『本来行くべきところ』へ送っちゃおう作戦
手持ち、残り銀で1498枚と銅5枚。
テルミットで焼き尽くすとか、スライディングでインファイトを仕掛けるとか(モンハン的発想)もあったんですけどね。
本作はほのぼの冒険譚ですので、ええ。
『無音の空間』が維持されてるうちに、アーチのすぐ外側の石壁へ、鉄鎖の杭を固定する。工具とかないから、仮の固定だけども、それで十分。
無音が解除されると、アタシはアーチの正面から30フィート離れた位置に立つ。
壁から床へ垂れたのと、胸の高さに、2本ずつ鎖を持って、前衛二人はアーチの脇に並ぶ。
僧侶はそのすぐ脇で、即席鍋を左手で、右手には牧人が持つような杖を構えてる。
ウィザードはアタシの右横、壁のないほうに居る。開始前に、周辺を『魔力探査』して、巨大アンデッド・ダイア・キンケイ以外は大きな存在が無いって確認してた。
「周辺は何もいません。いけますよ」
ウィザードの低い囁き声に、アタシはうなずくと、『光』をかけてある短剣の刃を全部引っ張り出す。薄暗かった周囲が、さぁっと白い光で眩しくなって。
アーチの奥に居るアンデッドが身じろぎする気配。
心臓はドキドキしているのに、鼻から吸い込むほかほかパスタのいい匂いが、すごいギャップで──。
風切り音に、考えるより速く身体が反応した。後ろに飛び退るアタシの立ってた床に、鋭い音とかぎ爪が突き立てられる。
同時に前衛が鎖を引く。仮止めの杭が壁から外れて、鎖が前脚を2本とも縛った。それをさらに全力で床に抑え込む姿が、魔力の『光』よりもっと清冽な、青白い光のなかに見えた。
『キュグルルゥッ!』
僧侶が杖の先端から放つ光は、アタシやほかのひとには「すごい清らかな光」にしか思えないけど、アンデッドにとっては圧力になってた。ギャリ、ギョリ、と鎖が擦れる音がする。予想していた大暴れはないみたいだ。
僧侶が進みでて、押さえつけられた前脚の奥、床に伏せさせられてギギ…って鳴ってる嘴の前に片膝をつく。床に置いたのは、湯気をたてる『聖餐』。
「お腹空いたの気持ち、これを食べて癒すといい」
『グルルルウ……』
「言葉は分からないでも、気持ちは分かるの、はず。お腹すきすぎて、同族食らい、そういう本質に反したことしたら、魂が傷つく。君はこれを食べる。魂を癒す、いいね?」
『……ゥルル……』
善意のかたまりみたいな僧侶の言葉か、それかすっごく美味しそうな匂いにやられたんだろうな。聞いてるだけで胃がどうかなりそうな唸り声が、だんだん静かになってくる。
「頭を上げて、痛みを癒しなさい」
圧力をもった光が、すこし揺らいだ。
そして、巨大なアンデッドは、クリームソースパスタを食べ始めた。アタシは、迷い犬が飼い主の手をおずおずと舐める様子を思い出してた。
僧侶に言われて、ずっと緊張していた前衛が、鎖をおさえるのを緩める。アンデッドはひたすら、袋の中身をがつがつ食べてる。
アタシが、大きな部屋の他の部分、つまり北側のドアや、南にあるもう一つのアーチを調べ始めても、アンデッドはわき目もふらずに食べてた。
一燭時がすぎて、光の呪文をウィザードにかけなおしてもらっても、まだ食べてて。
休憩用の位置について、ウォーリアが手持ちの携帯調理器でお茶を淹れて、3人で武器をチェックしたり、このパーティの符牒のことを話したりして、さらに一燭時が経過。
符牒って言っても、それぞれのメンバーを別の単語で言い換えて、安全なら『収穫』、危険なら『嵐』、状況観察中なら『雨待ち』。
ウォーリアは、前職が石工だったから、『石』。
アタッカーはなんでか教えてくれなかったけど、『朝食』。
僧侶は『海』って、割とそのまんま。
ウィザードは『会計』なんだって。
「説明します。我々の会計実務は、僧侶のほうがやっているのです。ただ、ひとに教えるのは僕のほうが適しているので、符牒もなんとなくこうなりました」
「会計ってそんなに難しいもんかなぁ?」
アタシも、孤児院で『最低限の読み書きと計算、手持ち資金の帳簿つけ』は習ったけど。まあ難しいっちゃ難しいのかな。
そしたらウィザードは、鞄を探って分厚い革と、縁を真鍮で補強装丁された書物を引っ張り出した。
「これは、前回の探索で入手した、ここの本です。これに載っている会計方法こそ、交易の叡智、≪商売の技芸≫です」
開かれたページは、暦に使われてるのと同じ数字と、細かい文字がいっぱい。アタシの頭の中には疑問がいっぱい。
「お金を使途や入手した種別ごとに、『科目』という名前づけで分別しています。費用と、仕入れ、という考えかたで、日々のお金の流れが記録されるのです。
さらにこのページから、『資産』『負債』という考え方で、各期ごとに照会して計算する。費用と仕入れから出てきた『利益』は、この『資産』と『負債』の総合計の差に合致します」
「手持ち資金と、出て行ったお金の記録だけじゃないの?」
習った方法を言うと、ウィザードはおや、と眉をあげた。
「自分一人だけの小さい商売でなら、有効なやり方です。それは≪商売の技芸≫では『単式簿記』と呼ばれる方法です」
「すごいね、商売の技芸」
「家の仕事が仕事ですので、覚えさせられたのです。貴族って本当に面倒くさいです……」
苦笑いで唇のはしを歪めると、ウィザードはちらっとアンデッドを見守る僧侶のほうを見た。まだまだ、満腹はしなさそう。
「説明します。この会計内容ですが、2冊を調べて分かったことがあります」
同じ方をみていた前衛も、こちらに身を乗り出してくる。
ウィザードが調べた本は、会計の帳簿だったと判明したんだって。一番左上の古い本は、この場所の建設当初の記録だったらしく、建材の仕入れや運搬用具の手配、あと人件費に大きく資金を割いてる。売上の項目には薬の販売や医者の派遣などがある。大きな教団ではなくても、信仰団は健全経営だったみたいで。
一番新しいほうの本は、支出がすごく偏ってて、収入も違ってるそうで。
「この地下神殿の維持管理や人件費より、書籍の購入にお金を使ってる……?」
「しかも売り上げの半分は書籍と薬……?」
何にどうお金を使ったかが、一目瞭然なのか。≪商売の技芸≫すごいな。
「信仰団の伝道書とか売ってたのかな」
アタシは言うだけ言ってみたけど、内心では疑ってる。街で見たことないし。昔の時代とか、異次元世界のなかでは、違ったのかも知れないけど。
答えが出ない疑問が漂ううちに、さらに半燭時ほど経過したとき。
僧侶が静かに告げる。
「神様の御手はたくさんあるのだ。きっと受け止めてくださるよ……君の魂に、安らぎのあらんことを。」
動かなくなった骨のどこかで、小さな音をたてて、破片が落ちた。
手持ち、残り銀で1498枚と銅5枚。
アンデッド「……美味しかった……(パアア)」
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