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残り銀貨500枚からの再スタート  作者: 切身魚/Kirimisakana
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積み重ねの結果

手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。

狭い村落内でこんだけ人望が無いのは珍しいことです。

 騎獣から滑り降りた完全武装のボリスが、息荒く頷くのが見えた。 

 ボリスが歩いてくる間、≪賢者≫様も「ふーむ」と顎をさすった。こちらもゆるりと歩み続けている。


「仮に追放に処すとして、宣言前にもうひとつやっておくことがあるのではないかね?」


 のんびりした口調とはべつに、日焼けした顔のなかで、目が冷たく光って。アタシをギラリと見た。


 試されてる?


 いいよ、試してみなよ。


 こういう風に使うとは思ってなかったけど、孤児院で受けた教育には当然、『慣習法(自由民や冒険者が従うのは主にこちら)』『成文法(これはほぼお貴族様用)』も含まれているわけで。

 いくらアタシが『法の埒外』そのものである幻獣だから……と言っても、刑を宣言されるがわは『コレンドリルの村民』で、自由民なんだから。

 お父様がここで頷いただけでは不足なんだ。


 アタシは首をぐるりと回す。額からの光が、周囲をさっと照らしているのがわかる。


「ここにいる、コレンドリルすべての者に問う! この者は、称号ある菓子職人に毒を盛り、誘拐を企てた!」


 誰かが何かしたのか、そんなに大きくない筈のアタシの声は、食事会場全体に朗々と響き渡った。


「追放の刑に処するは当然なり! 然れども、この者に恩義、温情をもち、弁護の声をあげる者はあるか!」


 沈黙が落ちる。

 この現場にいた者たちは何があったか分かってる(ひそひそ声は正確に情報伝達していた)し、これまでの怪しい行動から想像がついてるんだから。

 そして。


 今日一日の情報収集で、すごく残念な気持ちになったもんだ。


 話を聞いた相手がことごとく、『彼に何かしてもらった』『頼みごとを気持ちよく引き受けてくれた』『良いところもあるよ』という話をしなかったから。

 うん……本当に。取引を持ち掛けて、何かしてもらった話は、まあ聞いたけど。それは『自分から何かしら親切にしてやる』んじゃないし。

 まず自ら与えよ、って大概の神様は説いてるんだろうけど、そういう話がでてきたことない。

 労力を使うことだったり、お金とか。銀貨持ってなくたって、何かしらの物をあげたりだったり。ううん、そういうのがなくたって、落ち込んでるひとに、気持ちの助けになるような言葉をかけたり、話だけでも聞いてあげたりっていう。

 とにかく誰かに優しくしてやって、してもらっての関係を大事にしようって、その発想がないんかなコイツって思う話ばかりだった。

 あのザレナでさえ、自分が得意なことで、何かしら後輩や同輩に手を貸してやって、人気を集めるくらいのことはしてたってのに。

 そう思うと、同情の余地なんてないのに、いたたまれない。

 すごく残念だよ。


 草を踏んでくるボリスの足音だけやたら響く。

 すごーくゆっくり歩いてたのに。誰か、ひとりでも弁護の声をあげるもの、手を挙げて発言を求めるものが居れば、すぐに応じる構えだったのに。

 この沈黙は、そういう『残念』の積み重ねの結果ってことだった。


「もう結構です」

「お父様」


 領主の顔をしたボリスが、足を止めて背筋を伸ばした。


「罪状は我が娘が告げた通りであり、刑は追放刑とする。個人財産は没収、ビオサーズ家の管理とする。以上!」


 はーい、という返事はない。皆は静かに、三々五々、食事に戻っていく。まだもちゃもちゃ食べてるカーリのところだけは、お菓子担当が入れ替わり立ち替わりで食料持参してたけど。

 動いてないひともいて、その中に音をいじる何かをしていたらしい、背中に円形の器物をつけた『機人』が居た。あのひと、たしか昼間も音の聞こえる範囲を絞ってきてたよな。そういうことかー。

 そのひとから10フィートと離れてない所に、ビオサーズ家のメンバーに取り押さえられて、何か喚いてる……口の形は動いてるけど、声が聞こえない……≪異界の魂を持つもの≫、カラジ。


 音声不可な領域のふちに、賢者さまが歩いて来て、しゃがみ込むのが見えた。


「ビオサーズ家にはひとつアドバイスをあげよう。この人物、私がツァイドマークまで連れてゆくよ。供のものもいるし、どうやら示し合わせた者たちもこちらに向かってきているようだし。捨てるというのなら勝手に拾っても文句はでなかろう。」


 反論しようと、楽師のひとりが領域からでようとするのへ、立ち上がりながら手で制する。


「殺してはいけないよ。いずれかの神に無礼になるかも知れないのだから」


 その言葉を聞いた、≪異界の魂をもつもの≫カラジの顔つきが変わった。

 嬉しいことを聞いたかのように。


 ああそっか、神さまが目をかけてくれてるかも、ってのは、コイツには嬉しいことなんだ。


 アタシはこの額の光が、何処へ、何へつながっているのかをもう知っているから。

 「目をかけられる」とは「目をつけられる」とそんなに大差ないことも知っているから。

 素直に喜べないんだけど……。


 賢者は立ち上がって、数歩ずつ、右に左にと歩きながら、顎の先を指で掻きながら。

 どちらかというと、慈愛とか、憐れみをもった目つきで、カラジを見下ろす。


「死なないことを喜べる者は、生きることの重みを知らぬ愚者だ。ティーンテルの法は君を守らない」


 絶句して、絶望したような顔を見たくなかった、と言えばウソになっちゃうね。

手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。


お読みいただきありがとうございました。


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