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王国騎士物語  作者: らる鳥
一章 新人騎士

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 一つ目の村に先輩の従者であるクドルカが入ってショアンを監視する間、残る僕等は村から少し離れた林の中で野宿する。

 当然の話だけれど、林の中は決して過ごし易い環境じゃない。

 ましてや村人やショアン、またはショアンの連れて居る冒険者に見付かる可能性を下げる為にも、火の使用もしないのだ。

 食事は堅焼きビスケットと干し肉を良く噛んで。


 王都での恵まれた生活と比べると哀しくなってしまうけれど、それでも僕は騎士だ。

 遠征に加わればこんな生活が何日も続いて当たり前だし、或いは食事に事欠く場合だってある。

 胃を満たせるだけ有り難いと思うべきだろう。


 僕は微細な硬の気を体表に流し、虫に噛まれる事を防ぎながらごろりと地に横になる。

 治の気を高めればある程度の疲れも払拭できるし、数日野宿が続く程度は何の問題もない。

 春の夜はまだ冷えるが、やがてゆっくりと訪れた睡魔に僕は意識を手放した。



 翌日、ショアンに怪し気な行動はなかったと首を振るクドルカと合流して次の村へ。

 けれども次の村に入った先輩のもう一人の従者、ダーリャンも工作員を発見する事なく戻る。

 そして最も怪しいと考えられた三つ目の村で、ハウダート先輩も空振りに終わり、次は僕の番と相成った。

 仮に僕も工作員を発見できず、五つ目の村に全員で踏み込んでも何もなければ、ショアンの捕縛を検討せねばならなくなってしまう。


 もちろんショアンの捕縛でも情報の流出は防げるし、ヴァーグラードに対する牽制にはなるのだが……。

 仮にショアンを捕縛すれば、スパイ活動を行う者達のみならず、王都に住む元ヴァーグラードの民の子孫は動揺するだろう。

 彼等の多くは以前の戦争でヴァーグラードからアウェルッシュ王国に領土が割譲された際、その地域に住んでいた民の子や孫だ。

 王国からの慰撫により既にこの国に溶け込んでいるけれど、店を構える程の商人になったショアン、つまり彼等の中では成功している者がスパイ容疑で捕まったならば、心安らかではいられまい。


 あまり事を大きくせずに収めたいというのが今回の件に対する王国の方針であり、僕や先輩の考えでもあった。

 僕が四つ目の村に向かう際、先輩は心配げな顔をする。

 それは多分任務の成否じゃなくて、純粋に僕の身を案じて出ただろう表情で、僕はそれを少し悔しく思う。


 任務の成否なら、そりゃあ何の実績も示してない僕は心配されても仕方ない。

 でも身の安全に関しては、少なくとも先輩とは何度も訓練を共にして、実力は見せてた心算だったから。

 先輩に他意は無いのだとしても、やっぱり僕は悔しかった。

 だから僕はそれを表情に出さずに敢えて笑顔を見せてから、四つ目の村に向かって歩き出す。


 勢い込んで前のめりに転ぶ心算はない。

 でもできる事なら、自分の手で何らかの成果を出したいと願いながら。



 四つ目の村の名前は、リリトの村。

 王都周辺であるこの辺りの村々は、王家の直轄領であるが故に領主は居ない。

 穏やかな気候の土地だから、まだ作付けが行われたばかりだけど田畑の作物の実りは良いだろうし、王都から行き来する旅人相手の滞在場所として小さいなりに栄えてる。

 要するに恵まれた土地だった。


 故郷であるアルタージェ村との色々な違いに興味は惹かれたが、僕はまずショアンが泊まった宿に部屋を取る。

 家族で宿を営んでいるのだろう。

 僕を出迎えてくれたのは、まだ10歳にもなってないだろう年若い、……寧ろ子供としか言い様のない少女。

 けれども意外にしっかりとした口調で、部屋の希望や食事の要不要を問うて来る。

 ショアンはこの宿の馴染みらしく、一階の食堂の席に座り、女将であろう女性と何やら楽し気に話してた。


 僕はその会話を耳で拾いながら、取り敢えず安い食事を少女に頼む。

 一応の可能性として、この宿の人達もヴァーグラード出身者の子孫で、ショアンから預かった情報を工作員が受け取りに来るまで保持する役割を持ってないとも限らないから。

 出された食事に夢中になってる風を装いながら、僕は食堂の片隅で彼等のやり取りに耳を傾ける。

 幸い女将とショアンのやり取りに不審な点はなく、僕は安堵に胸を撫で下ろす。

 任務であるならば躊躇わないが、僕だって家族ぐるみで宿を経営している娘や女将達の平穏を乱したい訳ではない。


 僕がもう盗み聞きも充分だろうと判断して席を立った時、宿の扉が開いて新たな客が入って来る。

 一人は商人らしき身なりの男で、それに付き従う護衛が二人。

 その時、商人の姿を確認したショアンの表情が一瞬安堵に緩んだ事を、僕は視界の端に捕らえていた。

 どうやら待ち人きたれりという奴か。


 とは言え一度席を立ってしまったのに、何もなかった風を装って座り直す事もできない。

 僕は商人と護衛、三人の顔を記憶に焼き付けながら、借り受けた二階の部屋へと上がる。

 あの場には女将も居る以上、いきなり情報の受け渡しもしないだろう。

 宿の外もどこに村人の目があるかも知れぬのだから、受け渡しが行われるとすればショアンか商人が借りたどちらかの部屋だ。


 ショアンがスパイである事は確定してるから、あの商人が彼に接触したなら、工作員だと判断してほぼ間違いはない。

 そもそもそれ以上を確認する手段が僕にはないし。

 そして夕食時、食堂で意気投合したというショアンと商人が、部屋で飲み直すから酒と食事を運んでくれと言ってるのを聞いて、僕は疑いを確信に変える。


 僕は真夜中に宿を抜け出しハウダート先輩に連絡を取って、相談の末、あの商人の捕縛が決定した。




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