第3話 財力チート最大の敵は税金である……って非課税なんですか?
遠藤夢花ちゃんは、なんとコタツで寝てしまった。
おいおい。
年頃の女の子なんだから、もうちょっと危機感を持たないとダメだぜ。
あとでお父さんから、注意してもらおう。
あどけない寝顔を浮かべる彼女に、俺は毛布を掛けた。
今はゆっくり休ませよう。
きっと学校で、何か辛いことがあったに違いない。
「さて。夢花ちゃんが寝ちゃっている今のうちに、確認しておくか」
俺は預金通帳を取り出し、あらためて記帳された文字を眺めた。
眼鏡が曇っているかもしれないと思い、よく拭く。
……やっぱり間違いない。
ログインボーナスという名目で、100万円振り込まれている。
「まさか、毎日100万円もらえるわけじゃないよな……」
そう疑いながら通帳を睨んでいると、視界の端に光の文字が浮かび上がった。
『ログインボーナスは、毎日もらえちゃうぞ★ 銀行に行かなくても、あなたが朝目覚めるだけでログイン確定★ ログイン回数が増えると、レベルが上がってもらえるボーナスも豪華になる★ どんどんレベルを上げよう♪』
★とか♪がいっぱいあり過ぎて、ウザい文章だな。
何だコレ?
ゲームなんかで出る、ウィンドゥっぽい。
よく見ると、『ジュンイチ・カナオイ レベル1』と表示されている。
『あと2日ログインすれば、レベルが上がります』とも。
これが女神様の言っていた、「魂を異世界仕様」にするってことか?
転移予定だったナロハイファンって世界は、ゲームっぽい世界みたいだからな。
それに合わせて、こんな能力を授けられたってわけか。
しかしこんなお金がもらえるという能力だけで、あのでっかい魔王ドラゴンを倒させるつもりだったのか?
無理ゲーだろう。
注意深くウィンドウを見ていくと、ヘルプボタンがあった。
指でタップするとさらにウィンドウが開き、情報が表示される。
『女神の加護、「ログインボーナス」の効果は絶大です★ 世界経済全体のバランスを取って発動しているので、お金をバラ撒き過ぎてインフレになったりはしません★ じゃんじゃん使っちゃおう♪』
この説明文を考えてるのは、女神様なんだろうか?
やけに砕けた文章だな。
画面をスクロールさせ、さらに情報を読み込む。
『ログインボーナスで得たお金には、税金がかかりません★ 確定申告は不要だよ★ よかったね♪ 税務署も、女神の不思議パワァには勝てないのです♪』
……本当だろうな? これ?
あとから追徴課税とか食らったら、大変だぞ?
とりあえず、女神様の言葉を信じるしかない。
「ログインボーナスのお金は、どう確定申告したらいいですか?」なんて、どんな税理士さんに相談しても分からないだろう。
「ううん……」
背後から聞こえた声に、俺は慌ててウィンドゥを指で払って消す。
夢花ちゃんが起きそうな気配だ。
「おはよう、夢花ちゃん」
「あらやだ。あたし寝ちゃった? ごめんなさい」
「気にしないさ。それより、お父さんは遅いな」
夢花ちゃんのお父さん――遠藤アレクセイさんは、ロシア生まれだ。
お隣さんだからよく会う。
礼儀正しいナイスミドル。
銀色の髪を、後頭部で結った髪型がカッコいい。
背は高いが、体格は痩せこけている。
ここ2年ほど体を壊して、働いていないらしい。
以前はお金持ちの家で働く、執事さんだったのだとか。
アレクセイさんのことを考えていると、隣の部屋から大きな物音が聞こえた。
「お父さん……? 帰ってきたのかな?」
「なんか……嫌な予感がするな。夢花ちゃんは、ここに居てくれ。俺が様子を見てくる」
俺はそっとドアを開け、アパートの廊下へと出た。
すると隣の部屋――遠藤家のドアが開いて、男性が廊下に転がり出てくる。
この銀髪イケオジは、夢花ちゃんの父アレクセイさんだ。
「オラァ! 遠藤! てめえ娘をどこに隠しやがった!?」
アレクセイさんに続き、男が遠藤家のドアから出てくる。
ガラの悪さが滲み出まくっている、「ザ・チンピラ」といった感じの男だった。
「アレクセイさん! どうしたんです? その男は何者です? 警察呼びましょうか?」
「あ? オッサン誰だよ? お隣さんか? 関係ない奴が、出しゃばってくるんじゃねぇよ!」
チンピラは物凄い形相でガンを飛ばしてきたが、あまりに形相が凄すぎて顔芸にしか見えない。
「そりゃ、お隣で乱闘が起こってたら普通は警察呼びますよ」
「ああっ!? 呼んでみろや! 困るのは、この遠藤アレクセイの方だぜ! この野郎は、借りた金も返さねえクズ野郎だ!」
なるほどな。
このチンピラは闇金かなんかの借金取りか。
アレクセイさん、最近働けてなかったみたいだもんな。
生活費用が、足りなくなったんだろう。
娘の養育費用だってかかるしな。
「借りたお金を返さないからって、暴力を振るっていい理屈にはならないでしょう」
「おおっと! もじゃ毛のオッサン! 勘違いするなよ! オレは手を出してねえ。遠藤の奴が、勝手にすっ転んだのさ」
誰がそんな話を信じるかよ。
アレクセイさんの吹っ飛び方を見たら、蹴るか殴るかしたのは一目瞭然だろ?
「お父さん!」
俺の部屋から、夢花ちゃんが飛び出してきてしまった。
それを見て、アレクセイさんの表情が凍り付く。
「なんだぁ? お隣に隠れてやがったのかぁ? 会いたかったぜぇ、夢花よぉ」
「あたしはあんたなんかと、会いたくなかったんだけど?」
「ひゅ~! 気の強い女は、嫌いじゃねえぜ。お前は美人だし、胸もケツもデカいしな。そそるぜえ。その顔と体を生かして、大事なパパンの借金を返す方法があるんだけどよぉ?」
チンピラが夢花ちゃんに手を伸ばそうとしたので、俺は自然にその間へと割り込んだ。
オッサンに触っても面白くないからか、チンピラの手が引っ込む。
「夢花ちゃんは、まだ17歳ですよ。高校生が、そういうお店で働けるわけないでしょう?」
「ちっ! ヒョロもじゃ眼鏡が! カッコつけんじゃねえよ! ……裏の風俗ってのがあるんだよ。アレクセイが借金返せねえなら、娘をそこで働かせるだけだ」
完全に違法じゃないか。
法治国家であるこの日本で、そんな真似がまかり通るのか?
「ケッ! 変なオッサンがしゃしゃり出てきたから、シラケちまった。今日のところは引き下がってやる! いいか? 明日までに利子を含めて300万、耳をそろえて返してもらうからな!」
うずくまっているアレクセイさんにそう吐き捨てると、チンピラは大股で帰っていった。
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