幕間の観劇談義
手持ち、残り銀で1513枚と銅0枚。
謎めいた老人との遭遇ばなしです。
毎月1回くらいは、面白いから、観劇にくるよ。アタシそんなんお金持ちじゃないんだよ?月1回か2回が精々だって。
えー、そりゃあドキドキするし、大笑いだし。
あぁ、役者の立ち回り?
そうだよ、面白いよ?
アタシも冒険者の端くれだから、ま、現場じゃあ舞台なんてメじゃないくらいの大立ち回り、何回もあるよ。でもほら、現場って命がけだし。ドキドキは、するけど、全然別物って言うか。
舞台なら、アタシは安全って分かってるところから、のんびり見られるし、ドキドキするけど怖くはないし。
あっそれに、役者さんだって本当に怪我したりしないじゃない。
ね?
何の心配もないから、いいんだよ。
『リアリティ』って言うの……うーん、よく分からないなあ。
錐葉モンマのお茶を手に、お爺さんが色々話しかけてくるから、つい話が弾んでしまった。
「リアリティちゅうんはな、現実感とか、真実らしさ、という意味なんじゃ」
「実際にある事そっくりすぎても、気分が悪くなるじゃない。モンスターは酸や毒を吹き出すし、倒した後は地味で汚れる作業だし。生き残るのが一番なんだから、派手な立ち回りとかって無いよ」
「それでも軽装戦士などはどうじゃ。戦場の華とも呼ばれよる」
「軽装戦士は知ってる。見たことあるし、動きは凄いけど、それだって素早く確実に倒すためでさあ、お客に見せるためっていう気持ちでやることじゃないじゃない」
「むぅ……なるほどのぅ」
ずっ、と一口含んで、お爺さんはうなずく。
「通人を気取っておったが、普通の客の意見というものは新鮮じゃな。お姉さんは『小赤と草黒』の百合物は観ないのかぇ」
「あー、あの恋愛もののほう?」
百合物という通称で知られてる、女同士の恋愛ジャンルのことか。
「実は一回間違えて見てしまったことがあって」
「ほう? 面白くなかったんかの」
「ははは……恋愛とかはちょっと、ピンとこなくて、こっちのドタバタ喜劇のほうが好きかなぁ」
「ほー……そうかぁ……ピンとこんかったか」
真っ白な眉毛を下げて残念そうに言うので、アタシは慌てて手を振る。
「あ。でもでも、好きなシーンもあったよ。小赤お嬢様の婚約打診が破談になっちゃったとき、草黒が歌うところ」
「おお、『それでもお傍に』の場じゃな」
『それでもお傍に』は、メイドの草黒が、大事なお嬢様の良い所をちゃんと知っています、って歌うのだ。
レイピアの練習をさぼらないこととか、苦手な計算術もちゃんと検算して、帳簿間違いをしないようにしてることとか、部下の小さいミスは気にしないでいいから、って言って寛大なところとか。
「……全部歌ったあと、そういう美点がなくても、私はお傍に居ます、小赤様とは分かちがたい絆を感じているからです、って締めるのがいいなあって」
「ピンとこんのじゃなかったかの?」
お爺さんは下唇を突き出すような顔。「おまえさんの言う事は、筋が通らんぞ」って感じな。
たしかに、恋の歌といえば歌だけど、それだけじゃないって思うから好きなんだよ、あのシーン。
「んーとね……あの歌で、小赤お嬢様は『お嬢様』っていう役目を持っていなくても、『頑張ってできること』がなくても、自分のことを大事におもってくれる人がいるって分かるから。血のつながった家族でも、なかなかそういうのって無いらしいじゃない」
ここで『らしい』と言ってしまうのが、孤児院育ちの辛いところだ。
幸い、お爺さんには気づかれなかったみたい。「なるほどのぅ、なるほどのぅ」とうなずくことしきり。
「そうじゃな、あの一場で、小赤は女主人という役目や、商会と従業員への責任を負うことの重圧から解放されたといえよう」
「そう、そういう感じ!なんか晴れ晴れして、自由になった感じがして好きなの」
「百合物好きからは、そろそろ展開を変えてはどうか、とも言われておるシーンなのじゃが」
「変えなくて良いと思うなぁ」
「そうかのぅ」
「そういう事を言ってくれる人は、誰にでもいるもんじゃないから、あのシーンはあれで良いと思う」
「なるほど、なるほど」
温くなったお茶を大きく半分くらいまで飲んでから、お爺さんは「そろそろ次の幕じゃな」と後ろをちらっと振り向く。
「ところでお姉ちゃんは、ナンパは好きかな」
「ほへ?!」
「や、さっきからあそこの若いのが声かけるかどうかって肘突きし合っとる」
「げっヤダ」
「ヤダときたか」
喉の奥でくっくっと笑うお爺さんは、
「なら、煩いの避けに、後半も観劇をご一緒させていただこうかな?」
とウィンク。アタシも、
「お願いします(うっふん)」
とウィンクを返したのだった。
手持ち、残り銀で1513枚と銅0枚。
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