私は誘惑者ズレヒゲ。今宵を楽しませてくれる、美しい獲物を探しております
モデルナワクチンを打った帰りに、よさげな居酒屋が開いていてうっかり呑んでしまいました。
だ、大丈夫だよね?
そして迎えた初舞台。
『恋の宙返り・豚男にキスはナシよ?』の布看板はデイセリーヌによって一部描き替えられ、ズレヒゲの姿絵が加えられた(この布看板はのちに金貨65枚で売れて、劇団の財政を大いに助けた)。
またその急造の布看板を見て興味を惹かれたのか、一般席も初舞台分はほぼ売り切れ状態となった。
レオナとリオンは「なんでボクたちがこんなことを・・・」とぶつぶつ言いながら、ディセリーヌがあっという間に彫り上げた版木を使って、ズレヒゲ版画を作らされていた。どうやら劇の後に売るらしい。
開演は夕刻4ツ鐘だが、3ツ鐘が鳴ってしばらくしてから客が集まり始めた。もちろん客席はまだ空いておらず、集会所の前に女性ばかりの列が作られることになった。しかも妙に熱気が高く、布看板を見上げてはため息をついたりしており事情を知らない通行人をギョッとさせていた。
先頭には最初に特別席を買ってくれたシュトハル嬢の姿もあった。しかし憮然とした表情で、両側から似たような年頃の令嬢2名に両腕を取られている。
どうやら買い占めがバレたらしい。
劇はあらゆる意味で大変なことになった。
最初の10分は元の脚本通り、ドジな令嬢が間違えて豚男を王子様に変えてしまい、美少女暗殺者が引退して開店した古着屋に決闘を申し込むとショックで花瓶に転生する・・・というグタグタなストーリーが展開された。
しかし客の期待はズレヒゲ一択だったため、「私たちは何を見せられてますの?ズレヒゲ様はどちらに?」と加速度的にイライラが募っていき、開演後10分で客席はすでに限界に達してきた。
そしてようやく飼い猫の恩人である植木職人を探す主人公が、魔王を倒した帰りに迷い込んだ庭のシーンとなる。
一瞬の暗転後、舞台中央だけが明るくなる。そこにズレヒゲが立っていた。
着ている衣装はとても舞台用は間に合わず、ラフラカーンの普段着である色気のない狩猟服だ。
だがラフラカーンはずれた付け髭のせいか、妙に色っぽかった。
立っているだけで陰とも陽ともつかない妖しい色気に溢れ、はるかな高みから見下すような冷酷な目つき(単に感情のない死んだゴブリンのような眼だが、のぼせた女性客にはこう見える)でこちらを見ている。
「「「「「「ひぃいいい」」」」」」
そのライトアップされたズレヒゲを見たただけで、女性客全員の腰がほぼ抜けてしまう。
スッとズレヒゲが立ち方を変え、軽く目を閉じた。それだけでかろうじて耐えた残りの女性客も腰が抜け、座っているのに膝がガクガクと踊り始める。
「・・・私は誘惑者ズレヒゲ。今宵を楽しませてくれる、美しい獲物を探しております」
ズレヒゲが語り掛け、ゆっくりとこちらに向かって歩き出すと女性客は全員、「ああ、あたしがズレヒゲ様の獲物にされちゃうんだ。狩られちゃうんだ!」と怯えおののき悦んで、胸を抱えながら座ったまま後ずさりしようとする。
ズレヒゲの3歩にすら耐えられなかった女性客5名がまず失神し、次の5歩でほぼ半数が失神していた。
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