アタシは脆弱だから
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
毒を食らわば皿まで、ではないですが、マーエはさらに決断をします。
(いったい何を飲んじゃったんだろう?)
飲み干したはいいけど、何も違和感のない、ちょっと粘り気がある水かな?って感じの液。静かに呼吸してる間にも、聞き苦しい悲鳴をあげて地面に転がってるやつがうっとうしい。
駆け寄ってきたひとたちは主に二種類。楽師の衣装をつけた一団が、転がりまわるヤツを抱えるようにして囲み、アタシを睨みつけてくる。それとよたよた歩いてくるカーリと、そのカーリを守ろうと素早く回り込んで先に立つ護衛の一団、こっちはアタシが体をかがめて、口から落とした硝子瓶に気づいた。
何が起きたか分かってないで、アタシと、楽師たちとを、交互に見るしかできてない菓子職人は、硝子瓶を見つけて顔をこわばらせた。
「これは、何であろう? マーエ殿が妨害したとなれば、子どもでも安全に飲めるシロップ等ではあるまい──」
拾い上げようとする手を、先陣きってやってきた護衛が「お待ちを、素手はいけない」と押さえる。
アタシは出来るだけ浅く呼吸しながら、自分の身体を観察しているのに集中してた。胃のあたりが熱くなるとか、喉が痛くなるとか、何もない。何もなさ過ぎ。その『何もなさすぎる』という事実が、
「これはたぶん毒よ」
つい、気づいたことを口走ってた。周囲の全員に緊張が走る。楽師の誰かが「うるさい、ちょっと黙ってろ」と、あまり優しくない言い方して、うめき声をあげてた『異界の魂をもつもの』を黙らせた。
その時、カーリが追い付いてきて、アタシの手から皿を取り上げると、中身をざーっと飲み干すように口に入れて。もっちゃもっちゃ食べ始める。
一拍遅れて追いついた食料担当が、山盛りのパイ皿や、篭いっぱいのマカポンを差し出し、カーリはそっちにも手を突っ込んで口に運び出した。
『ちから』を消耗して、純粋に食欲だけで動いてると思っていたけど。
カーリの瞳は、もぐもぐしながらもずっとアタシの上に据えられていて。何か食べずにはいられないから喋れないけど、目は雄弁に『大丈夫?』と問いかけてきてて。
「大丈夫、だと思う……今のところ異常は感じない」
そう告げると、お菓子を頬張ったままだけど、カーリはにっこりとほほ笑んだ。その笑顔は、特に美人って訳じゃない、けど心のどこか、アタシも知らないけど、すごく乾いてたところに、あったかい雨みたいにじんわりしみこんできて。
ク=タイス家にはいるとして、このひとを家族と、姉さん、とか呼ぶのは、照れくさいけど。
いいな、って思えた。
そんなほんわりとした空気は、すぐに到着した二人に破られてしまったんだ。
一人はうちの僧侶。周囲の空気がキラキラしてるなーと思ったら、あれだ、目に見えるレベルにまで強力な神気じゃん。すごいな。
「毒と聞いた、マーエ、異常覚えないか?」
「覚えない」
ここまで時間が経っても、変な感じが一切ない。ちょっとだけ、『驚かそうと思って仕込んだけど、実はただの水でした』という可能性もでてきたかも。
カーリの護衛から渡された瓶を、メバルさんは躊躇なく口に運ぼうとするからびっくりした。
「危ないよ!?」
「メバルの一族、毒効かない。大丈夫」
そう言って、僧侶が残りを飲もう(飲んで判別とかしようとしたんだと思う)としたときに、もう一人がやってきた。
「お待ち、くだ、さーい(はっはっはっ)」
「待って……待ってぇ……(ぜーはーぜーひー)」
そのひとは、息切れしながら走る連中たちをずっと後ろに置き去りにして、すたすたと歩いてきた。アタシ(と、毒盛った犯人)の周りは結構な人だかりになってるというのに、誰も避けてないのに、遮るものは何もない、って感じでスッと入ってくる。
大きな荷物を背負ったひと、に最初は見えた。
実際は背中がおおきく盛り上がって、荷物みたいに見えるけど、大きな肩だ。手足も太いし、猿系の獣人が半獣化──より真獣形態に近いほうになった感じをうける。ただ顔は細長かった。
大きなひとは、メバルさんの横を通り過ぎながら告げた。
「確かめる必要はない。それは『唯唯』という違法薬品。」
知ってるやつー!
飲まされた者は誰のどんな命令でもきいてしまい、質問にも正直に答えてしまうから、一般には許可されない『薬』で、『毒』だ。
見た目から想像する体重のわりに軽い足音で、そのひとはアタシの周りを歩く。
「≪通りすがりの賢者≫として問おう。これを無毒化する方法があると言ったら、知りたいかね?」
「知りたい。」
考えるまでもなく、答えてた。毒の作用もあるかも。
答えた後に理屈をこねるとしたら、こうなる。
(この大きなひとが≪賢者≫なら、どこの都市にも中立だろうし、何か利害があったとしてもそれは覆せるかもしれない。ただ、今のままじゃ無理。だったら無毒化する方法を聞き出すのが先よ!)
「このままじゃ、アタシは脆弱だから。」
耳をふさぐべきだったかも、という危惧はあった。けど、アタシのことをじっと見守りながら、一所懸命お菓子をつめこんでるカーリの目を見たら、このままじゃいられないなって。
「家族に迷惑かけたくない。教えてください。」
「良い心がけだ」
にっこりして、≪賢者≫は歩く速さを緩めると、アタシの耳元にかがみこんでささやいた。
「幻獣の姿に、真にあるべき形に、なりなさい」
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
どうでもいい設定:僧侶メバルの一族は、ヒトとも獣人とも違うので、大抵の毒物薬物に耐性があり、病気もなりません。
お読みいただきありがとうございました。




