウロスも確信していた。
目の前の好敵手が、自分を殺しうる刃を得たと。
(俺はずっと待っていた。互いの命を懸けた闘争を。この偽りの生に、確かな実感を与えてくれるこの瞬間を!)
彼もまた消耗し、【犇頭獄天修羅】による魂の変形という離れ業も、もはや維持できない状態。
自身が危機に晒されているこの状況であっても、ミノタウロスは狂喜していた。
三面六臂の姿のまま、ミノタウロスは腰を落として構える。
「お互いに、ギリギリの状態だ……次の攻防が、最後になるだろう」
「ああ」
ミノタウロスの呟きに、シテンも賛同を返す。
「「決着をつけるぞ」」