『こういうの待ってたの!』『これよこれ!』『キタコレ!』
もう3月も終わりですね。段ボール代が高くなって、通販とか値上がりしていると聞きました。やだなー。
「いずれにせよ!こんな男性が実在するはずありませんわ!手の込んだ絵で私を翻弄しようとしても無駄です。シュトハル!あなたがお姫様抱っこされて我が領都の風紀を乱した件はどう言い逃れするおつもり!?」
「いいえ、ズレヒゲ様は実在します。その絵より…その姿絵より百万倍は魅力的な方です!」
サガリナとその取り巻きは、テーブルの上に置かれたズレヒゲの姿絵をもう一度見た。
実在する?百万倍魅力的?その方にお姫様抱っこ?・・・・されてみたい。ごくり。
そこにバタンとドアを開け、ダダダとメイドが1人走り込んできた。
「お前!音を立ててドアを開け、私の前で走るとは!」
客前でのメイドの不調法にサガリナが激昂する。
「申し訳ありません。サガリナ様!外にズレヒゲ様と名乗る貴公子がいらっしゃっております。メイドではお停めできず、無理やり…無理やりぐいぐいと・・・あああっ」そこまで伝えると、メイドは何か思い出したのか、失神してサガリナの足元に崩れ落ちた。
続けて廊下から、「ひぃぃいぃ~」「ああん!もっと!」「お許しをををぉ~」という嬌声が聞こえてくる。
「何事!?」
あまりの異常さにサガリナが席を立つと同時に、部屋の扉が優雅に開いた。
ただの開閉音がメロディに聞こえるほど優雅に。そして、その先には眩い光があった。
「「「ズレヒゲ様!」」」
被告人として拉致されてきた毛布くるまり令嬢3人が、突如現れた救いの騎士に悲鳴にも似た歓びの声をあげる。
『こういうの待ってたの!』『これよこれ!』『キタコレ!』
その招かざる客は男物の騎士服を着ていた。
だが最近の物ではない。数百年前の3英雄時代の絵画で見たようなデザインだ。
しかもどこかの名工の作らしく、ドレスを見慣れた令嬢たちを唸らせるほど仕立てが良く、体の線が美しく出ている。
細い肩にハッキリくびれたウェスト。大きく張り出した腰のラインはすらりと長い美脚へと続く。
ダブルの騎士服に無理やり押し込まれているが、それでも抑えきれず豊かすぎる胸のふくらみがその存在を声高に主張し胸元のボタンは今にも弾け飛びそうになっている。
どう見ても女の身体だ。顔も女顔だ。しかもかなり整っている。肌も美しいが化粧っ気はまるでない。
そして鼻の下に、取って付けたように右にズレた髭がついている。違和感しかないが、それが3周回って妙になじみ、妖しい魅力を全方位に巻き散らかしている。
サガリナと取り巻き令嬢たちは、ズレヒゲを一目見てヘナヘナと元の椅子に座り込んだ。
そんなカオスの中、最初に我に返ったのは過酷な戦闘訓練を積んだ武装メイドのフワトレである。
体の各部に備えた暗器を確認すると安全索を外し、闖入者を滅せん!と投擲体勢を取ろうとしてピタリと止まった。いや動けなかった。
『どこにもスキがない』
武装メイドの背に、ブワッと冷や汗が出る。
ズレヒゲは自然体で立っているだけだ。得物は持っておらず丸腰で、魔力を纏っているわけでもない。
威圧もしておらず、気の揺るぎも悪意も微塵も感じられない。
なのに踏み込めない。
指ひとつ敵意で動かしただけで、自分が死ぬのでは?という良くないイメージが超具体的に頭に浮かぶ。
『実力を隠しているのか?・・・ならば!』
フワトレは指からするりと伸ばした魔力の糸を巧みに操り、ズレヒゲの背後から腰のあたりにつけて探ってみた。見慣れる相手の実力を調べるための、隠密調査の定番だ。
そしてその魔力の糸がズレヒゲに触れようとした途端。
フワトレはガタガタと震え出した。
魔力の糸を介してズレヒゲの本質に近い部分を一瞬だけ見たからだ。
それは果てのない虚無だった。まるで夜空の大きさ・深さを短い木の棒で計ろうとするような無力感に捕らわれた。
そして更に恐ろしいのは、こちらが覗こうとした時に、向こうから何かが覗いているような直感があったからだ。
フワトレはすぐに魔力の糸を断ち切って震え始めた。
『師匠レベルの達人?いや、その上のさらに上・・・まるで神話の英雄級のような・・・』
フワトレはもう1人いる同僚の武装メイドを見た。彼女も動けないでいる。
ズレヒゲことラフラカーン。ディセリーナの従者にしてお世話係・尻拭い係。
謝罪と賠償担当。
ディセリーナの理不尽と八つ当たりに耐える係。尻を蹴られ係。
「300年処女が、無駄なオッパイしやがって!」と理不尽なディセリーナに胸を黙ってもがれ係。
その正体は「魔人」である。
元は人間だったが、約350年前に森獄で倒れていたところを「森獄十二龍」の1柱であるディセリーナに拾われ、額に従属の水晶を埋め込まれて従者となった。
人間時代は剣聖の称号を持つ剣士だったらしい。
身体機能がピークのまま魔人化して能力が数倍となり、さらに不老のまま人間時代の習慣から日々の鍛錬を350年重ね、日々の理不尽なお世話のストレス解消から死に物狂いで稽古に打ち込んでいた。
しかもディセリーナの超トラブルメーカー体質から戦闘経験も投げ売りするほどあった。研鑽を重ねに重ねて350年が経ったその剣技は、すでに神域に近い。
なのに今は有り金を使い果たした主人であるディセリーナのために、付け髭をつけてここにいる。死んだゴブリンのような眼をしながら。
「続きが気になる!」「面白い!」と思ったら、ぜひ評価をお願いします。
励みになります~。




