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貴族令嬢にふさわしくない破廉恥な振る舞いで、領都の風紀を大いに乱した嫌疑

お茶会裁判とか本当にあったら怖いですよねー。泣いちゃう!

翌朝、最初の特別席チケットの購入者であるバルッセン男爵の2女・シュトハル嬢は目覚めてもなお甘い夢を見ていた。


寝る前に枕元に置いたズレヒゲ様の姿絵(すでに小さな額に入れられていた)に軽くキスをした後、胸に抱き余韻にまどろんでいる。


「お嬢様、シュトハルお嬢様!た、大変でございます」


そこへ侍女が飛び込んできた。


「どうしたの?騒がしい」


「・・・レカオシーナ伯爵家のサガリナ様から、緊急お茶会の使者が到着しております」


サガリナは近隣貴族では格式が最も高い伯爵家の一人娘で、同年代の令嬢たちのカースト・トップだ。


「き、緊急お茶会?」


貴族令嬢のお茶会はいわば社交の場。男爵家であるシュトハルは2~3か月に1回呼ばれれば良い方だ。


そしてお茶会の案内はマナー上、3週間前とされている。シュトハル自身、「緊急お茶会」など聞いたことがない。


『それってお茶会ではなくて、まるで裁判では?』という考えに至り、顔を青ざめさせたシュトハル。


「い、いつですの、その緊急お茶会とやらは?」


「それが・・「もちろん今からですわ。さ、ご準備を」」


「きゃー!」


シュトハルはいきなり寝室に乱入してきた伯爵家の拉致担当メイド2人に、ズレヒゲの版画を胸に抱いた寝間着姿のまま連行され、馬車に押し込まれてしまった。


シュトハルが伯爵家に到着すると(さすがに貴族の情けか与えられた毛布にくるまっていた)、昨日ズレヒゲの劇を一緒に見に行った(というかどこからか情報が洩れて強引に同行させられた)令嬢2名も毛布にくるまって立たされたまま青い顔をしていた。


そのそばの丸テーブルでは金髪ドリルヘアーの勝気そうな令嬢とその取り巻きが優雅にお茶を飲んでいる。


「・・・バルッセン男爵の2女・シュトハルでございます」


挨拶したが、お茶会の主からは返礼もない。


カップの紅茶がなくなるまで、数分はかかったか。空になったカップを優雅にソーサーに置いて、ようやくサガリナが口を開いた。


「シュトハルさん、他2名の方々。あなたたちは貴族令嬢にふさわしくない破廉恥な振る舞いで、我が領都の風紀を大いに乱したとの嫌疑がかかっております。心当たりがおありかしら?」


シュトハルをはじめ3人の顔がだんだんと白くなっていく。


「私はあの3人が下品な劇を最前列でご覧になり、嬌声をあげたと聞いておりましてよ」


「まあ、お下品ね!」


「私は下賤な役者に声掛けされて、3人とも大喜びしていたと聞きましてよ」


「まあ、本当にお下品ね!」


サガリナの取り巻きが、水に落ちた犬がごときシュトハルたちにここぞと石を投げる。


そこにサガリナがさっと扇子をあげると、取り巻きたちが口を閉じてサガリナの言葉を待つ。


「わたくしはシュトハルさんが下賤な役者にお姫様抱っこされ、興奮のあまり失神したと聞きましたわ。申し開きは?」


昨夕の今朝だというのに、なんという情報収集能力。シュトハルは震える手でうっかり持ってきてしまったズレヒゲの小さな姿絵を毛布の下でぎゅっと強く抱いた。


「・・・ではありません」


「いまなんと?」


「ズレヒゲ様は下賤ではありません!」


「・・・・ほほほほ!この期に及んで、まだそのような。ん?あなた、毛布の下になにか隠し持ってらっしゃるわね。お出しなさい!」


シュトハルは姿絵を守ろうとしゃがみこんだが、音もなく回り込んだメイド2名に羽交い絞めにされ、あっという間に奪われてしまった。


「ああ、お返しください、お願いします!」


姿絵を奪ったメイドはゴミを見るように冷徹な表情でシュトハルを睨むと、無言のまま主であるサガリナのところへ持ち込む前にモノを確認しようとして一瞥し、フリーズした。そしてボゥッ、と顔全体から湯気が上がり、耳まで真っ赤になって姿絵を見つめたまま動こうとしない。


サガリナの取り巻きたちは驚いた。その無口な武装メイドはまだ若いがレカオシーナ伯爵家の汚れ仕事・裏の仕事を統括しているプロフェッショナルの1人で、いままで感情らしい感情を表に出したことがなかったからだ。


「フワトレ?何をしているの。さっさと持ってきなさい!・・・なにこれ、ああくだんの役者の姿絵ね。思った通り、げ・・・げ・・」


『下賤』といいかけてサガリナの口が動かなくなった。

荒々しい線の絵である。男の胸から上だけが描かれている。おそらくは木版画だろう。1色だけで凝った彩色もされておらず安そうな絵だ。


だが荒い絵ながらも高貴さと妖しい色気が伝わってくる。それもビンビンに。

サガリナの取り巻きたちが絵をのぞき込み、顔を真っ赤にすると「ヒッ!」と小さく叫んで手の扇子を床に落とした。


姿絵を手に持つサガリナの手もぶるぶる震えている。貶したい。だがどこにも、貶すところがない。

それどころか、生まれて初めて感じるような魂の昂ぶりがある。


エロい。エロい要素が一欠片もないのにとてつもなくエロい。一目で気に入ってしまった。

どうにかして自分のものにしたい。


「・・・ま、まあ手の込んだこと。実物よりも色男に描くのは姿絵の常套手段ですが、盛りすぎじゃありませんこと?きっと王都の芸術家に依頼して描かせて、わざと安い絵に見せかけたのね?」


「いえその絵は劇が中断になったので、お詫びとしてもらったものです。タダで」


サガリナがぱっと扇子を広げて顔を半分隠すと、部屋の隅に立っていたメイドをチラリと見た。

『この話の真偽確認と、姿絵をできるだけ確保するように。予算は金貨10枚です』


メイドは込められた目線の意味を理解するとわずかに一礼してすぐ部屋から出て行った。

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