劇作者
手持ち、残り銀で4667枚と銅0枚。
中近東の語り部には、話の先を教えて欲しいとか、自分の好きなキャラクターに有利な展開にしてほしいとか、そういう要望で家に押し掛ける聴衆がいたそうですよ。
「嬢ちゃんは、1作の題でありながら、2作の劇のように上演されとる『小赤と草黒』には、劇作者がおるのは知っておるかね。」
「そりゃ観劇してるなら知ってて、」
アタシは当然のことを答えながら、その途中で思いあたって、言葉を失った。
「劇作者の存在は、『歌剣』団の秘中の秘。何せ、あまりの人気ぶりに、劇作者を買収、恫喝して、己の望む結末や筋をねじ込もうとする輩が多くてのぅ……」
歌剣団。
お手軽価格の劇場を運営してる、詩神と剣神の求道団の名前を告げると、「ふぃー……」とお茶を吹く老人。
「ワシが劇作者、そのうちのひとりなんじゃ。どこからか知れぬが、情報が洩れておったようじゃの」
「うぅっそ」
「嘘じゃないわい」
嘘ついてどうする、と困ったように言う老人に、アタシも腹を決めた。重要情報には重要情報、天秤のつり合いがとれるものを出す。
そうしないと、『代わりに何か』を要求されるかも知れないし。
「アタシはマーエ。テルセラで、御覧の通り、変装の上手い自由な盗賊。あと、理由は知らないんだけど、最近たまーに尾行されてる。」
「ただのフリーランスじゃなさそうじゃの。」
「理由は知らないって言ったろ。アタシは自分で稼ぐのに必死んなってるだけ。」
自分のぶんのお茶を注いで、アタシは湯気を吸いこむ。銀2枚分だ、香りがいい。
「助けたのは行きがかりってヤツ。別に何かしようとも、してもらいたいとも思ってない。それにアタシはここを出たら、顔も名前も忘れることにする」
「ふぅむ」
どのみち顔とか名前を覚えきれないのだけど、わざわざお知らせするようなことでもないもんね。
お互い、お茶を一口すする沈黙。
それを破ったのは、老人の方だった。
「マーエさんは、今日これからお暇かな?」
「は?」
「あいや、ナンパではないぞ。2か所ほど、塒の様子を見てきてもらいたいだけじゃ。装いも変えてからの。銀で200出そうほどに」
急いで手を振って打ち消す老人に、アタシはつい、口元が弛んでしまった。
これって、冒険劇の登場人物になったみたいじゃない? 密偵とか、密使みたいな。
孤児院に顔出すにしろ、まだ時間はあることだし。
「地図書いてもらえるならいいよ?」
「よし来た。書く間、好みの茶菓子を頼んでええよ。代はワシ持ちでええ」
お言葉に甘えて、甘露漬け麺麭のヒマナッツ・クリーム添えを頼むことにした。
手持ち、残り銀で4667枚と銅0枚。
イタリアのババ、フランスのサバラン、いずれも乾いた麺麭で簡単に作れるのでお勧めです。
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