第105話 リベンジマッチ
(三人称視点)
『影に隠れた奴らを見つけたよ』
原形を留めぬほど破壊された、迷宮第20階層。
そこに胡坐をかいて座るミノタウロスと、その腕に巻き付く一匹の蛇。
『向こうの影魔法は強制解除させたけど、向こうもやり手だね。咄嗟に影魔法を再展開して、お仲間がバラバラになるのを防いだ』
「つまり失敗か?」
『いや、向こうの術者はかなり力を消耗しただろう。数分程度で地上に上がってくるよ』
チロチロと舌を伸ばす白い蛇は、どこから音を出しているのか分からない、奇妙な話し方をしていた。
一方巻き付かれているミノタウロスは、気に留めた様子もなく会話を続ける。
「影に潜るというのは厄介なものだな。必殺の間合いの筈だったが、まんまとシテンを取り逃してしまった」
『まったく、今度はしくじらないでくれよ? 僕がこうやって地上近くに足を延ばすのも、簡単な事じゃないんだ』
よく見れば、彼らの足元には、大量の蛇が地面を這っている。
その蛇たちはそこらじゅうの影の中に頭を突っ込み、獲物が居ないか探し回っているのだ。
『あとミノタウロス、途中から君らの戦いを見てたけど、最後の方はもうシテンを完全に殺す気だったよね? 僕言ったよね? シテンは生け捕りにしてこいって』
「生け捕りにする余裕などなかった。それに貴様の事だ、どうせ死んでも蘇生できるんだろう? あのアークリッチにしてみせたように」
ミノタウロスが言っているのは、石化事件の犯人、クリオプレケスの事だ。
一度はシテンの前に完全敗北した彼は、ケルベロスの死体と融合する形で蘇ったのだ。
『あーあれね。できなくはないけど、言うほど簡単じゃないんだよ。色々と制約があるし、なんでも無条件に蘇生できるって訳じゃない。死亡のショックで魂が傷ついてたらアウトだ。だから僕は生け捕りをお願いしてるんだよ』
「……善処はしよう。だが逆に言えば、魂が無事なら肉体はミンチになっていても構わんのだろう? もしシテンが再び、俺に向かってくる事があれば、俺は全力で叩き潰すぞ」
『はぁ……この戦闘狂、僕の話を聞いてるのか聞いてないのか』
シテンは知る由もないが、仮に彼の計画通り、囮になった後自刃したとしても。
その後蘇生されて、解体スキルが彼らの手に渡ってしまう可能性が高かった。
つまり、シテンの考えた作戦は最初から破綻していたのだ。
『まぁでも、君の期待する結果にはならないと思うよ? シテンはボロボロ、頼りの援軍もザコばかり。聖女は役立たずで、ウリエルは当分目覚めない。どうやって戦えと? もうあいつらは詰んでるよ』
機嫌がいいのか、蛇が頭を左右に揺らしている。
鼻唄でも聞こえてきそうだった。
『あのユニークスキルが手に入れば、僕らは全員地上に出られる。そうすればもうまどろっこしい作戦や計画なんて、考える必要もない。【墓守】総出で地上に出向いて、人類をとりあえず根絶やしにする。墓守の力があれば、人類を滅ぼすのはそう難しい事じゃない。解体スキルさえ手に入れば、あとはイージーゲームなのさ』
「…………」
『だからね、くれぐれもシテンの確保、頼んだよ? 今シテンを相手にできる墓守は、君しかいないんだ。他の墓守は手が離せないし、そもそも目覚めてない奴が大半だ』
「分かっている」
「本当なら僕が直接仕留めたいところだけど、今、僕の本体は90階層にある。そっちに行くのは物理的に不可能だ……だから、救援を送っておいた』
「救援、だと?」
ここで、大人しく話を聞いていたミノタウロスが、怪訝な表情をした。
「ケルベロスが百匹くらい? これくらい居れば、万が一取りこぼすなんて事はないでしょ。もちろん影魔法対策もしてるから、好きに使ってくれていいよー」
Aランクモンスター、ケルベロスが約百匹。
もはや一国を落とせる程の戦力だ。それだけ蛇は、今回の戦いを重要視しているという事だ。
しかし、ミノタウロスにとってそれは関係のない事だった。
「ヨルムンガンド」
『お?』
「影に隠れた奴らを見つけ出したことは、感謝している。……だが、俺の戦いを邪魔する事は許さん」
蛇――ヨルムンガンドは、ミノタウロスの気配が変わったのを察して、速やかに腕から離れた。
ミノタウロスからヨルムンガンドに向けて、明らかに敵意が放たれている。
「俺達【墓守】を生み出したのは貴様らだ。ならば、ある程度は命令にも従おう。――だが、この俺が真に忠誠を誓っているのは、魔王様のみ。断じて貴様などではない。俺とお前は、所詮協力関係に過ぎぬ。出過ぎた真似はやめてもらおうか」
『…………』
牛と蛇。両者が静かに睨み合う。
どちらも自分の意見を譲らない。対峙したまま、しばらくの時が過ぎた。
やがて、
『あーもう、分かったよ。戦闘中はちょっかい出さなきゃいいんでしょ?』
折れたのは、ヨルムンガンドの方であった。
『全くもう、前世の意識っていうのかなー? 戦闘狂なのは相変わらずのようで。こんなんだったら、前みたく狂化したまま放置しておいた方が都合がよかったかな』
「……失敗はしない。今度こそはシテンを仕留める。それで十分だろう」
『まあ、やることやってくれれば、僕としても文句はないよ。ここで味方同士争うのも馬鹿らしいし。――おっと、そろそろだよ』
四方に散らせていた蛇が、影の中の変調を感じ取った。
『あいつらの現在位置は15階層。君の【迷宮改変】で直通通路を作れば、数分で追いつくだろう。そしたら今度こそ逃げられないように、あいつらを閉じ込めて――』
ヨルムンガンドの言葉が途切れる。
それもそのはず、さっきまで誰も居なかった目の前に、二人の闖入者が現れたからだ。
一人は、黒髪の少年。
一人は、白金の少女。
『は? マジ?』
ヨルムンガンドが呆気にとられた声を出す一方、ミノタウロスはその口を三日月のように裂いて、歓喜の咆哮を上げた。
「来たか、シテン」
「ハロー、ミノタウロス。リベンジマッチの時間だ」
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