ヒャーニ不動産
手持ち、残り銀で4776枚と銅0枚。
油虫というのは、いわゆる黒くて固くてカサカサ走ってたまに飛ぶアイツのことです。
「ちょっと地所が入り用になりましてね。相談に乗っていただけると助かるのだが。」
表に出した看板の張り紙は、全部ク=タイス市内か、近郊の土地ばかりだったのを見たうえで。アタシはゆったりした足取りで事務所に入り、受付にいたひとに声をかける。
返事がない。
「……失礼?」
目の焦点が変だった受付が、はっとしたように口を閉じる。
「し、失礼しました!こちらへどうぞっ」
「どうも。」
『防音』のかかった衝立で仕切ってある小さなブースに案内される。椅子にかけて待つことしばし。前髪がちょっと薄い人物が、紙をたくさん挟んだフォルダを小脇にかかえてやってきた。
「どうもどうも、ヒャーニ不動産をやっております、■■■■■と申します。」
「マールと申します。ある商会に仕えておりますが、ちと商売とは関係なく地所を探しておりましてね」
「ほほぅ」
ロなかんとかかんとか、という名前の人物が身を乗り出したのに合わせて、用意しておいた設定どおり説明する。
直属の上司が、私的な接待に用いたり、友人を招いて休暇を過ごすため、郊外に別荘を持ちたい。豪壮なものではなく、できれば小さな農場のような場所が良い、などなど。
最初こそ愛想よく、ふんふんと相槌を打ってくれていた不動産屋だけど、『郊外に別荘』のくだりから、相槌が機械的になってきた。
この反応は、予想の範疇だけどね。
予想どおりの不動産屋は、アタシが、
「いかがかな、こちらの店にはそうした地所の一つや二つあろうと思ってきたのですが。」
と言葉を切ると、耳たぶを掻いて言いにくそうに話し出す。
「当店を高く評価いただいたのは、まことに有難い限りです。しかしながら、当店の扱う地所は大半が市壁内、せいぜい歩いて一日以内の土地でしてね……」
うん、知ってる。看板に出てた物件も、全部街の中だったもん。
アタシは今初めて聞いた、と言う風に瞬きする。ゆっくり目に。
「はて……、知人が農場を世話してもらったと聞いたのだが。確か、『留守番の友』のある通りに、支店があったでしょう?」
第一のひっかけ。
「『留守番の友』は存じておりますが」
何かあったっけ、的な顔の不動産屋に、お茶を持ってきた受付が言ってくれた。
「あそこは、同業者に貸した物件がありましたよ。一階が空いてる店舗付き集合住宅が。」
じっとこちらに視線を注ぎながら。ちょっと視線が痛い。目が合ったら何か言われそうな気がして、アタシは顔をあげずにカップを持ち上げる。
「ハイハイ、思い出した思い出した。同業のある商会に貸してたんですよ。」
「同業者? 支店ではなかったのですか。」
「珍しいことですがね、今の店舗が入ってる建物に、油虫が大量にわいたとかで。建物全部の住人を一度追い出しての大掃除ってことで。半年の賃貸契約をしてた業者さんですよ。あそこは確かに、郊外の地所を扱ってましたよ、ハイ。」
「これはまた。私が訪ねるべきは、そちらの不動産屋でありましたか。」
第二のひっかけ。
困った困った、と笑う間に、不動産屋は「ちょっと失礼」と中座した。戻ってきたときには、質のいい繊維紙のカードに、何か書きつけたものを手にしている。
「先日、元の建物に戻るからと、契約解除の話がありましてね。連絡先は聞いておりますから、こちらをどうぞ。」
「おお、これはかたじけない。残念ながら、貴店の儲け話になりそこなってしまった。」
「この程度は手間でも何でもございませんよ。市内の物件でしたら、ぜひ、ヒャーニ不動産にお越し願えれば。」
「主人にも伝えておきましょう。」
さっきの受付が、戸口まで見送ってくれた上に、ずーっと顔を凝視してるのがちょっと奇妙だった。
通りにでると肩が凝ってるのに気が付いて、ゆっくり手近な露天商にむかう。板きれを角材で支えただけの長椅子をだした飲み物屋に、銅貨3枚で錐葉モンマの茶を頼むと、アタシは長椅子に足を投げ出して座った。
周辺視野にはさっきの不動産屋と、その脇の小路がかなり奥まで見通せる。
口をつける振りだけして、のんびりお茶を楽しんでる風に。陽の傾きでだいたい半刻ほど、ぼんやり眺めてたけど。不動産屋の脇の通りからこっそり誰かが走ったり……はしなかった。
ヒャーニ不動産、あそこは詐欺の加担者とみる必要はないだろう。
袖の隠しに、まだカードがあるのを肌触りで確かめる。アタシは口をつけてないカップを返却すると、のんびりと通りを歩き始めた。
手持ち、残り銀で4775枚と銅7枚。
受付(女性)の熱視線は、まったく通じていなかったようです。
お読みいただきありがとうございました。




