どうして胸騒ぎは止まらない
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
脳内撮影済みのシーンがやっと文字化できました。
山も森も震えるような咆哮と、特大の歓声の応酬はいつ果てるともなく続いてたけど。
何度も何度も吠えてから、幻獣カーリゴンはふわり、振り子のように揺れながら下降しはじめた。それを、耳だけで聞き取りながら、アタシは菓子職人の弟子たちと一緒に、白く発光する布を振ってた。
布は幅広のシーツを縦に繋げたような感じ。ひとりじゃ持ちきれないから皆で端を持って、夜道の両側に並ぶことで、降りてくる幻獣の目印になってる。
がおー! って吠えてたときは、雷光を球にしたのかってくらいまばゆかったカーリゴンも、アタシたちの前をふよふよ飛んで地面につくころには、毛先にちょっと光の粒が見える程度。心なしか、毛並みもしょぼんとして見える。
地面に降りたカーリゴンから、光の粒が舞い上がって全身を包むと、吹き飛ばされるみたいに消えてしまった。カーリゴンのすがたも、光の粒も。
いま、そこに居るのは、飾り気のない貫頭衣を着ただけの、裸足のひと。ふらふら頼りなく、歩くっていうか倒れるのを我慢して足を前にだしているっていう感じの。
「食べもの班、準備!」
掛け声で布をたたみ、弟子たちと一緒にアタシも走る。
走ってく先はテーブルで囲んだ円形のスペース、中央にはソファ。そのソファに、ヒト形態にもどったカーリ…(だったよね、確かね?)さんが、どさっと座り込むと同時に、最初のお盆が差し出された。
お盆の上から口へ、流れるような勢いで、焼き菓子が消えていく。アタシも香ばしいアダンボンが山と積まれたざるを持って駆け付けた。
こちらが立ち止まる前にもう、手が伸びてきて、ざるの上からアダンボンが消えていく。
呼吸音と咀嚼音。
リズミカルに消えてゆくお菓子。
はっと気づくと、脇から別のひとが籠一杯のマカポンを差し出してきてて、アタシは慌ててざるを引っ込め、菓子のある棚に走り出した。
走ると同時に目を配ってるんだけど、この軽食が配置された野外会場は、『カーリゴン用の食べ物、食べるスペース』と、『他の参加者むけスペース』がきれいに柵で区切られている。本来なら道と、広い前庭なんだろうな。
だからそれほど、カーリに何か危険が……毒を盛るとか、襲撃するとか、そんな心配は要らない、筈なんだ。
なのにどうして、アタシの胸騒ぎは止まらないんだろう?
柵の向こう側、他の参加者スペースも見てみる。出番が終わった演者がやってきて、手に手に飲み物や軽食を掴んでる。あ、例の『異界の魂を持つもの』が4人くらいに囲まれてお小言いわれてら。
「お前な、練習では許したよ、でもそれは本番ではミスしないって前提があってのことだ」
「大体甘く見てるだろ。自分ひとりが間違えたって、大したことじゃないと思ったら大間違いだ」
例のやつが、不服そうな感じでうつむいてるのが、ひとの間に見えた。聞きかじれる範囲だけど、幻獣を踊らせるための重要な演奏に、舐めてかかった態度でミスをしたっぽい。
そりゃ叱られたってしょうがないね。
本気で頑張ったけど、技量が追い付いてない、ってのとはわけが違うみたいだし。
これがダンジョン探索なら、例えばアタシの技量が追い付いてなければ、パーティの誰かが死ぬんだ。その時「本気でやったけど技量及びませんでした」なんて言い訳は、したくてもできない可能性だってある。下手すれば全員死んでるんだから!
『異界の魂を持つもの』は、お小言言われながらも、変な反論はしないほうがいいって判断なんだろう。黙ったまま、恨みがましい目で軽食山盛りのテーブルをちらちら見てる。
聞いた限りじゃ、自分の失敗がひとの命に関わるような仕事してなさそうだし。命がかかってなくても仕事のミスって大変なことなのに、それが分かってないような印象を受けるんだよなー。
何でだろ。魂が異界の記憶持ってるからなのかな?
今ここに生きてるってのに、ここは本当の居場所じゃないから、本気出さないでいいんだ、自分の失敗なんて軽いことじゃないか、みたいな投げやりさを感じるんだよね……。
おっと、いつまでも立ち聞きはしてらんないや。実際のところは立ってなくて、走ってるけど。
『カーリゴン用』にずらーっと並んだ軽食から、一番手近にあった薄焼き(皿の上に山盛り!)を持っていく。またまた、立ち止まる前から手が伸びてきて、皿の上からぱぱぱぱーって薄焼きが消えてくのは爽快感さえあって。
こんな風にたくさん、でもとっても美味しそうに食べてもらえるなら、菓子職人は凄く誇らしいに違いないな。
「あっ……」
何かと何かが記憶の中でくっついて。そこに火花が散った。
菓子職人■■■■へのツァイドマークからと思しき買い付け依頼。
疑われてるのは『異界の魂を持つもの』。
半分ほどに減った皿に、まだカーリが手を伸ばしてくる。
アタシは振り向いた。
向いた先、柵の向こうで、ようやく小言から解放されたらしい『異界の魂を持つもの』が、ぶらぶらと『参加者用お菓子』の山に近づきながら、袖口から何か取り出して。
距離。ここと、あそこの間の距離。
アタシの手に持った『カーリ用の皿』二枚は落とせない。
でも目線の先では、称号を持った菓子職人さんが、マカポンの籠を前に物色するように立ち止まる。『異界の魂を持つもの』が横に並ぶ、手の中に何を持ってる?
どうしよう!
どうする?
焦りや迷いを吹き飛ばすために、アタシは『加速』した。
一回できるって分かったことは、二回目はもっと簡単にできる。
皿は落とせない、だから両手はふさがったままだ。
なら、仕方ない。
目の前で進行中の『何か』を止めるには、仕方ないから、『加速』のスピードをのせたまま、相手の手を、その中に隠したモノごと、蹴り上げた。
聞くに堪えない悲鳴を上げて、『異界の魂を持つもの』が右手を押さえて後じさる。
ふっとんだ指が何本か。
空中に回転しながら、きらっと光る硝子の瓶。
『加速』に適応した眼に映る、『外れた蓋』と『こぼれ落ちそうになっている液体』は何なの。毒かなにか?
下にはたくさんのマカポン──菓子職人が、ものすごい汗をかきながら、それでも決して手を抜くことなく、全部を大事に、きちんと焼き上げた。そういう労作を汚されるなんて、嫌だ。
アタシの手にはまだ、特製の薄焼き(これだって労作だ。地面に落としたりしたくない!)が載った皿があって、両足は地についた。事態に対応できそうなひとは誰もいない。アタシが移動してきたこと自体、気づいてるのは数人しかいない。(気づいたこと自体けっこう凄いな?)
じゃあ、今ここで。アタシが動くしかないじゃない。大丈夫、仲間には僧侶も居る、きっと何とかしてくれる!
跳躍したその先、アタシは蓋の外れた瓶を歯で噛み止めた。
生ぬるい液体が全部、喉にはいってくるのを感じながら、着地する。
ごくり、と喉が鳴った。
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
飲んだモノは何だったのか、は次回以降で。




